2020年9月例会『無垢なる証人』

解説

韓国のヒューマン・ミステリーは、素直に心に響く

 新型コロナウイルスが影響した「ステイ・ホーム」期間、韓国のエンターテインメントが改めて日本だけではなく、世界中の人々の心を捉えました。中でもネットフリックスで配信されたドラマ「愛の不時着」や「梨泰院クラス」の人気は高く、バラエティー番組の話題になったり雑誌で特集が組まれたり。
 「冬のソナタ」の大ヒットで第一次韓流ブームと言われた2004年に公開された映画『私の頭の中の消しゴム』は『パラサイト 半地下の家族』(19)の登場まで十数年の間、日本において興行成績が一位の韓国の映画でした。
若年性アルツハイマー病の妻をひたむきに愛し支えるイケメン夫を演じたチョン・ウソンが時を経て本作品『無垢なる証人』で主演を務めています。
 40代となりキャリアも実力も兼ね備えた俳優となった彼と対峙するのは、子役出身で天才肌の若き女優キム・ヒャンギ。
 韓国映画らしく、他の登場人物も、その存在感がはっきりしているので、自然に物語に入り込んでいきます。
 「第5回ロッテシナリオ公募展」で大賞を受賞したシナリオを基に『戦場のメロディ』(15)『ワンドゥギ』(11)等、温かい視点で映画を作ってきたイ・ハン監督がメガホンをとり、本国では230万人の観客を動員しました。
 『無垢なる証人』は神戸初公開の法廷劇でありミステリー映画です。謎を追うのには、先入観は必要ないと思われる方は、この後の文章は鑑賞後にお読みください。

異なった世界で生きてきた二人の出会い
 若いころは人権派弁護士として世間から注目を集めていたヤン・スノは、最近大きな事務所に転職し、「現実的な仕事をする弁護士」として活動しようとしていました。上司から期待を寄せられる彼は、新たにひとつの事件を託されます。
 資産家が死亡した出来事は殺人事件として立件され、起訴された家政婦オ・ミランを弁護する仕事は儲ける仕事をする弁護士としての第一歩です。
 事件の唯一の目撃者は、自閉症の女子高生イム・ジウです。
 ジウには、証明する能力がないと考える事務所関係者は、彼女を証人として立たせれば、裁判に勝てると確信を得ています。
あくまで容疑を否認し、近所の評判も良い被告人を弁護することになったスノは、真実を知ろうと奔走しますが、ジウとの会話は一筋縄ではいきません。
 ジウとうまくコミュニケーションをとれている担当検事に協力まで願い出るのですが、反対に「自閉症の人は外には出られません。相手が出られないのであれば、あなたが入ればよいのでは」と言われてしまいます。
 度々、ジウの学校に出向き、徐々に距離を縮める努力をしたスノは、彼女の中に利発さや優しさを発見します。
 しかし、スノは法廷では事務所の期待に応えます。
 第一公判に出廷したジウと母親は深く傷ついてしまいました。

映画の中で輝く個性
 自閉症スペクトラムの症状は、その人によって異なりますが、多くの自閉症の方々と同じように、音に敏感で、変化を嫌うジウ。知能が高く、数字に強くて記憶力も優れているのは彼女の特性です。
色々な情報が頭の中に入っていきますが、それを整理して外に出す方法が個性的です。人は、そのやり方を見て、「あの子は変だ」と感じてしまうのです。
 これまでも、数々の映画で自閉症の登場人物が、その個性的な存在感で観る人を感動に導きました。
 ダスティン・ホフマンとトム・クルーズが兄弟を演じた『レインマン』(88)、若いカップルのキラキラした恋愛とふたりの生きづらさを描いた『モーツァルトとクジラ』(04/例会作品)、北欧の映画ではユーモアあふれる『シンプル・シモン』(10)、ダコタ・ファニング主演の『500ページの夢の束』(17)、韓国映画ではイ・ビョンホン主演『それだけが、僕の世界』(18)、中国映画『海洋天堂』(10/例会作品)等々。
 自閉症のヒーロー、ヒロインたちは、自分の好き嫌いははっきりしていて、それを表現する方法も自由です。その事で周囲の人々は時には驚き、軋轢を産んでしまう事も。そして、自分自身が深く傷ついてしまう場合もあります。
 どの映画でも彼らの独特でくっきりとした個性、想像を超えた行動や発言を理解するうちに、関わった人は変化していきます。
 健常者といわれる一人ひとりも異なった個性を持ち、生きているはずです。しかし、社会の中で、家族の一員として、地域の住人として、時には自分の思いを表現せず、意に沿わない同調をしてでも穏便に暮らしていくことを自然に受けいれていく。
器用にやっているようで、時にはストレスを生む要因となっているのではないでしょうか?

