2022年3月例会『海辺の彼女たち』

解説

外国人労働者たちの実話を基に描く ベトナム女性たちの日本


 ベトナムから来た三人の女性アン、ニュー、フォンは技能実習生として働いていたが、過酷な現場から脱走を図り、ブローカーを頼りに雪深い港町に辿り着く。不法就労という不安定な状況の中、三人は故郷の家族のために働き始める。
 『海辺の彼女たち』は異国で働く技能実習生の姿を綿密な取材によってドキュメンタリータッチで描いたフィクション映画である。
 
 日本はすでに世界四位の移民大国であるとご存じだろうか。
 移民というと映画ファンのイメージでは『ゴッド・ファーザー』や『ブルックリン』などで描かれたようなヨーロッパからアメリカへの移民の姿が思い浮かぶ。コンビニエンスストアで働く外国の方が移民というのはちょっとピンとこないところがある。しかし経済協力開発機構(OECD)の外国人移住者統計によると、3ヶ月以上滞在する予定で日本に来た外国人は2018年に50万人を超え、世界4位の規模となっている。国連経済社会局がまとめた19年の移民人口でみても約250万人と世界26位である。この中には本作の主人公である外国人技能実習生も含まれている。
 今や日本の経済や私たちの生活をさまざまな場面で支えてくれている外国人労働者の方々であるが、その待遇は多くの問題が指摘されている。詳しくは本号の「背景」を読んでいただきたい。
 この1月にもベトナム人実習生に関して、岡山市内の男性が受け入れ先で2年間にわたり繰り返し暴行を受けていたと訴えたこと(朝日新聞1月18日夕刊)や熊本の自宅で孤立出産のうえ死産した女性が遺体を放置したとして死体遺棄罪に問われた裁判の控訴審判決がでたことが報じられている。(朝日新聞1月20日朝刊)
 岡山の実習生の男性は2019年秋に来日。建設現場で足場を組む作業などをしていたが職場の同僚から暴力をうけるようになった。会社や管理団体に相談したが改善せず、知人のベトナム人から紹介された地域のユニオンに保護された。会見ではベトナムに残してきた妻や娘のことを考えずっと我慢してきたこと、日本で働くためにかかった約百万円の借金を返済中で日本の別の会社で働きたいことを訴えている。
 熊本のケースでは、女性は妊娠すると仕事が続けられないと思い誰にも相談できないまま双子を出産する。彼女は「段ボールの箱の中に赤ちゃんを入れて、タオルでくるみ、その上に赤ちゃんの名前と弔いの言葉を書いた紙を乗せ、その箱を自分の部屋の腰の高さぐらいのキャビネットに置いた」その行為が死体遺棄罪だとして起訴された事件である。判決は情状が考慮され減刑されたが、被告は当然無罪を主張している。
 『海辺の彼女たち』の藤元明緒監督はこれが二作目。デビュー作は市民映画劇場でもとりあげた『僕の帰る場所』(2019年10月例会)である。第一作では在日ミャンマー人の家族を通して移民の姿を描いたが、本作では日本における外国人技能実習生の失踪問題を背景に、三人のベトナム人女性の軌跡を追った。
 この映画のモチーフは2016年に藤元監督が実際に技能実習生から受け取ったSOSメールがきっかけになっている。実習先からの不当な扱いを訴えていた女性が数度のやり取りの後連絡が途絶えてしまったのだ。行方不明になった彼女の“その後”を追いたいというのが今作の製作動機だったと監督は語っている。
 失踪した当事者、彼らを支援しているシェルター等での取材を重ね、脚本も監督が執筆した。キャスティングは、ベトナム二都市で10名以上の候補者から三人を選び、2020年2月に主に青森県外ヶ浜町で1ヶ月間の撮影を行なった。撮影の最後の方で北海道へ向かうフェリーの船内撮影があった翌日に北海道に緊急事態宣言が発令されたという。

 この映画はあたかもドキュメンタリーのようなタッチで描かれている。しかし例えば送出機関の問題点を描くとか、闇のブローカーの実態に迫るとか、支援団体の活動を報じるとかいったニュース報道的な作品ではない。
 映画はあくまで主人公たちの決断と行動に寄り添う。私の個人的な印象としてはベルギーのダルデンヌ兄弟の作品に近い。例会でも取り上げた『イゴールの約束』や昨年上映した『その手に触れるまで』などの作品である。移民が多く登場するということもあるが、対象に寄り添うような映像と行動の善悪を問わない姿勢が似ているのだろうか。
 彼女たちの行動を支えているのは日本で働いて故郷に仕送りすることにあるのだが、ピンチに陥ったときなどに助けてくれるのは同じ言葉を話す友人や知人である。雇われた会社や公的機関があてにできないとなると頼りになるのは身内である。日本に来るための借金を返済しなければならないし故郷の家族に仕送りをしなければならない。労働は過酷だ。訴えても改善しない。約束と違う労働に耐えることはできない。逃げれば資格を失う。解けないパズルのような状況のなか、事情通の友人や知人は独自のネットワークで制度や法律の間をぬって目の前の問題を解決してくれる。もちろん好意だけではないし、それが最善の解決方法かどうかもわからないが。  三人が故郷の家族へ送金する場面がある。ひとりだけATMで入れかけた現金を手にしたまま立ち去る。仕事を続けるためにお金が必要だったのだ。映画は静かに彼女の行動を受け入れ肯定する。しかし彼女のためらいに、私たちの社会や制度の矛盾が映し出されるようだ。 
(錠)
参考文献
□映画公式パンフレット
□朝日新聞GLOBE+ 気がつけば「移民大国」
  https://globe.asahi.com/feature/11032111
・日本はすでに「移民大国」 場当たり的な受け入れ政策はもう限界だ
・技能実習生が迫られる辛い選択、日本の女性にも通じる 映画『海辺の彼女たち』の世界
□望月優大「彼女がしたことは犯罪なのか。あるベトナム人技能実習生の妊娠と死産」
https://www.refugee.or.jp/fukuzatsu/hirokimochizuki08 
(2022年1月29日最終確認)