🔳トップページ
11月22日(土)①11:30 ②14:30 ③18:00 神戸朝日ホール アクセス
事前予約(電話、メール)受付中 1700円 → 1300円 078-371-8550
主演:マッツ・ミケルセン 監督:ニコライ・アーセル

【解説】機関誌11月号より
史実を基にした重厚な人間ドラマ
マッツ・ミケルセンが母国デンマーク開拓史の英雄を演じた歴史ドラマ。デンマークの作家イダ・ジェッセンが史実に基づいて執筆した小説を原作に、『ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮』でもミケルセンとタッグを組んだニコライ・アーセル監督がメガホンをとった。
デンマークの開拓の英雄の史実を基に、人間ドラマを壮大なスケールで描いた感動の作品だ。
物語
18世紀デンマーク。退役軍人のルドヴィ・ケーレン大尉は、貴族の称号を懸け、ひとり荒野の開拓に名乗りを上げた。しかし、それを知った有力者フレデリック・デ・シンケルが、ありとあらゆる手段でケーレンを追い払おうと躍起になる。襲いかかる自然の脅威とデ・シンケルからの非道な仕打ちに抗いながらも、しかしケーレンは開拓を諦めない。
やがて、デ・シンケルのもとから逃げ出した使用人の女性アン・バーバラや、家族に見捨てられた少女アンマイ・ムスとの出会いにより、ケーレンの頑なに閉ざした心に変化が芽生えてゆく。つらく厳しい挑戦の果てに、それぞれが見つけた希望とは……。
デンマークの重厚な人間ドラマ
果てしなく厳しい大地と自然が美しく、人間のドラマがしっかりと描かれた作品だ。見渡す限り水平線が広がる、ヒースと呼ばれる荒野が風に揺れるシーンや朝靄の中ケーレンが髭をそる場面など、詩情溢れるカットが美しい。
ケーレンが貧しい出自ながら、愚かしき領主デ・シンケルに対し、卑下する事が一切なく対等に会話する姿が小気味よい。彼は偏見や差別に敢然と立ち向かって行くのである。
敵対する領主の残虐さを表す場面は中には目をそむけたくなるものもある。そして、荒地も自分の土地だと言い張り、卑怯な手を使ってケーレンの邪魔をする。悪役として十分な活躍ぶりだ。
そのためケーレンの矜持や信念、そして「家族」とのつながりがより浮かび上がってくる。
不条理な世界をぐっと我慢して見られるのは、信念を持って黙々とすべきことをするケーレンの姿と、雄大で厳しく美しい風景、弱い者同士が肩寄せ合って小さい幸せを分かち合う温かさがあるからだ。
春が来て、蒔いた種芋から新芽が出たところは感動的。大事に見守る三人に、胸が温かくなった。
身分差別、女性差別、人種差別が当たり前の時代。その時代、社会に生きる弱き者たち、差別され搾取される側の者たちが、権力側が投げ出した荒れ地の開拓という困難に立ち向かい、権力に一矢報いる。このストーリー自体に、現代に通じるメッセージとカタルシスがある。それがもう一つのテーマだろう。
その過程の中で、愛を知らない、あるいは愛を失った三人に芽生える、新しい愛の形は、すっと自然に心に染みこんでくる。それは、理不尽な社会環境と過酷な自然環境の下で、凍えた心を温め合って生きるには、必然なものだからだろう。広大で荒涼とした大地、そして三人の生き様に、原始の人間の本能的なものに触れる感じがした。
主人公を取り巻く女性たち
タタール人(劇中ではテイター人)の少女アンマイ・ムスは浅黒い肌のため不吉とされ差別を受けている。ケーレンはよく知らないから差別をするのだと話す。これは現代にも通じる差別の本質を突く言葉だろう。
迷信がはびこる世界でケーレンはアンマイ・ムスを心から愛するようになる。
邪悪な領主デ・シンケルから逃げてきた使用人アン・バーバラが加わり、疑似家族のような関係を形成していく。親切な牧師に匿われていたアン・バーバラは夫とともにケーレンの下で働き始めるが、夫はデ・シンケルの凄惨な拷問で命を落とす。旅立とうとする彼女に家事を担ってくれとケーレンが引き留める。彼女は夫の死んだ相手に家事の心配かと彼を叱責する。アン・バーバラは毅然とした態度を貫く芯の強い女性なのだ。
アン・バーバラが、徐々にルドヴィ・ケーレンに心を開いて行くシーンの流れの描き方も巧い。アンマイ・ムスが病気になった時に、たった一匹の山羊を殺してスープを飲ませるケーレンの姿と、それにより回復したアンマイ・ムスの姿を見たアン・バーバラ。心温まるシーンのひとつだ。
もう一人、デ・シンケルのいとこになるエレル・ライシングも忘れてはならない。快活なエレルと不器用なケーレンの掛け合いはユーモアがあふれホッとできる場面となっている。彼女もまた、デ・シンケルからのカツラを断る、自律的な女性として描かれている。
後半、彼女とアン・バーバラが協力し、デ・シンケルに立ち向かう場面は、男性に救われるか弱い女性という図式が反転しており、実に興味深い。
どの女性も自らの意志で人生を選択して生きていく。飾りではない女性像に好感を持った。
マッツ・ミケルセンの魅力
貴族の称号をかけ、手付かずの荒地を開拓する。その無謀とも言える野望の裏にあるのは、きっと自分たちを捨てた父への「成り上がり」という復讐心から始まったものなのだろう。
暴君と言える執拗な有力者との争いの中で、小さな灯りが灯っては消えを繰り返す生活。
思いやりなど無い彼がそんな暮らしの中で、逃亡中に夫を亡き者にされた使用人や、家族に捨てられた少女と生活を共にするうちに温かみを知る。
その中でみせるマッツ・ミケルセンの芝居が素晴らしい。
ケーレンの圧倒的存在感。寡黙な元軍人の心の移ろいを、表情だけで伝えてくる。荘園領主のデ・シンケルと対峙する場面、若葉に目を細める場面、アンマイ・ムスを送り出す場面。言葉を発しなくても、感情が伝わってくる。
この作品はマッツ・ミケルセンが主人公を演じたからこそ、魅力あふれる映画となったといっても過言ではないだろう。
18世紀デンマークの歴史を背景に、私たち観客に重厚な人間ドラマを楽しませてくれる見事な作品だ。
(陽)
参考文献 作品パンフレット
