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2019年3月例会「馬を放つ」

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解説

キルギスの美しい大自然に囲まれた村の生活を
舞台に民族の伝統を守ろうとする男の物語

 『馬を放つ』はキルギスが舞台の作品で、監督はキルギス生まれのアクタン・アリム・クバト。過去の例会では、2000年4月例会『あの娘と自転車に乗って』(1998)、2012年5月例会『明りを灯す人』(2001)の二作を上映しています。
 監督は今までに国際映画祭などで数々の賞を受けていて、今回もベルリン国際映画祭パノラマ部門国際アートシネマ連盟賞などを受賞した作品です。
 今回もキルギスに押し寄せるグローバル化、イスラム教の進出、アイデンティティの揺らぎなど、キルギスの美しい自然に囲まれた小さな村の生活を舞台に「馬を放つ」行為を軸に民族の伝統を守ろうとする男の物語が展開されます。
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 聾唖の妻と声を出さない幼い息子と平凡な生活を送る「ケンタウロス」(ギリシア神話に登場する半人半獣の名前で、上半身が人間で下半身が馬)と村人から呼ばれる男が主人公。馬にまつわる古くからの神話・伝説にとらわれている。そんなことからお金持ちたちが競走馬として囲っている馬を盗んでは野に放っていたが、やがて、馬泥棒の存在が村で問題となり、犯人を捕まえる為に罠が仕掛けられる…。
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 日本でもそうですが、IT技術の進歩で一層のグローバル化が進むとともに、時間の流れが速まっています。生活も大きく変わってきています。スマートフォンもあっという間に広まりました。こうした変化は留まるところがありません。
 監督はインタビューで、この作品の誕生のきっかけとして、キルギスの祖先は遊牧民で馬は自由のシンボルとなっている。馬泥棒は実話で、それに民族が抱える悩みや、歴史、伝統などの要素をいれて映画にしたいと、思ったと語っています。さらにソ連が崩壊して独立(1991年8月)。自国のルーツがどれだけ大切なのかわからないと本当の意味での発展はない。経済面と文化面は平行していなければならない、とも。
 作品は、伝統、文化などが変化するなかで、日常生活を営む人々と、伝統を守って生きようとする素朴なケンタウロスをとおして描いていきます。村人たちの日常生活は、旧来のままのように見えますが、子どもがTVゲームをしていたり、防犯カメラも登場します。そこには新しい流れが入り込み共存しています。宗教的なものも同様で喋らない幼い息子を治療のために自然信仰の巫女さんのようなところに連れていきますが、イスラム教の勢力が大きくなっていてここでも共存しています。
 『明りを灯す人』などでも描かれていた産業の呼び込みのための土地買収などと同様に経済の発展によって、貧富の差が出てきていることが描かれてはいますが、今回は主人公であるケンタウロスと親戚である富者のカラバイなどと対比的に描いています。同じ馬を扱ってきた家系にもかかわらず、伝統を守ろうとしたケンタウロスは歳のいくまで独身だったことからカラバイから結婚の世話をしてもらっています。同じように馬泥棒として疑いを持たれるサディルは、村でも馬泥棒と知られているほど、馬を金儲けの道具として扱いますが、一方のケンタウロスは声を発することのない小さな息子にキルギスの騎馬戦士、馬に翼をあたえた馬の守護神カムバルアタの話をします。まるで、喋らない小さな息子に自分の思いを伝えるかのように語りかけます。家には映写技師だったこともあってか、さりげなくキルギスの著名な作家の原作を映画化したトロムーシュ・オケーエフ監督の『赤いりんご』(1976)のポスターが貼られています。
 キルギス共和国が独立するまでは、ソ連の支配下にあり、その影響もあって、キルギス語が国語で、ロシア語が公用語として使われています。ここでは、ケンタウロスが浮気をしていると隣家の女性から教えられるとき手話ができないので、筆記でのやりとりとなります。そこで、女性はキルギス語で書くと妻はロシア語で書いてくれるよう頼みます。何気ない場面ですが、このやりとりは、確かではありませんが、妻がロシア人であることを示していると思われます。同様にロシアとの関りでいえば、ケンタウロスがよくマクシム(キルギス伝統飲料で大麦を発酵させ、酸味があって少ししょっぱい飲み物)を飲みに寄る露店のシャラパットはアフガニスタン紛争で夫を亡くしています。ケンタウロスとシャラパットは旧知の間柄で、彼が映写技師をしていたときにたくさんの映画をみたと語り合うなかで、インド映画に登場した歌を歌います。でも、映画館であった建物は、いまはモスクとなっています。
 宗教は主としてイスラム教スンニ派ですが、作品ではその存在が大きくなっていることを描いています。お金持ちのカラバイの家にメッカ巡礼のために教徒の三人が寄付のお願いにやってきます。あまり乗り気でなかった彼は、たまたま競走馬が盗まれたところだったので、「お祈り」をお願いします。そうしたあと、馬が戻ってきたことから彼はお祈りの効き目があったと大喜びをします。そんなことから、ケンタウロスの処分を決める村会ではイスラム教徒となってメッカに行くように提案します。元映画館であったところで、礼拝に参加したケンタウロスは一人抜け出して、映写室にあったフィルムを上映します。これに怒った教徒たちからの抗議で村から追放されることになります。
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 ケンタウロスは、あまり心の内を表しません。なぜ「馬を放つ」のか問い詰められて、ようやくいままでの思いを吐き出すように答えます。いままで寡黙であったために効果的で強い印象を与えるものとなっています。でも、このような作りを単調であると感じることもあるかも知れません。加えて聾唖の若い妻がありながら、露天商売をしている未亡人のシャラパットとの仲が村人のうわさになるまでに関わってしまうなど、主人公への共感をそぐようなこともあります。でも、確かにこうした面はあるのですが、他の国の作品では味わうことのできないものを持っています。
 押し寄せる波に抗いながら生きる人、その波に乗っている人、波に飲み込まれた人など、それに加えて心の内を明かさずに表面だけを取り繕う人など。小さいエピソード的な話のつながりの中で、大切なものを失っていませんか、という問いが聞こえてくる作品です。
(研)

