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2021年5月例会『はちどり』

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解説

映画の中に私のウニもあなたのウニも住んでいる

 




 この映画はソウルに住む中学2年生のウニ(パク・ジフ)が1994年の夏から秋にかけて体験した出来事を通して成長する姿を描いた作品だ。家族の物語でもあり、社会の物語でもある。ウニの小さな世界も沢山の入り口を通して知らない世界と繋がる。静かな映像の中に観客が共感でき、記憶の片隅に眠っていた自分が甦る。多分、世界中にある話だ。私たちはウニを追体験することで私たちもまたウニとその家族と同じように当たり前の暮らしを繰り返して今がある事に気づく。
 韓国の映画界で近年、女性監督が描く当たり前の日常を描いた作品が劇場公開され、観客を集めるようになった。『わたしたち』(16)『はちどり』(18)『82年生まれキム・ジヨン』(19)『チャンシルさんには福が多いね』(19)など。

学校教育と女性
 この時代(1990年代まで)の韓国では小学校は男女共学でも、中学、高校においては男女別学が公立、私立関係なく当たり前であった。特に60年から70年代の学校教育において男性は主に政治的・経済的活動等の社会の生産的活動に関する教育を通して「漢江の奇跡」を実現し、女性は主として子育てや家事等の社会の再生産過程に関する教育という、性に基づく分離教育を行っていた。そんな中、韓国では1995年に女性発展基本法が制定され、女性の生き方も少しずつ変わってきた。
 監督のキム・ボラはウニより一つ年下の1981年生まれ。韓国の大学卒業後、アメリカの大学で映像表現を学んでいるときに何度も中学校に通う夢を見て、ぼんやりとしていた中学時代を見つめなおしたいという思いが『はちどり』を作るきっかけになった。脚本を書き始めたのは2011年。紆余曲折があり2018年に韓国で公開。ウニと家族たちと仕事
 映画の主人公ウニは1980 年生まれの14才で男女別学の女子中学に通う。舞台は1994年のソウル漢江の南、江南の大峙洞(テチドン)の古びた団地に住む。1960年代、農地だらけだった江南は漢江の北、江北の人口膨張の対策と新都市計画、国際競技大会の誘致とも相まって一気に都市開発が進んだ。
 父親(チョン・インギ)の餅屋(監督自身も餅屋の娘)を忙しい時期には家族みんなで手伝う兄弟たち。韓国人にとって餅は大事な行事には欠かせない食べ物であり、お供え物だ。母親が漢文塾の先生ヨンジにわたすように持たせる餅の詰め合わせ。出産、1才の誕生日はじめ、冠婚葬祭全般において餅は使われる。それだけ大切にされている餅、しかし作る人間(職人、商売人)は儒教文化下、蔑まれた存在だった故に、映画の中でウニが息子の彼女だと知り「餅屋の娘なんか…」と言って立ち去る、裕福そうな息子の母親。2010年の韓国職業能力開発院の調査では世間的評価の高い職業として、裁判官、大学教授、医者、新聞記者、中学教師が上位に並ぶ。

男中心の家族
 家族の描写で面白いのは気の弱そうな父親でも韓国では家父長制が残っており、父親が箸をつけ、食事が始まる。何度も出てくる食事風景と娘を思う父の涙。
 好きな?女性が出来、スーツ姿で出かける夫の影で1日中、餅屋、家事、子育てに追われて休める時間のない母親スンヨンと破れた靴下。自分の存在を消したいと言わんばかりにウニの声にも反応を見せない母。私にも自由を…。きっとそんな気持ちだろう。男性社会で落ちこぼれた存在のような叔父。秀才タイプでソウル大を目指す?兄デフンと勉強が苦手で江北の高校へ通う姉スヒ。
 ウニの設定を中学2年生にしたことを問われ、監督は中学で一番宙ぶらりんな気持ちで過ごす時期だからと…。

多くを語らないヨンジ先生
 韓国では日本のように放課後の部活動がないから自然と人間関係も限られてくる。ウニは仲良しの友達ジスクと漢文塾に通うのだが、そこでの先生との出会いからウニは知らない世界の入り口に立つ。映画の中でヨンジ先生(キム・セビョク)はとても気になる存在だ。先生がウニに向かって呟いた「殴られてばかりいてはダメ…」「世の中には理不尽な事が多い…」という言葉に女性として歩んできた彼女の人生を思う。漢文の授業の中で歌う労働歌「切れた指」。小さな町工場で働く労働者の暮らしを歌ったこの歌にとても魅かれた。大学を長く休学している彼女が労働歌を歌う訳は?
 ウニに思いを寄せる一つ年下のユリ(ソル・ヘイン)。移ろいやすく壊れやすい、思春期の女性の名前を監督は韓国語で「ガラス」という意味を持つ「ユリ」と名づけた。彼女は3年前に公開された韓国の女性監督ユン・ガウン(82年生れ)作品『わたしたち』にも準主役で出ていた。
 ウニの5年前の世界を監督が卒業制作で描いた『リコーダーのテスト』や同様に小学4年生を描いた『わたしたち』があり、80年生まれのウニの言葉にならない思いを81年生まれの監督が『はちどり』で描き、映画は『82年生まれキム・ジヨン』(原作者78年生まれ)や通貨危機後の「88万ウォン世代」の思いへと繋がる。

聖水大橋事故と韓国
 この作品でウニたちが暮らす社会を大きく揺るがす出来事として1994年10月に起きた漢江に架かる「聖水(ソンス)大橋崩落事故」が出てくる。1986年のアジア競技大会、1988年ソウルオリンピック、韓国が国際社会の一員として経済的にも右肩上がりの中で起きた橋崩落(漢江には27の橋が架かる)はその後の三豊デパート崩落、IMF通貨危機をも予感させる。事故の放送を見て長男が泣く。家父長制の中、男は泣かないと自制していた壁が崩れる。ポケベル、ラジカセ、K-POPの聡明期の歌、ジーンズ、漫画、三八六世代など映画の中に時代のキーワードが見え隠れする。
 韓国公開時、女性の感想で多かったのは「映画の中に自分がいた」というものだった。『はちどり』は2018年に韓国197の劇場で公開され、15万人近くの観客を集めた。その後、国内外の映画祭で50以上の賞を受賞。2020年大阪アジアン映画祭に出品された。
(スウォン)
参考資料:ユリイカ(青土社)2020年5月号、A people

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