2020年3月例会『マルクス・エンゲルス』

解説

若きマルクスとエンゲルスの情熱を映像の中に発見する

 あなたは、カール・マルクスという人物をどうイメージするでしょうか。歴史の教科書に載っている過去の偉人、思想家、哲学家、共産主義者、そして著作「資本論」。
 時を経て、世界は共産主義国家の樹立と崩壊を経験し、近代においては、一党体制の弾圧的な政治のやり方と共に、人々には彼の思想のマイナスイメージだけが植え付けられたのだと感じます。
 21世紀になってからは新自由主義の名の下で、「持てる者」と「持たざる者」という新しい階級社会が形成され、貧富の差が広がる一方で、国境を超えてまで「労働」は切り売りされ、人々の暮らしに人間の生きる喜びがどんどん薄まっていく現象が世界中で起きています。
 資本主義の行き詰まりを実感する昨今、再び人々はマルクスを求め始めています。
 トマ・ピケティの「二一世紀の資本」が世界的なベストセラーとなり注目を集めました。近年、日本でもマルクス研究の著作だけではなく、「資本論」の新訳や漫画化された本が出版されています。
 映画は産業革命の時代をむかえ、社会の体制が大きく変わろうとしていたヨーロッパで、まだ何者でもなかった若きカール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスが出会い、議論を重ねながら「共産党宣言」を共同執筆していくまでを描いています。
 彼らは、その時30歳にも満たない若者でした。

変わりゆくヨーロッパ社会の中で
 ヨーロッパは長く続く絶対王政の時代の中で、戦争や飢餓、疫病、不景気などを経験してきた。
 1840年代の半ば、社会は大きく変わろうとしていた。イギリスを発端とした「産業革命の時代」を迎えていたのだ。社会は新たな「支配するもの」と「支配されるもの」を作った。それは「労働」というキーワードを持つものだ。
 
マルクスの旅
 冒頭、森で枯れ木を拾う貧しい人々に襲いかかる馬に乗った男たち。汚れたボロボロの衣類をまとった老若男女は逃げまどい、簡単に命を奪われる。わずかな森の恵みを頂きながら生活の足しにしてきた貧しい暮らし。しかしもう枯れ木一本も民の物にはならない。
 マルクスが書いたプロイセン政府によって施行された「木材窃盗取締法」を痛烈に批判した記事は「ライン新聞」に掲載された。
 大学を離れたカール・マルクスは、確固たる理想とそれに基づく思考を持ち、ジャーナリストとして活躍したが「ライン新聞」は言論統制によって廃刊となった。
 マルクスはプロイセン(ドイツ)を後にし、パリで婚約者である貴族の娘イェニーと暮らすが、その生活は貧しいものだった。
 その時、彼は26歳だった。

エンゲルスの決意
 マルクスと同じプロイセン生まれのエンゲルス。イギリス、マンチェスターで父が共同経営している紡績工場で働く彼は、労働者の現実や生活に関心を持ち自ら調査して「イギリスにおける労働者階級の状態」を上梓していた。
 パリでエンゲルスとマルクスが対面するシーンが素晴らしい。テーブルに座り、相手を見据える瞬間。まるで、一つの絵のようだ。
ブルジョア階級のエンゲルスが伴侶に選んだのは情報収集に協力もしてくれたアイルランド人女工メアリー・バーンズだった。
 彼は、運命ともいえる二つの出会いを受け入れながら、喜びと苦悩を伴う人生を選んだ。
 父との確執は当然のこと。会社経営者でありながら、共産主義を支持する自分自身への疑問。矛盾に悩む気持ちを、手紙に書き綴り送る相手はいつもマルクスだ。
 その時、彼は24歳だった。

