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1月17日(土)①11:30 ②14:30 ③18:00 神戸朝日ホール アクセス
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型破りな教室(原題:Radical)2023年⁄メキシコ/125分/DCP
監督・脚本:クリストファー・ザラ
出演:エウヘニオ・デルベス、ダニエル・ハダッド、ジェニファー・トレホ

国境の町で起こった奇跡の物語
この映画は、メキシコの貧困地区にある小学校に赴任した教師が、生徒の自主性を重視する革新的教育を実施して、子どもたちの可能性を伸ばしていった実話に基づいた作品です。
原作は雑誌「Wired」2013年10月15日に掲載されたJoshua Davisによる「A Radical Way of Unleashing a Generation of Geniuses」(天才世代を解き放つ革新的な方法)という記事です。著者のJoshua Davisはこの映画のプロデューサーでもあります。
この記事は、2011年に、メキシコのマタモロスの小学校の教師セルヒオ・フアレス・コレアが行った教育実践の報告と世界各地で実践されるオルタナティブ・スクールについて書かれています。
マタモロスはメキシコのカリブ海側、アメリカとの国境にある人口50万人ほどの、麻薬と銃撃が日常にある街です。小学校はゴミ捨て場の横にあり、生徒は未舗装の道路を歩いて登校します。町の人は「懲罰の場所」と呼ぶこともあります。
この記事ではこのホセ・ウルビナ・ロペス小学校に勤める教師コレアと、彼の授業によって才能を開花させる一二歳のパロマが主な登場人物です。
コレアは5年間にわたって政府の定めた授業を行なっていましたが、彼にとっても生徒にとっても退屈で、テストの点数も上がらず、成績がよい生徒でも真剣に取り組んでいませんでした。コレアは現状を変えるためアイデアを探すうち、英国ニューカッスル大学の教育工学教授、スガタ・ミトラの研究を紹介するビデオに出会います。ミトラは何の指示もなくインドの子どもたちにコンピュータを使わせることで、子どもたちはDNA複製から英語まで、驚くほど多様なことを独学で学ぶことができました。
この考えに触発されて、2011年8月21日、新学期が始まった日、彼は教室に入り、使い古され整然と並べられていた木製の机を小グループに分けました。そして生徒に自ら考えさせる授業を開始しました。
パロマ・ノヨラ・ブエノは文字通りゴミ捨て場のそばで暮らしていました。父親はそこで一日中、廃品をあさり、泥の中からアルミやガラス、プラスチックの破片を掘り出していました。それでも学校生活は彼女にとって決して辛いものではありませんでした。先生が生徒たちに必要なことを教えている間、彼女は他の生徒たちと列になって座っていました。それを復唱するのは難しくなく、深く考えなくても良い成績を収めていました。
コレアが新しい発想の授業を始めた時、その後の9カ月間で、彼女とクラスメートの何人かがメキシコの数学と国語のランキングでトップに躍り出ることになるとは、思ってもいませんでした。
映画では、子どもたち中心の授業の様子が生き生きと描かれていきます。教室で小さなグループに分けられた机の山を船に見立て、授業の最中に注意に来た校長先生がその船に乗ると沈むと騒ぎだします。なぜ校長先生が乗ると沈むのか。船はなぜ浮いているのか。沈まずに済ますにはどうしたらよいか。校長先生の体積を測るにはどうしたらよいか。次々と出てくる疑問に生徒たちは自分たちで考え、答えをだしていきます。
やがてコレアはパロマの類稀な才能に気がつきます。いつも素早く回答を出している彼女にドイツの数学者ガウスのエピソードに基づいた問題を出してみます。1から100までのすべての数を足し合わせたらいくつになるか。パロマはしばらく考えて正解を出します。
ミトラの実践とコレアの実践で最も違ったのはコンピュータの有無でした。ホセ・ウルビナ・ロペス小学校には生徒の使えるパソコンはなく、ようやく手配したコンピュータの教師はパネルを使って生徒にコンピュータの仕組みを説明する始末。この場面はコンピュータも用意できない学校の状況を描くとともに、それまでの授業風景と比べて、教師が説明するだけの座学のつまらなさを強調しているようにも見えます。
原作の雑誌記事はコレアとパロマの成功の物語が中心ですが、映画ではうまくいかなかった子どもたちのことも描かれています。
少年ニコは兄が地元のギャングの一員で自分も学校をドロップアウトして仲間入りすることを当然と思っていました。しかし、授業が楽しくなったことやパロマと親しくなったことで組織から離れる決断をします。兄は弟に自分とは違った道を進んで欲しいと考えますが、組織がそれを認めるはずもなく、トラブルに巻き込まれます。
少女ルペは弟や妹の面倒を見ながら学校に通っています。クラスでも冷静な考えをしてコレアから哲学者のようだと褒められます。ジョン・スチュアート・ミルの「最大多数の最大幸福」という考えに魅せられた彼女は、学校の(かなりしょぼい)図書館で哲学の本を探しますが、司書に、まだ早すぎると冷淡に対応されます。バスに乗って大学の図書館まで出向き、たくさんの本を読んで勉強します。この時対応した司書の役をしているのが実際のパロマさんとのことです。しかしもう一人新しい兄弟ができた時、母親から「おなかの赤ちゃんが生まれたら育てるのはあなた。赤ちゃんが6歳になったら学校に行ってもいい」と言われ、静かに受け入れます。
彼女はコレアに船が沈まずに済む方法を思いついたと告げます。「救命ボートの数だけ乗客を乗せればよい」と。このセリフは強烈です。「夢は実現できる条件のある人にだけ与えればよい」と言っているのです。
社会にさまざまな問題を抱えつつもそこに住む子どもたちには無限の可能性があること。その可能性を伸ばすことを阻む社会や大人が存在すること。にもかかわらず教育で子どもたちの可能性を引き出すことができること。それらのことをこの映画では描いています。そしておそらくはそれはメキシコだけの問題でも、子どもたちだけの問題でもないはずだとこの映画を見て考えさせられました。
(錠)
参考文献
Joshua Davis「A Radical Way of Unleashing a Generation of Geniuses」(Wired OCT 15, 2013)
(https://www.wired.com/2013/10/free-thinkers/)2025.11.30閲覧)