参考資料:作品のプレスシート

ひとくち感想

◎大変よかった ◯良かった ◇普通 ◆あまり良くなかった □その他

最後のシーンが印象的であった。親が撃たれてたおれる。子供がつり橋でたおれたと同時に出なかった声が連発する。本当にキルギス人の誇り、馬を愛する心、馬を商売にしたくない、本能みたいなものが感じられた。(78歳)
大変よかったです。(77歳 女)
何故、馬を盗むのか。我々社会の常識と主人公ケンタウロスの物事に対する考え方の相違を考えさせられる映画です。昨年の『サーミの血』のトナカイ民族とも繋がる面があった。(75歳 男)
なぜか、反捕鯨の人たちが太地イルカ網を破った事件を思った。(74歳 男)
人は富と権力を得る為にだんだん純粋な心と自然界から遠ざかっていく。(73歳 女)
「ケンタウロス」と呼ばれた男は死んでしまったのだろうか? その息子は、彼の「想い」を受け継いで馬と民族を大切にしたのか? そうあってほしい!!(71歳 女)
信念のために生きていくことに共感します。そのためには生きていかなければならない。殺されるようなことがあってはならない、と思いました。(71歳 男)
アジア人の気風の共通性をみたいけど日本人の方がコソクかな。今、悩みもあり、解決の糸口をみい出せず、映画にもとめ、多少みえたかな。正面突破か、じっくり考え、行動しかないのでしょうね。いくつになっても悩み……あるんですね。(71歳 女)
文明の発達が必ずしも人間に幸福をもたらさない。失うものの方が大きいのではないか。(原発然り) 馬をめぐって競走馬で金を儲けたり、このようにして格差が広がっていくのだとしみじみ思った。(70代)
商業ベースに乗らない映画を取り扱ってもらい感謝しています。(69歳 女)
時代遅れの無器用なケンタウロスの遊牧民族の血は、金もうけの道具にされた馬たち(かつて人間の翼だった馬たち)の姿を見るにしのびなかったのだろう。自由に野山を駆けろ、ケンタウロス!!(と心の中で応援する) 昔の映画が好きな純朴なおじさんは、時代の流れや新しい価値観にどこまで抗い続けられるのだろう。『明りを灯す人』もそうだったかなあ。(68歳 女)
キルギスでは元々、人々は馬々とふれあいの中で生活してきたはずなのに、いつからか、あんなふうに人によって馬が拘束されていくなんて、馬にムチを打つあの男は弱者に対して暴力的でゆるせない。ケンタウロスはなぜ家族とバラバラになって最後には撃ち殺されるのだろうか。本当に腹立たしい。(57歳 男)
よくぞ、こんな映画をみせて下さいました! ありがとうございました。(56歳 女)
キルギスの映画は初めてでした。キルギスのあの村の人の馬への思いに何か胸が熱くなりました。(55歳 女)
[希望]『お引越し』相米監督、田畑智子デビュー作。(55歳 男)
今回も楽しめました。終了後の解説が良いですね。会場もキレイです。(42歳 男)
宗教のおそろしさがよくわかった。理髪をしてくれた人のように「自分は自分。でも、それをあえて口に出しはしない」と世の中に折り合いをつけて生きている人が多いのかな? それが生きのびるための知恵なのかと思いました。(女)

