6月例会/予告編/例学/解説

解説

勇気を持って、力を合わせて
 『サムジンカンパニー1995』の原題は「サムジングループTOEICクラス」。1995年に入社して8年目の高卒女性社員が、ステップアップを望んで社内の英語クラスを受講しながら、会社の不正を暴いていく映画です。
 実際に起こった水質汚染事件というシリアスな題材をベースにして、グローバル化を掲げる韓国社会の片隅で懸命に生きる若い女性たちの姿をリアルに、そしてコミカルに描いています。
 「1995年はグローバル元年にしましょう」金泳三大統領(当時)の肉声から物語は始まります。

韓国1995年働く女性たち
 ソウルの朝、オフィス街を闊歩するジャヨン、ユナ、ボラムは、大企業サムジン電子に勤務する女子社員。しかし、彼女たち高卒の女性たちの仕事は、実務能力はあったとしても、お茶くみや書類整理ばかり。なにより、出社すると「高卒女子」とすぐわかるえんじ色の制服に着替えなければならない。
 ジャヨンの職場での朝は、前日の残業で男性社員が食べ散らかしたゴミを片付け、課内の社員の好みのコーヒーを用意することから始まる。
 クールなユナは、マーケティング部所属。自分のアイディアを簡単に大卒女子社員に取られてしまっても何も言えない。
 数学大会で優勝したボラムの能力は、会計部で数字を合わせる事に使うしかない。時には「数字が可哀そう」だと思う仕事を不本意ながらこなしている。
 経済発展に沸く韓国で、ソウルの大企業に就職するという夢を叶えた彼女たちの現実は厳しい。
 グローバル化を掲げる会社は、新しい社長を迎え、社内に英語の教室を作り英語検定試験TOEICで600点以上を超えたら「代理」という肩書を与えるという。ちなみに代理とは、大卒男子には入社後すぐに与えられる肩書である。
 就業前に懸命に勉強する女子社員たちの、韓国なまりの英語がクラスに響く。

発端は小さな疑問
 ジャヨンはある日、地方の自社工場に行った際に汚染水が川に流れ出しているのを目撃する。
 正義感が強い彼女は、事態を報告する事が出来たが、後に調査結果の数値を捏造した人物がいるのではないかと疑いを持つ。
 又、知らなかったとしても、自分自身が地域住民の不利になる仕事をしてしまったことを後悔し、解雇の危険も顧みずユナとボラムの力も借りて真相究明に奔走する。
 真実を知りたい一心から行動していくうちに疑問が確信となり、誰が有害物質フェノールを流す指示をしたのか、誰が真実を隠蔽したのかを暴こうとする。しかし、その行動は、秘められたもっと大きな闇に近づくのだった。
 困難や裏切りを経験し、何度も挫折を繰り返しながら「まずは、剣を抜こう」と決意した彼女たちは多くの人を巻き込んで、恐れずに巨大な力に立ち向かってゆく。
 それは、「自分に誇りを持ちたい」と気持ちに突き動かされた行動だった。

「昭和的な」職場の中で
 サムジン電子のオフィスライフは、昭和の時代に会社生活を送った方には、思い当たり、懐かしく映るシーンが多いのではないだろうか。
 男性社員たちは、当たり前のようにデスクで煙草を吸い(女性は隠れて吸っている)、女子社員が片付けをする。産休、育休の制度を持つ企業は少なく、女性の会社員の多くは妊娠と共に職場を去っていった。
 社内のセクハラは様々なケースがあるだろうが、双方ともに意識が低く、それゆえに訴える女性も少なかった。
 時には、プライベートの飲食費も会社の経費を使う事が可能な時代、ある意味企業は家族の様な密接な関係を保ち、そこには旧態依然とした男性社会の甘えもあった。その中に、女性たちは組み込まれていた。
 物語が進むと共に、映画はジャヨンの上司や後輩、ユナを敵対視する同僚、ボラムの能力を評価して可愛がる部長等、同じ職場に働く登場人物の個性を浮き上がらせる。
 主人公たち三人の奮闘をコミカルに描きながら、韓国映画らしい少し湿っぽいエピソードも織り交ぜて一言で語れない人間の業や情を引き出している。

歩いてきた時代、そして未来へ
 サムジン電子のオフィスライフは、昭和の時代に会社生活を送った方には、思い当たり、懐かしく映るシーンが多いのではないだろうか。
 韓国では、経済発展と共に、数々の環境汚染の問題が起こったが、その中で、1991年斗山電子が有害物質であるフェノールを川に流して問題になった事件をモデルとしている。
 「環境汚染問題を通じて企業が抱えている問題に迫っていきたいと思いました。そして、なにか間違っていると思いながら、声をあげるのは大変だし、このままでよいのではないかと思うのが多数派だろうと。しかしその気持ちが人々の心に穴を空けてしまうのではないだろうかと感じるのです」とイ・ジョンピル監督は語ります。
 経済発展を世界に示すシンボルともいえるスポーツイベント、1988年のソウルオリンピックから2002年日韓サッカーワールドカップの間に、韓国は急激な社会の変化と共に、悲劇的な出来事や困難をいくつも経験する。
 映画『はちどり』で登場した聖水大橋の崩壊や、死者500人以上のデパート崩壊事故、そして1997年の韓国通貨危機ではⅠMFが発動され、韓国経済は非常に苦しい時期を迎えた。
 夢のように語られる「グローバル化」は、やがて刃を持って人々の生活を変えていく。それは、世界各国同様である。
 映画は、世襲制が一般的だった韓国の会社経営の弱点を描くと共に、グローバル化の光と影を写し出している。
 「当時グローバル化は素晴らしいことのようにいわれていましたが、デメリットもある。それを探りながら映画を作っていこう」と考えた監督は、2年後に起こる通貨危機を意識せざるを得なくなったと語り、後半のストーリー展開へとなっていく。
 それが、単に「コミカルで勧善懲悪の映画」ではない、「考えさせられる作品」にしている。
 一人ひとりは小さな存在であろうと、力を合わせて恐れずに、立ち向かっていけば報われる日が来ると信じたい。
 それは、厳しい現実が満載の現代社会では、ファンタジーなのかもしれない。
 それでも、少しでも明るい方へ進んでいきたい。
 サムジンカンパニーの女性たちの姿に勇気づけられながら。

 (宮)