2018年12月例会『シーモアさんと、大人のための人生入門』

解説

少し立ち止まって、シーモアさんの音楽と言葉をきいてみよう

 スランプなのだろうか、最近、ちょっと心がしんどい。仕事にやりがいを持てない。生活にむなしさ感じる時がある。毎日、楽しくない時間が過ぎてゆく。
 かのハリウッドスター、イーサン・ホークは、人生の折り返し地点という年齢に差し掛かり、俳優として行き詰まり、考え込む時期があったそうです。自分は、なぜ俳優をしているのか? 俳優という仕事とは? 成功がもたらした名声や地位と本当の自分の間にあるものは?
 自問自答が続いたころ、あるパーティーでピアノ教師シーモア・バーンスタインに出会い、彼が醸し出す安心感にごく自然に心を開き、悩みを打ち明けることができたそうです。その瞬間はイーサン本人も信じられない体験でした。
彼はシーモア・バーンスタインという人間を自分自身がもっと知りたい、多くの人に知ってもらいたい。そして現役を引退し観客の前でピアノを弾くことがなくなった彼の演奏を聴いてもらいたいと願い、コンサートを企画し、映画を製作したのです。
 この映画は、イーサン・ホークが監督を務め、シーモア・バーンスタイン(以後、シーモアさん)にカメラをむけて音楽と共に生きた彼の人生を紐解き、散りばめられたピアノの音と共に、彼が語るひとつひとつの言葉と表情を映像に収めます。

 冒頭、真剣な表情でピアノを弾くシーモアさんが映し出された後、キッチンでシンプルな朝食を用意する様子で彼の日常の一端が垣間見えてきます。その彼の自宅に、何人もの生徒がやってきてレッスンを受けます。風変りなドキュメンタリー映画の始まりです。
 89歳のシーモアさんは、優しいおじいさんという感じ。ゆったりとした動きと話し方、誰もが心を許してしまいそうです。
 ピアノ教師としての彼の指摘は的確で、生徒の内なる才能や感情を引き出します。優しさと厳しさが共有する時間は、ピアノを介して教師であるシーモアさんと生徒との魂のやり取りの瞬間をつないでいきます。
 カメラは時にひとりのシーモアさんを見つめ、独白を引き出します。ある時は、かつての教え子との会話の中に栄光のピアニスト時代を振り返ります。

 家族は誰も楽器を演奏せず、レコードさえない家庭に育った彼は6歳で中古のピアノを買ってもらった日から、音楽を深く愛するようになりました。
 初めて、シューベルトの「セレナーデ」と出会った日のエピソードや、若きの日のピアニスト時代の彼の姿、そして何より音楽の練習によって人格を作っていった自分を思い起こし、音楽と人生を語るのです。その様子は、彼のレッスンと同じように、偉ぶっていることもなく終始ゆっくりで緩やかな語り口です。
 現役のピアニストであった当時のマスコミや社交界の話は、古き良き時代のニューヨークの街の様子を感じ、華やかな存在であったシーモアさんの若き日々を想像させて興味深いものです。
 タイプの異なる話し相手との会話は、音楽を軸に時にはスピリチュアルな方向にも行くのですが、シーモアさんの言葉はまったくぶれることはなく、ストレートで清々しささえ感じます。彼のこれまでの人生は音楽とともに歩んだことで深く尊いものになっていったのかを知ることになります。
 音楽のことを語るとき、時には厳しい口調になって、「技巧なくして本当の芸術は生まれない」と断言し、高みを目指すために自らに課した努力の日々を思い出します。
 偉大な作曲家についても分析する鋭い目を持っています。楽曲『月光』とベートーヴェンその人への深い洞察と理解、シューマンの音楽から物語を想像し「幸せ」をピアノ演奏に表現します。
 又、高名なピアニストについても触れます。師と仰いだ英国のピアニスト、クリフォード・カーゾンとのエピソードや、「優れた芸術家は時としてモンスターだ」と、グレン・グールドの性格やその音楽の特異性を語ります。

