2019年7月例会『バハールの涙』

解説

尊厳を持って立ち上がる女性たちの輝き

 『パターソン』などのゴルシフテ・ファラハニと、『モン・ロワ 愛を巡るそれぞれの理由』などのエマニュエル・ベルコを主演に迎え、実際にイラクのクルド人自治区で、2014年8月3日から2015年11月13日に起きた出来事に着想を得た物語です。過激派組織ISに人質になった息子を奪還するために銃を取るクルド人女性たちの姿を描きます。クルド人自治区を訪れ、女性戦闘員たちを取材した経験のあるエヴァ・ウッソンが監督と脚本を務めました。

 弁護士のバハールは夫と息子と幸せな生活を送っていましたが、ある日クルド人自治区の町でISの襲撃を受けます。襲撃により、男性は皆殺しとなり、バハールの息子は人質としてISの手に渡ってしまいます。その悲劇から数カ月後、バハールはクルド人女性武装部隊「太陽の女たち」のリーダーとして戦いの最前線にいました。そんなバハールの姿を、同じく小さな娘と離れ、戦地で取材を続ける片眼の戦場ジャーナリストであるマチルドの目を通して映し出していきます。バハールの過去と現在を交錯させていきながら、戦時下における女性達の悲劇と闘いを描いています。
 ヒロインを襲う性暴力の屈辱と絶望、そして奴隷労働者として住み込みで働かされている状況からの危険な脱出劇が生々しくスリリングに描かれ、かたちの違う幾つもの暴力に晒されたヒロインが武装部隊を結成するに至った過程をIS司令部への攻撃と一人息子の奪還を目標とする現在の状況とが並行的に描き出されます。暴力の被害者となったヒロインのその後を描いた作品であり女性たちの壮絶な覚悟に胸が苦しくなりますが、それ以上に、男性の暴力に屈することなく果敢に立ち上がる女性達の芯の強さ、逞しさに心揺さぶられる女性映画の傑作です。ヒロインを演じたゴルシフテ・ファラハニの覚悟のこもった力演に圧倒されます。悲惨な現実としてだけでは観せないという姿勢が貫かれ好感が持てます。

 戦闘シーンなどが強烈な印象を残しますが、私はどちらかというと闘いの合間のふとしたシーンが心に残りました。女性たちが歌う姿とその歌の内容。彼女たちが身に着ける鮮やかな色のスカーフ。臨月を迎えた仲間が破水をして、彼女を支えて歩くシーン。よくある戦争映画ではありえないシーンです。戦場描写は極めてリアルですが、視点はあくまで女性主観に置かれていて、マッチョイズムや戦闘描写を目玉とする従来の戦争映画と一線を画します。
 破水している女性に「もうちょっと後にしろ」と協力者の男が言います。確かにあの状況で出産はとても危険ですが、「出産なのだから後にできるわけないよ」と思わざるを得ません。男性優位社会における女性蔑視が現れた場面です。
 登場する女性兵士たちは全員、IS支配のもと性奴隷とされた過去をもっています。そこにある
 幾つもの構造的な抑圧は、むしろ文化的・社会的に根づく抑圧を、ISは自らの支配に巧く利用しているだけとも言えます。だからこそ逆に、彼女たちとの戦闘をISの戦闘員は過度に恐れているのです。彼らが信奉するジハード(聖戦)の教えによれば、女に殺された戦士は天国への道を閉ざされ、聖戦における殉死の栄光が意味を失うのだと。
 女性戦場ジャーナリストが女性部隊と帯同しますが、彼女の持つ感覚はジャーナリストの中でもステレオタイプではなく、リアルに感じました。それは戦場を怖いとはっきり言っていること。彼女は熟練のジャーナリストで、夫も同じく戦場カメラマンで紛争中に亡くなっています。戦場を知るゆえに恐怖も持ちながらも必死に戦士たちについてシャッターを押す姿。遠くにいる娘に電話で会話した後泣いたりもします。
 そして、希望を見たいがために、厳しい現実から目を背けているのではないですかという、マチルドの終盤の言葉に、重い問いがこめられています。それは「見たくないものを見ない、聞きたくないことは聞かない」という姿勢への厳しい視線。楽しいこと、うれしいこと、自分にとって都合の良いことにのみ耳を傾け、目を向ける。そんな私たちへの警鐘と受け止めました。

 彼女達の目の前にあるのは漠然とした将来の目標などではなく、ただ尊厳を持って今日一日をどうやって生き抜いていくかという希望しかありません。人間としての尊厳がここまで蔑ろにされる状況があるのかと愕然とします。そんな中、武器を手に取り最前線で戦う女たちは気高く強く美しいのです。硝煙の中に舞う花柄のスカーフ、その緊張感と息づかい。とにかく彼女たちのドラマに出会えて良かったと思えました。お互いに慈しみ合ったり励まし合ったりしながら戦い続ける女たち。強くもあり脆くもある人間の心をありのままに映し出していました。
 原題の意味は、バハールの部隊名でもある〈太陽の女たち〉。
 最後に印象的であったバハールたちの歌の歌詞の一部を記して筆を置きたいと思います。