立ち止まる勇気と修復への思い
 『無垢なる証人』の主人公スノは、真面目な性格です。若い頃は、正義感に燃えて人権派弁護士として活動しましたが、唯一の家族の父が老い、借金まで作ると事務所を変えて信念を曲げてまで「金を稼げる弁護士」になろうとします。
 生真面目さゆえ、父の面倒をみなければいけないと思い、結婚を考える事もなく仕事に邁進する人生を送ってきました。
 (しかし、父親は案外のんびりとおおらかな人柄です。)
 今も弱者を助けるために弁護士活動をしている大学時代からの女友達スインには、良かれと思って言った言葉で気分を害されてしまいます。
 誠実でも、相手の気持ちを想像する心遣いが欠けていました。
 ジウの気持ちを知ろうと自ら働きかけるうちに、人の心は複雑で、見えるものだけを単純に思い込んで判断するのは傲慢だと理解するようになります。
 又、家族や友人に守られている存在だと思っていたジウの芯の強さに感心し、敬愛します。
 自閉症の女子高生との友情とも思える関係は、スノに視野の広さを与え、本来もっている気持ちを甦らせるきっかけを作りました。
 『無垢なる証人』は、殺人事件を扱ったミステリーでありながら、ヒューマンドラマの佳作です。観る人の心に小さな灯りをともします。
(宮)

ひとくち感想

◎大変よかった  ◯良かった  ◇普通  ◆あまり良くなかった  ☐その他

とても良かったです。気持だけかんぱします。(83歳 女)
すばらしい映画でした。自分の心があらわれたようで、ベストワンです。無垢なる証人ジウの演技からくるものでしょう。なかなか弁護士スノのように、私ははっきりと決断できないかも。(79歳 男)
自閉症に対する偏見が少しでもなくなれば、と思いました。(76歳 男)
上映して下さってありがとうございます。良い映画が、もっと神戸で観られるようになってほしいです。キム・ヒャンギちゃんは次、シネマ神戸の『神と共に』で会えます!(女)
映画の中の言葉ではないが、「いい人?」に自分が応えられるか。違いを知る、認めるということが、いかに大変か、難しいか分ってきたかも。(76歳 男)
韓国映画の法廷ものはいつもかっこいいなぁと思ってしまいます。以前『弁護人』をみたときも、その証言の裏付けがすっきりさせます。久しぶりにハッピーな気持ちにさせてくれました。ありがとう!!(75歳 女)
アスペルガーといってもホントに各、各色だと認識されました。精神障害者だと一くくりにする社会の常識に、自分自身いましめるいい映画でした。キム・ヒャンギの演技に感心しました。(74歳 女)
自閉症・精神障害に直接ふれて理解が進む内容でもありました。今、子供は精神障害で入院中です。しみじみと伝わりました。(73歳 男)
くわしく書けないが、真実は一つやね、最後まで、つかんではなさない、やっぱりそーですね!!(73歳 女)
「思いやり」や「共感」はとても大切です。それだけでなく、しっかりとした知識を学ぶ事が「偏見」や「差別」を克服できると思った。「どんな人も色々あって、みんな同じ人間」。本当の平等と人権が守られる希望になった映画でした。(73歳 女)
急転したあとの話が実に良かったです。障害者への見方を変えるために、もっと多くの人に観てもらいたい映画でした。そして自分自身の理解も更に少し深まりました。(73歳 男)
コロナだし、国民をみない内閣だし、モヤモヤしていたこの時期に、すっきりといい映画でした。勇気を出して「いい人」になれば、この世の中ももっとすっきりするのに……ね。(72歳 女)
とても感動しました。皆違ってみんないいですね。心にひびく言葉がいっぱいでしたね。弁護士のお父さんの手紙も心を打ちました。ジウさんの演技、とてもよかったです。(72歳 女)
本当に人間らしい映画だった。権力や財力に負けないで、立ち直った主人公に乾杯!! 自閉役の女優さんもとてもよかった。(70歳 女)
韓国映画の良さが一杯つまっていました。(70歳 女)
ある郷里の番組で、4人目の子供をさずかった若い夫婦の言葉が忘れられない。「生まれてくる子供に障害があってもかまわない」。この夫婦の二番目の子供は寝たきりの障害児。今は事前に異常のある子供は生まない選択もできる。でもその選択はこの夫婦にとっては、自分の子供の存在を否定される行為であり、許されないものだという。(67歳)
とてもよかったです。すぐには言葉で表現できません。じっくり考えたいです。これからもよろしくお願いします。(67歳 男)
人間はみんな違う・・・あたり前だけど、それはまだまだ言葉の上だけで、実生活で理解し尊重した行動を自然に振るまえていない、事実に素直になれば少しずつできるのかも、希望をもらえた映画でした。有難う。(65歳 女)
ジウ、スノ、スノの父親の三様の人格の違いが際立っていて、ストーリーの進行が面白かった。終盤には、しっかりミステリーになっていた。(62歳 男)
すごく面白かった! ストーリーも面白いし、スノさんの生活がリアルに描かれていることが深みを与えていて良かったです。(58歳 女)
正しいことをして生きるのは難しいことばかりですが、自分に恥じない生き方を貫くというのは、人の生き方としては最高だと考えます。(51歳 女)
久しぶりに映画を観たので、大変よかったです。音響がよく、自分だけの世界観に入れました。(20歳 女)
久しぶりに感動しました、証人の純粋な心に涙があふれました。
久し振りに純粋、良心の映画を見ることができた。弁護士としての信念を貫けること、人間の純な心を真正直に吐露できること、良かった。少女の俳優の名演技。
信じる事の大切さ、相手の心に問いかけること。
映サで観る韓国映画は、いつも感動します。(女)
やっててよかった韓国語! 方言と標準語の違いもよくわかりました。ジウ(主人公の女の子)がパッドでいつも見ているのが、日本のアニメ「ぼのぼの」ですね。あの番組に「方言」なんて使われているのでしょうか?……と疑問を持ったんですが…!? オットゥギラーメンがスポンサーでちょっと笑えました。福山雅治か井浦新で日本版を、アメリカ版はトム・クルーズでやってほしいです。でもできるかな? できないような気もします。つまらない日米にゲンメツです。(女)
久しぶりに、人のあたたかさにふれた作品でした。
良かったです。父親が四五歳の息子の誕生日に手紙を書く。借金をして息子に負担をおわせている父親だけれど、人間としての生き方を息子におもいおこさせる。物語はこれで終わるがスノ親子の人生は続いてゆく。「いい人」として人生を送ることが出来ますように。(女)
韓国映画の水準の高さを再認識しました。『プリズン・サークル』『ライファーズ』の上映を希望します。