19世紀のロンドンのクラブにて、そして、今この時代
 新たなステージに上がるため「正義者同盟」の入会に挑む二人はイギリスに赴いた。
 ロンドンでエンゲルスは男性のエリート層しか入れないジェントルマンクラブに、マルクスとメアリーを連れていくのだが、その場での彼の父の友人とマルクスとのやり取りが興味深い。当たり前のように幼い子どもを低賃金で重労働につかせる工場経営者。利益を追求することで、巨万の富を得たいのならまだしも、そうしなければ経営が成り立たないと考えるのだから罪悪感など一切ない。搾取している実感も。
資本主義の行きつく先は、この様な形なのかもしれないと思わせる現代にも通じるシーンだ。
 日本では、技能実習生や留学生の形をとった外国籍の低賃金労働者の存在を国民全体が黙認していたが、正式に外国人労働者を受け入れる制度が昨年から実行された。
 しかし、かねてから移民を多く受け入れてきたアメリカやヨーロッパでは、経営者たちが選んだ「安い労働者」を「自分たちの仕事を奪う人間」として認識する人々を作り出した。
 原題は「若きマルクス」、ラウル・ペック監督は約六年間の準備の末、生誕200年になる2018年に向けて、若いマルクスとエンゲルスをスクリーンに映し出した。
 ハイチ生まれで、ベルリンで学んだ監督は、「歴史の中で影響を与えた過去の人物として描く事にためらいがあった。教科書に載っている白い髭をたくわえているマルクスではなく、軽やかで饒舌で攻撃的で、それでも自分の考えを曲げないエネルギー溢れる若きカールを描きたかった。ヒューマニズムを熱望した末の富の分配、男女平等、児童労働といった彼のテーマは、現在世界中が抱える問題と通じる」と語る。
 マンチェスターの過酷な工場や劣悪な貧民街、パリの屋敷の内装など当時のヨーロッパの空気を感じる映像の中の彼らが、ドイツ、フランス、ベルギー、イギリスで西欧諸国のそれぞれの言語で語り、議論し、挑戦しつづける様子に若さが持つ勇気と柔軟さを感じる。
 マルクスの多くを知らない観客もスピーディーなストーリー展開の中に、彼が何にこだわったのかを理解するようになるだろう。  
 彼が同じ時代に生きる思想家を否定した部分は、美しい言葉だけを掲げること、信じればあたかもパラダイスが実現するというような絵空事を民衆に植え付けることだった。プルードンのような高名な論者にも臆することなく、意見を言い、時には相手を攻撃する彼の力強さに圧倒させられる。
 逆にマルクスは、非常に現実的な人物だったのではないだろうか。人々が幸せになる「共産主義」は実現しうる「システム」だと信じ、経済学に強いエンゲルスと出会ってからは確信を持った。
 マルクスとイェニー、エンゲルスとメアリー、若い二組のカップルが読み合わせをしているシーンが美しい。
 「ヨーロッパに幽霊が出る」と。
(宮)

ひとくち感想

◎大変よかった  ◯良かった  ◇普通  ◆あまり良くなかった  ☐その他

DVDを求め家でみましたが、やはり大画面での方がわかりやすく理解も少し深まったと思います。19世紀の雰囲気も感じ、まだまだ理解も深まっていませんが、これから学んでいけたらと思います。エンゲルスの“妻”が自由でいたいとの考え、当時としては新しい考えだったと思います。(71歳 女)
理系だったのでマルクスにもエンゲルスにも触れる機会が無かったけれど、この映画で今の時代に必要とされていることが、よく分かりました。(61歳 男)
『マルクス・エンゲルス』は封切当初見たが、場面転換が早過ぎて少しついていけなかった。今回二回目だが、とてもよくわかった。「共産党宣言」を出すまでの青春時代で当時の雰囲気(労働者・工場…)がよくわかった。石川先生の話もとてもよくわかり、日本の現状と照らし合わせてヨーロッパより何故100年遅れているのか理解できた。変革は一歩ずつ進むもので劇的な変化はない。積み重ねだ(!)(70代)
新型コロナウイルス感染の中、大勢の方が本日神戸まで足を運んでいただき良かったですね。映画は二度目ですが、新たな発見がありました。このような良き映画を普及されることに敬意を表します。(67歳 男)
唯物論、弁証法、青臭い議論にあけくれた高校時代を思い出しました。転がる石はどこに転んでいくのだろう…。(60歳 男)
エンゲルスのすばらしい功績を初めて知った。天才マルクスの偉大さは言うまでもないが、彼なくして共産主義はあり得なかった。
 共産主義について、自分はソ連崩壊等で壮大な社会実験が失敗に終わり、もう過去の考え方だと思っていた。しかし「マルクスのとらえ方は…教義ではなく一つの方法」というエンゲルスの言葉を知り、社会について自分なりに考え続けていく姿勢を彼らの生き方から学んだ。現代に生きる私たちにとって必要な世界観だったのだ。主人の本棚に眠っている「資本論」を読んでみようと思った。石川康宏先生のご講演との組み合わせ最高でした! ありがとうございました。(58歳 女)