 私たち女がやって来たぞ
 私たち女が街に入っていくぞ
 戦いの準備は万端だ
 私たちの信念で奴らを一掃しよう
 新しい時代がやって来る
 女と命と自由の時代
 新しい時代がやって来る
 女 命 自由の時代
 女たち それは最後の銃弾
 手元に残された手りゅう弾
 この体と血が土地と子孫を育む
 母乳は赤く染まり
 私たちの死が命を産むだろう
 私たちはゴルディンの女
 さあ街に入ろう
 戦いの準備は万端だ
 私たちの信念 新しい日の始まり
 新しい時代がやって来る
 女と命と自由の時代
 新しい時代がやって来る

(陽)

ひとくち感想

◎大変よかった  ◯良かった  ◇普通  ◆あまり良くなかった  ☐その他

世界は平和な所ばかりでない。いつか日本もそんな時が来るかも?(82歳 女)
ISによる拉致の話は数多く聞かされてきたが、彼らと闘う女性戦闘員の姿を映画として明らかにしたことはすばらしいことだ。(78歳 男)
感動した。戦争は人間の尊厳を破壊すると云われているが、破壊されて息子の為に立ち向かう。私達はチッポケな自分のプライドが傷つけられることであらそう事がある。バカな事であると反省するしだい。ひょっとして京都のアニメ会社放火もそのたぐいかも?(78歳 男)
世界の厳しい状況をもっと知らなくてはと思いました。女性の強さに感動しました。(77歳 女)
イラクでのクルド人自治区での女達、母親たちの闘い、とてもリアルでISの残虐性、見ていてとても辛かったです。歌の歌詞は力強く一心団結の強さをよく表していました。片目のジャーナリストの勇気にも心を打たれました。内容の濃い大いに考えさせてくれます。(73歳 女)
「暮らし」などと書くと不適切な気がするほど銃に弾を込め殺すことが日常の女性たちの姿を、この映画で教えてもらった!!重たいテーマを感じた。(72歳 女)
久しぶりに「大変よかった」としました。状況の理解は充分ではないけれど、バハールの美しさにまいりました。女性がないがしろにされていることに憤り増々です。女性が幸せでない世の中はまちがっています。色味のない映像でしたが、強い思いを感じることができました。(71歳 女)
女性の名前(主人公)ですかバハールとは。出産場面、ベトナムの小さな地下のような大きな恐怖が。平和がいい。平和はなにものにも代えがたい。宗教も、人々もいろいろあるだろうが、様々にあっていいのでしょう。あらためて平和が大事と、心の底から思う。よく戦後の人間だからと実体験がないからわからんやろと言われるが、例え実感がもてずとも、今の映像からも、年のいった人からの話でも、心で、頭でうけとめることができます。ゆるくなった頭脳ではピリッとしたものでないかもしれないけれど、もう感動と恐怖とないまぜた今の感想です。思うままに書きました。(71歳 女)
重い映画だった。何の為に生きている?と問われた気がする。(70歳 女)
中東の情勢がよくわからないので関係性がわかりにくかった。最後にアメリカ軍が来て味方のようだ。だが、所によりアメリカ軍は敵のようなので。女性の立 場がひど過ぎて言葉にならない。性が武器として(弱い)扱われることは聞いていたが、民族同士の対立というのが一番辛い。ISもその中からできている)映画の背景として、ロシアと闘う為にアメリカがタリバンを利用。その後にタリバンがアメリカと敵対するようになり、そういう中で民族・宗教問題がおこり、対立するようになっている。そういう背景を前提としてこの映画ができているので、それを観客が承知しているのかどうか。バハールだけを主人公にすると映画の理解が難しいのでは?現在の焦点である中東問題を扱っている点で評価するが理解するにはなかなか難しいように思う。戦場カメラマンとの関係でカメラマンが「無意味かもしれない」と思う所で、バハールが「伝えてくれるのがありがたい」と答える場面の相互関係はとても興味深かった。(70代 女)
あきらめないで闘う彼女たちに励まされました。私たちもあきらめないで闘おう。(69歳 男)
銃を持って殺し合うようなことはできればしたくないけれど、打ちのめされる、人間の尊厳を踏みにじられる状況の中から立ち上がる女たち! たたかう女たち! 爆発で死んだかと一瞬思ったが、女はしぶとく生きるのだ! 困難とたたかうバハールたち、戦争記者マチルドたち…。私たちも形態はちがってもたたかわなくては。(68歳 女)
恐い、悲しい、しかし女達の勇気が素晴らしい映画でした! 悲劇に目を背けない勇気を私も持ちたい。(66歳 女)
21世紀になっても戦争がなくならないという現実。あまりにもリアルな描写にびっくりしました。女と命と自由の時代。新しい時代がやってくる。そうだろうか? 早く平和な世界になってほしい。こわすぎる現実。(65歳 女)
自爆兵をセリフでは「カミカゼ」と言っていた。まねき猫のマークがついているマネキ・フィルムの制作。でも日本人はこんな映画は作ろうともしない。(64歳 男)
女、命、自由と、目をそむけたくなる場面が多かったですが、勇気をもらう作品でした。(63歳 女)
玉本さんのレクチャーも聴いていたので、西洋的に美化されている印象もあったが、もっと深い現実も感じさせられた。(61歳 男)
日本政府はジャーナリストに対して旅券発給の制限をしています。世界で起こっていることに対して目や耳をふさぐもので、自己中心的な姿勢です。日本社会に何をもたらすのか、世界にどのように受け止められるのかを考えながら観てました。(60歳 女)
迫力ありました。ありがとう。(59歳 女)
自分がもし女だったら、やはり同じように自由のためにああいうふうに戦いたいという気持ちになってしまいそうな話だった。同じようにいためつけられるのなら戦って傷めつけられたほうがいいと思わんばかりに。(58歳 男)
バハールの勇敢さ・強さ・美しさに感動しました。「世界中の指導者が女性ならこの世界から戦争は無くなる」という言葉を思いだしました。(57歳 女)
いきなり奪われる日常、女性の悲劇、強さ。宗教とは何か? 何を優先し人は生きるのか? 不条理、本当の現実、いろいろつまった作品。知ることができてよかった。(女)
講師の先生の「兵士は女には向かない仕事」という言葉、ずっと心にひっかかっています。もちろん言葉通りなのでしょう。だけど「女には向かない事」が多すぎるので、兵士だってやりたい人は、バハールのように目的のある人はやればいいと思います。まだまだ日本にだって「お金をもらう仕事は女はしてはダメだ」と思う人はいっぱいいます。土俵にだって立てないし、「狂言は女には向かない」「能は女にはむかない」「落語は女にはむかない」etc. etc.…。アニーよ再び銃をとれ! バハールよ銃をとれ! ナショジオの実話の方もみてみたいです。(女)
この映画が何処で上映されるか探していましたら今回上映されることを知り、楽しみに来ました。この映画の上映を企画してくださったことに大感謝です。ISの問題は決して終わっていません。もっと関心を寄せるべきだと思います。(78歳 男)