文化のちがいか、よく解らなかった。(81歳 女)
文明の進歩に同調しない、昔のよき物を自分でよしとして守る人は時代についてゆけないと評する、進歩したことが正しいという姿勢で!!それがよいか悪いかはわからない。ラストに父の死と息子の発語が何かを暗示しているのかしら?(74歳 女)
純粋な魂の主人公が古き良き伝統を忘れない生き方が周囲の人達とずれていき自滅してしまうストーリーが悲しい。天山山脈等の風景と共に心に残る映画でした。(73歳 女)
監督でもあり主人公でもあるケンタウロスが訴えようとしているものは何なのかを考えさせられた映画である。吊り橋を通る人たちの動きを通して世代の違い、イスラム教の原理主義への批判、キルギスへの誇り(馬は人の翼)等であるラスト、撃たれて死ぬのは悲しい。(77歳 男)
すぐに感想が出てこない。地味な映画だけど好きです。(70歳 女)
富と権力の為に、心と翼を失ったという言葉が心に残りました。キルギスの映画をみたいと思ってきましたが、かないました。馬が、とても美しいですね。最後は想像以上でしたね。(70歳 女)
キルギスの映画は二度目。前回の『明りを灯す人』も、とても心に残っています。自然がいっぱいの時代から、ただただ近代化すすみ、人々の生活も変化してきているのに、変化についていけない男―もの悲しい最期でも、喋られなかった息子が「お父さん…」と発するのは、とてもつらく感じた。(70歳 女)
キルギスという国のことはあまり知りませんが、長老が裁判権を持っているのは、十分な話し合いで物事が決っていくのは良いと思う。(68歳 男)
時代の流れに抗う様に生きる人々と、それを受け入れる人々。民族の心を保つために馬を放つ主人公ケンタウロス。息子の発する言葉が親の想いを受けていくだろう。多くの余韻を残して良い終り方だった。(66歳 男)
何となく余り予備知識のないままの鑑賞で、名前とかがいまいちよくわからないで何とか話についていってました。とても距離感のある内容でもあり、一方、究極のところ何を大事にして毎日生きていくのかを問われた気もしました。(64歳 女)
聴覚障碍者を明るく生き生きと暮らす配役に位置させたことが、印象深い。手話はロシア語なのだろうか。キルギス語なのか、興味深い。(64歳 男)○ぼんやりとケンタウロスの気持ちが伝わってきます。遊牧民として、馬と一緒に生きてきたキルギスの人々は、「文明の進化」という抗いがたい大きな時代の波に流されていく。ケンタウロスは一人取り残されたように生きているが、彼が死んだ時に息子が声を発する、という終わり方をしました。細い糸のようにだが思いは伝わっていくのだろう。(63歳 男)
ケンタウロスと息子とカミさんがかわいそう。中央アジアの美しい景色が、何故か悲しかった。イスラム教にやや批判的なのが印象に残った。お世話になった阪神や園田のサラブレッドも、大草原に解放してやりたかったです。(63歳 男)
キルギスがムスリム一色に染まっていないことが分りました。でも主人公は、おそらくムスリムによって、映写技師の職を失ったのですね。(60歳 男)
大きなスクリーンで見ると、大自然の美しさがより印象に残った。美しい山や川、美しい馬、時代の流れについていける人といけない人、村社会の残酷さ、いろんなことを考えたが、キルギスに行ってみたいと思った。(女)
「放つ」、放たれたのはケンタウロスではないかと思った。村から追放され、放たれたケンタウロス。その彼が多くの馬を放ち、この世からも放たれる。そして、彼の存在が息子につながっていったと思う。(女)

風土に根ざした御話でした。(71歳 女)
馬は美しかった。村の閉鎖的空気は感じとれた。主人公は甘ったれに見えた。[希望]『1987―』(韓国)『トラ・トラ・トラ!』(日本)

主人公の心情が全く理解できませんでした。映画という文明の産物が好きなようで、元技師でもあった彼が馬を野生に戻そうとする? 遊牧民は野生の馬を飼いならすことで生きてきた人達ではないのか。妻や子供に対してどう思っているのか? 矛盾だらけの映画と思います。でも馬の映像はすばらしかったです。(主役をもっとちがう俳優がやれば違う印象になったかも)(67歳 女)

彼、ケンタウロスはいったい何者であったのか、何の象徴であったのか。そして彼が繰り返し解き放とうとする馬たちとは何であり、何から解放させようとしているのか。カルバイに「何故、馬を放つのか」と問われた彼が、古いキルギスの民の「ひとつの拳のように」結びついていた昔を熱く語り出し、涙を流す様子を見ていると、民族としてのアイデンティティや伝統が失われていこうとしている今のキルギスの姿を憂いているようにも思うが、しかし、そのケンタウロスは、伝統的な馬飼いとかではなく、ある種、近代文明の使途でもある映写技師であるということ。正直、この物語の言おうとしていることをきちんと掴むことは結局できなかった…。ただ、何か、とても深い、切々とした哀しみのようなものは感じました。(67歳 男)

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