法廷劇、ミステリーと言われると不自然さも感じたが…。弁護士スノが自閉症スペクトラムの証人を理解しようとし、最終的に被告人の弁護人の立場を越え、禁を破って証人を支えたのが救いだった。一回目の公判では、証言能力がないというために証人席に立たせたのか!と腹が立ったが、これは裁判に勝つための常道なのだろうか。弁護士(いい人)にあこがれるジウを裏切らないスノであってよかった。(69歳 女)
冷静に考えれば、最後の法廷でのどんでん返しは、相当の無理筋でリアリティには欠ける。しかし、そんなことがどうでも良くなってしまうぐらいに、物語は極めて丁寧に練り込まれていて面白く拝見しました。自閉症と言っても様々な症状があるのでしょうが、今作のジウの姿には先日、NHKのETVで取り上げられた(「敏感君たちの夏」)、HSC(ハイリー・センシティブ・チャイルド)のことを思ってしまいました。…ところで、細かいことですが、殺人目撃の場面では登場していたジウの父親が、その後、一切姿を見せなかったのが、ちょっと気になってしまいました…。(68歳 男)
テンポよく法廷で逆転していくのが痛快でしたが、ちょっと単純な感じがしました。最後に「君がいないとだめだ」なんて、あんなことを言うか、思わず身をよじります。弁護士スノは人権団体から大企業おかかえの大手弁護士事務所に鞍替えしたことを悔いていましたが、すっきりした生き方こそが人生の喜びなのだと感じました。「いい人になるように努力する」、これもちょっと照れるセリフですが、ジウには言えるでしょう。彼女は人を素直にさせる能力もあるようです。余談ですが、サラ金や遊廓の顧問弁護士が大きな顔で政治家になっている日本、彼等を「いい人」を思っているのでしょうか。(64歳 男)
たまたま大阪で見たので二度目ですが、自閉症への理解はよくあって、我々にもわかり易いのですが、弁護士の義務違反のところは、よいのかな?と思います。わかっているのに引き受けたからには無罪を!という弁護士を描いた映画もありますから。同じ監督の『ワンドゥギ』『戦場のメロディ』もよかったです。韓国映画も良質のものが多くなりました。(60代 女)
見る人が、心のおさまりが良くなる映画。子役の演技が良い。それをサラッと受けとめる元祖イケメン韓流スター、チョン・ウソン。こういう映画は、どちらもあんまり演技派だとしんどいのでちょうど良いカンジ。(女)

とても素晴らしい映画でした。自閉症への偏見の打破、人権弁護士と云われた弁護士でも経済的理由等で、くもりがちになる中、廻りの人々の良心に支えられて立ち直っていく姿に感動しました。韓国映画の水準の高さをあらためて実現できた映画です。(78歳 男)
良い映画でした。久しぶりに涙が出ました。年をとって自分も身体のあちこちが悪く一人暮らしで、人の心の奥底がよく解ります。(女)