字幕を追えないことがあった。もう少し流れへの理解がほしかった。講演すごくよかった。(80歳 男)
うーんとうなってしまう。よい映画かといわれると、ちょっとしんどい。眼の調子が悪くて字幕がよみにくくて、意味を考える間に展開してしまった。しかしえてして流されてしまう中でしっかり自分たちの信念を持って生きていたのはわかった。そしてやはり生きるためにはお金がいるというのも教えてくれたように思う。芸術家にはパトロンがいるように。(75歳 女)
世紀の偉人達の不滅の業績に人類の発展過程中に自分達は存在しているのだと、おぼろげながら理解できたのか…と思いました。(74歳 女)
歴史上の人物であること、「資本論」くらいしか知らなかったが、当時の歴史の勉強になりました。(74歳 男)
マルクスとエンゲルスのことは判った。しかし、それで何なの、という感想です。ソビエト連邦は失敗したし、中国は多くの問題をかかえる。そして今は富める一%対九九%の問題がある。その中でこの映画はどういう位置付けなのだろうか。
――と書いた後で、石川先生の講演を聞き追記します。先生のお話や、マルクスが〝20世紀の最も偉大な思想家〟にダントツ一位に選ばれるというヨーロッパの人たちの思い入れと比べて、日本での自分の不明に思い至りました。(73歳 男)
映画の最後に映像と共にボブ・ディランのヒット曲が流れた。観客が期待したような映画ではなかったかもしれないが…。主人公二人を知るキッカケになったのではと思った。世界は二極化が進行中だ。(66歳 男)
二回目でじっくり見ることができました。二人が出合ったことで、共産党宣言ができたことが、今の社会につながっているのか、新自由主義のひずみで新たな問題が生まれている現在に何かヒントになる気がしました。(66歳 男)
マルクスとエンゲルスが一緒に活動していくところがとても面白い。出身や家庭環境、性格なども大きくちがうのに思想的にお互いを認め合い、当時の労働組合や社会主義運動に関わり、大きく変えていくのは感動的です。でも映画だけでは彼らが何を批判し、何を主張することで多くの支持を得ていったのか、ちょっとわかりにくい。(64歳 男)
二回目なので、前回よりマルクス、エンゲルスに関しては理解できたかと思います。有名な本は開いたことはありますが、最後まで行けませんでした。彼らの生きた時代背景を知り、家族のことを知るとまた本も読み進められそうです。映画は楽しく見るもので、学ぶものではないと思いますが、両方できるのも素晴らしいです。(60代 女)
労働者の怪我は労働者の不注意ですまそうとするシーンがえげつなかった。(58歳 男)
また感染してしまったかも…しかし、免疫がバッチリついてきているので、大丈夫。19世紀の欧州がよくわかる映画。ボブ・ディランもよかった。石川先生元気でなにより。内田先生の話も聴きたい。(58歳 男)
シネリーブル神戸で見逃していたので、見ることができて良かったです。マルクスとエンゲルスは「共産党宣言」や「資本論」を著した歴史上の人物という認識しかありませんでしたが、若き日の二人の友情等が描かれていて面白かったです。それにしても30歳前後で、現在も影響を与え続けている思想を作り上げるなんてすごいです。二人のパートナー、イェニーとメアリーも自分の考えを、しっかり持った女性で、とても素敵でした。『ピータールー マンチェスターの悲劇』とか『未来を花束にして』等の作品も思い出しました。(女)

少し難しかった。登場人物の違いが分かりにくかった。結局、マンガ買った!!(七五歳 男)
映サの上映会なので映画鑑賞マナーを徹底してほしいと思います。会場が暗くなってから入場する人、投射光の前を平気で通る人、エンディングが終わらぬうちに会場を出る人、ビニール袋をワサワサいじる人、帽子をぬがない人(匿名)

画面がくらい‼️わかりにくい。マンガでもう一度見ます。(78歳 女)

若きマルクスとエンゲルスが世界を読み解き、世界を変革するのだと奮闘する姿が新鮮だった。この混迷の時代に、私たちがどんな社会をめざしていくべきかを改めて問いかけられた気がした。労働者の権利を守るためのたたかいは、巧みに分断され、連帯する力を失っているように見える。賢くならなければ、と思うが、マルクスの思考と映画の展開についていくのは大変だった。(映画の前に講演を聞いたのは正解、ずいぶん理解が助けられたと思う)次の社会へ一足飛びには行かない。少しでも良い方向へ進める力(賢さ)をもちたい。(69歳、女←この欄も最近なくなってきてますね~)
「共産党宣言」成立、執筆状況がよくわかりました。素晴らしい歴史感覚を味わいました。(68歳 男)
難しい。極めて誠実な評伝映画であることは間違いありません。しかしマルクスとエンゲルス、彼らの人生軌跡を丁寧に綴ることに徹することが、彼らがその思想主張を築きあげるその基盤となった熱情、またそこに大きく影を落としてきたのであろう、当時の労働者たちの過酷で劣悪な社会環境を描ききれなかったような気がします。だからあの「万国のプロレタリアートよ団結せよ!」の言葉や「共産党宣言」の美しい文言が今ひとつこちらに響いてこなかったのではないかと思ってしまいました。エンドロールの「ライク・ア・ローリング・ストーン」には、ちょっとグッとくるものはありましたが。(68歳 男)
この映画をみて『未来を花束にして』を思い出した。産業革命のころの英国の工場の描写をみて、マルクス、エンゲルスのパートナーのイェーニーもメアリーも自分自身の言葉をもっていて、それぞれと対話している。当時非常にめずらしいことではなかっただろうか。女性と対等につきあえる二人は素晴らしいと思う。資本家と革命家の対立というが、資本家としての実際の活動にギモンを感じることはなかったのだろうか。(女)