 シーモアさんはどんな時でも音楽を手放すことはありませんでした。兵士として朝鮮に行った時、従軍ミュージシャンとして前線まで赴き、クラッシック音楽など聞いたことがない兵士の前で演奏した体験をしました。
 彼はいつも日記をつけていたのですが、当時のものを、読み返すことはありませんでした。  
 しかし、ある日曜日、20年封印していた日記を読み返した時、一瞬で記憶が蘇ったと涙をながします。多くを語らずともシーモアさんの涙は、本当に戦争の惨状を見てきた人の涙です。

 シーモアさんの言葉は安易に幸せを求める時代の空気にも警告を鳴らし、宗教や教育についても率直に意見を言います。
 「苦しみが才能を開花させる、音楽と人生には共にハーモニーもあるし、不調和音もある。解決する喜びを知ることができるのは、不調和音があるからだ。人生に幸せをもたらすゆるぎない何かを、人々は求めている。救いが我々の中にあることを、多くの人々は知らない。」

 「ピアノは人と似ている。製造方法は同じでも、同じものはない。人の手がはいっているから。」ピアノメーカーの工房で楽しそうな表情でピアノを選ぶシーモアさん。
 映画は最後にスタインウェイ・ホールでのコンサートにいざなう間に様々な寄り道をしました。それは、シーモアさんの言葉を引き出すための時間でした。
 原題は『An Introduction for Seymour(シーモアを紹介)』
 音楽への愛を通して持ち得た彼の人生を語るシンプルで正直な言葉の数々は「大人のための人生入門」となったでしょうか?
 「それは、ちょっと大げさだな」とシーモアさんにいわれそうな気もします。
(宮)

ひとくち感想

◎大変よかった  ◯良かった  ◇普通  ◆あまり良くなかった  ☐その他

良かった。大いに感動する。コンサートへ行った気分。(79歳 女)
きわめた演奏家は作曲家の意図を具体的にあらわし、表現できる。名匠のように。そして、人々を幸せにする。なんとか少しでもあやかりたい。(77歳 男)
今日のような芸術的な作品、特に音楽性の物、映像の美しい作品等。(77歳 女)
日頃、音楽との関りは、おたまじゃくしとの争いのように思っていたが、彼の言葉は、いかにその音を表現するか、作曲者の思いを音に転化するかにかかっていた。最高の映画だ。(75男)
シーモアさん、三回目をみました。大好きです。(75女)
作曲も演奏もしたことのないわが人生であるが、音楽が何かにつけていろんなシーンで顔を出す。その道の達人のことばはよく響いていた。(74男)
本日の映画を観て長い間、弾いてなかったピアノを今一度弾きたく思った。(73歳 女)
人生の達人だと感動しました。以前、ピアノのコンサートでも、涙が止まらなかった経験があるのですが、シーモアさんのピアノに自然に涙が流れたのです。(72歳 女)
楽器は全然ひけない私ですが、静かな中に人生に思いをはせることができました。彼の人生も感じる事ができ、人間のステキさを感じました。(70歳 女)
とてもすばらしいドキュメンタリーフィルムでした。当方、素人ながら、音楽をきわめることはとてもむつかしいこと。その一面をこの作品でみせてもらいました。イーサン・ホークがプロデュースしたのもよかった。同じ〝芸術家〟の一人として。(70歳 男)
『シーモアさんと、大人のための人生入門』なんて優しいタイトルでしょう。クラシック音楽がわからなくても、シーモアさんの音楽への向かい方がまさに人生への向かい方という感じがして、集中して見ました。演奏家として表舞台を降りて、より深く音楽に向かう姿勢は「引退」ではないのですね。自分の音楽に真剣に耳を傾けるとき、他人の言葉にも真剣に耳を傾けることができると言っていたのが心に残り、自分を反省した。(67歳 女)
音楽が心にしみて、とてもよい映画でした。シーモアさんの人生哲学がすばらしい。(67歳 女)
シーモアさんのピアノを聴いていて、いやされた。ピアノを習ったことがないから、むずかしさはわからないが、音楽と人生、とても意味深くて、心がしっとりとした。ピアノが弾けたらすごいなぁと、なんでも奥が深いなぁと。(64歳 女)
とても心にしみ入りました。(64歳 女)
自分の考えの芯のある人は美しいな、と感じました。本気というか、誠意を持って自分と向き合うということなのか…とこの年になって思います。(64歳 女)
音と感情との関係が、様々に語られて、譜面に向き合う自分に、示唆が多かったです。(60歳 男)
感動しました。ピアノの奥深さに、引き込まれました。(59歳 男)
2018年の締めくくりに、とても良い映画を見れたことが嬉しかったです。劇中のピアノも素晴らしくて、心地良かったですし、改めて音楽の世界の奥深さを感じられた気がします。「その人の人格を形成する源は才能です」というような言葉がありましたが、私自身も何か自分の中で才能を見つけて、その力で社会に貢献していければ幸せだな、と思います。(女)
心豊かになる作品でした。
すばらしかった。この映画に出合えてよかった。全ての音楽、特にクラシック音楽について深く、感じ、音楽の大切さを考えさせられた。
人生は夢舞台。役者は揃った。演じたい。その日まで。(男)
こんな人がいるんだなぁと。音楽の聴き方が変わりそうです。
彼が禅などのことにくわしいのに驚きました。(女)
すごい映画でしたね。みんな呼んできて見せたかった。