ヤズディ教徒の女性の生活はなんと苛酷なのでしょうか。「IS」により夫を殺され、息子を拉致され、彼女達自身も何時レイプされるかわからない毎日。朝目覚めても今日一日命があるかどうか保障のない日々。そんな情況の中で仲間と兵士になり「IS」と戦うなんて、哀れに思うと同時に、その勇気と行動力を心から立派だと思う。富める人も貧しい人も世界の全ての人々にこの人達の事を一つでも多く知って欲しいと思います。(78歳 女)
前半は暗く、眠気もありあまり理解できず、後半はわかりやすかった。それにしても皆どうして食べていけているのだろう? ほぼ不毛に近い地に見えるが。(75歳 男)
最後はハッピーエンドに終わって、それはそれで良かったのですが、一寸「作り物」的感じもしました。女性についての目を覆いたくなる位の不条理は事実だし、それを描く意義も大いに認めるべきなのですが。(72歳 男)
希望と夢をみるが、悲劇から目を背ける、真に、正に私。(71歳 女)
世界平和を祈る。(68歳 男)
この映画は二回目ですが、女性にとってはつらいシーンが多いです。直接的描写はないのでよいのですが、「IS」や仲間の男性兵士には腹が立ちます。でも女性も強く生きるようになって、希望が見える終わり方でよかったです。(67歳 女)
この映画で初めてヤズディ教徒の事を知り、クルド民族についても関心をもちました。ややこしい中東の話ですが、映画はとても判り易く作ってあったのですが、「バハール」が少しヒロインっぽく設定してあったのが少し疑問です。(66歳)
こうして知らされないと知らないことがたくさんあるということが一番ショックです。(64歳 女)
手足がちぎれていたり頭が吹きとばされるという残酷なシーンはなかったけれど、何の造作もなく男を殺し、女は性奴隷にする、ISが不気味でした。しかも彼等はあまり出てこない。対するバハール達、カメラマンのマチルダも含めて女達は、「女、命、自由」と叫んだように生き生きとしていた。戦争映画というよりも、武器を持つ狂信的集団という怪物を退治する映画のようだ。その怪物ISを生み出した土壌は何なのかを知りたくなった。(63歳 男)
胸がしめつけられる様なシーンも数多くありましたが、最後まで観ました。たくさんの命が奪われる戦争が、この地球上のどこかであることをきちんと心に刻みながら、マイノリティであるヤズディ女性の誇りを見た作品でした。(女)
戦う目的が確かだからとしても、人を殺す恐怖と、殺されると感じる不安、現実にそこで生きている人たちがいることに気づかされるすばらしい映像でした。旅行で時々いく街がうかび少し悲しくなりました。(男)
バハールに起こったすさまじい出来事。子供を救う、その一念で立ちあがってきた戦場。女性(弱い立場の者)を痛めつける戦争。知らなかったとは言わせない迫力ある作品だった。
画面が暗すぎてわかりにくい。とても疲れた。

全てを奪われた女性の強さは解るような気がしますが、娘を置いて戦場に身を置くジャーナリストの何故そこまでできるのかは、説明を聞いても解らない。あんな勇気がどうして持てるのでしょう。(56歳 女)