5月例会『スリーピングボイス』

沈黙の世代が描いた真実の物語

 映画の冒頭「この映画をすべての女性に捧げる」「無言で泣いた女性、拘束され殺害された女性に」という文字がスクリーンに現れ、最後にスペインに36年間の独裁政治をもたらしたフランコの言葉「我に祖国を託すなら決して揺るがないと誓う」が現れる。 
 映画の主な舞台はスペイン内戦が終結した1年後の1940年秋から1941年1月の首都マドリードにある女子刑務所。
 原作は1954年生まれで2003年に死去したスペインの女性小説家ドゥルセ・チャコンの同名小説「La Voz Dormida(眠っている声)」。
 小説は内戦後の歴史研究、元共和国派として闘い、収監された女性たちにインタビューを試みるなどの準備期間も含めて6年半の歳月を費やして2002年、彼女が亡くなる一年前に出版された。
 彼女は、私たちは「沈黙の世代」の子どもたち。親や教師が語らなかった隠された暗い歴史の部分を描こうと思った。闘い、敗れ、沈黙を強いられながらも尊厳を失わずに闘い続けた女性たちへのオマージュとしてこの小説を、と語った。

物語

 スペイン内戦終結2年目、マドリードの女子刑務所では共和国活動家の恋人や妻、母たちが収監され、おざなりの裁判のあと、処刑されていった。妊娠中に収監された姉オルテンシア(インマ・クエスタ)を助けるためにコルドバから出てきた妹ペピータ(マリア・レオン)は、共和国派のシンパで元医師の家で働こうと面接に行く。元医師の妻は兄弟を共和国側に殺されていたが、ペピータが敬虔なカトリック信者であることを知り雇い入れるのだった。ペピータは姉との面会に行き、生まれてくる子供のためにも謝罪すべきだと説得する。そこで姉から義兄への連絡を頼まれ、初めて義兄の同志パウリーノと出会うこととなる。

 反フランコ派とその同調者と疑わしき人物たちを次々と銃殺刑に処す場面に象徴される、当時のスペイン国内における内戦に勝利したフランコ派の姿。
 女子刑務所における威圧的な女子刑務官と修道女の役割もカトリックを信仰するスペインの一面を権力がうまく利用して人権弾圧の道具にした事を物語る場面だ。スペイン内戦時、多くのカトリック教会が共和国支持者たちにより焼かれ、多くの聖職者たちが殺された事実も宗教者たちが利用された一因かもしれない。内戦中、共和国側にもフランコ支持者側にも多くのカトリック信者が存在したこともフランコ死去後、スペインが長い沈黙の時代を作る要因となった。
 私たちは世界の国々で起こった歴史的事件を題材にした映画をこれまで見てきた。同じ民族同士の戦いや、軍事政権下での人権弾圧、ボスニアに代表される隣人同士の戦いなど様々である。
 それぞれの国の政府が唱えている「公式な歴史」の影でもう一つの「真実の歴史」が常に存在するのではと考える。
 映画『スリーピング・ボイス』はスペインの内戦に関して知る道を閉ざされていた若い女性の「真実の歴史」を知りたいという思いと、同じように「真実」を描きたいという監督の思いが一つになった作品だ。
 フランコの死去後、25年間も国を一つにまとめ、前に進めるために「フランコ政権時代には触れない事を暗黙の了解とした」新生スペイン政府と国民の中にも隠された真実を求める市民たちがいた事を映画は物語っている。
 映画の最後、刑務所で銃殺された姉オルテンシアが生んで育った子どもに、妹ぺピータのその後を語らせる演出はフランコ政権後、紆余曲折を経て民主主義国家として再出発したスペインの明日と希望を描いたものだ。   
(水)