美しいピアノ曲で良かったです。シーモアさんのおしゃべりが少し多い様にも思いましたが、会場の室内温度が高く暑かったです。希望の映画ですが『沈黙』を観たいと思っています。(77歳 女)
いよいよおしせまった感、来年これるかな!? 音楽もみるものかな、指、足、演奏者の表情と、きれいなものですね。新開地にくるのが遠いなぁ。月一回のたのしみだしね。(71歳 女)
ピアノの前にいても「人間は考える葦である」と感じた! いろんな所にそれぞれの人生そのものが有り、お互いの力になる。(71歳 女)
年末にゆったり、ピアノ曲につつまれた映画でした。でも、一言一言に味のある言葉…。例えば、〝不協和音があるから、調和があるのだ〟等、じっくり味わいました。(70歳 女)
久し振りに二回目の上映を見ました。人生に金、名声は必要ない、とはいうものの、年を取らないとなかなか言えないと思いました。音楽に癒されて、よかったです。(66歳 女)
シーモアさんのピアノが大変良かった。(66歳 男)
シーモアさんの言葉を納得して指導を受ける生徒たち。終盤、ゴスペル、ソウルシンガー、楽器演奏の黒人たち、みんな音楽を心から楽しんでいる様に思える。(65歳 男)
芸術家がめざす音楽と一般大衆が望む音楽はちがう、という言葉に納得がいきません。お互いに影響を与えあい高めあう関係だと思う。シーモアさんが50歳で一般的なコンサートから引退したことは、それだろうか。音の変化はわからないが、シーモアさんのアドバイスを聞いてピアニストたちが少しずつ弾き方を変え、何か、とても満足そうな表情になるのは面白かった。(62歳 男)
ねむたくなるほど気持ちがよくなる音楽だった。その反面、コメントが十分聞けなかったことが悔やまれる。(57歳 男)
内容、言っている事は、二度位見ないと理解しにくい。

後半はよかったけど、前半はたいくつでした。できれば、この手のドキュメンタリー作品は映サで上映してほしくはありません。(55歳 男)

つらかった。大きな画面でみる必要性があると思えない。
言葉言葉言葉言葉! 多分、本来は「感性」とか「心性」とか言うものを伝えようとする話かと思うのですが、こんなにも言葉を、それも自信たっぷりの、自慢話のようにさえ聞こえる言葉を溢れ返らせる必要があるのでしょうか。ストレートに演奏を聞かせてくれないこの映画からは、「音楽」のことも、ましてや「人生」のことなど、少なくとも私には届いてくるようなことはありませんでした。それにしてもイーサン・ホーク君、人前で話す時にはポケットから手を出した方が良いと思うよ。(67歳 男)