2018年10月例会『ロープ/戦場の生命線』

 

解説

停戦直後のバルカン半島。そこで、なにが起こったのか

 1995年、停戦直後のバルカン半島で何が起こったのか?衝撃と感動のヒューマン・ドラマ『ロープ/戦場の生命線』を10月例会で上映することになりました。
紛争地帯で人々を救うため奔走する国際援助活動家たちの闘いを『トラフィック』のベニチオ・デル・トロ、『ショーシャンクの空に』のティム・ロビンス、『オブリビオン』のオルガ・キュリレンコ、『ゼロの未来』のメラニー・ティエリーら実力派キャスト共演で描いたスペイン製のドラマです。監督はフェルナンド・レオン・デ・アラノア。『カット』でスペインのアカデミー賞であるゴヤ賞の最優秀監督賞を受賞した監督です。

国際援助活動家
 このドラマで活躍する国際援助活動家とは、世界各地で続く内戦や紛争、そして巨大な自然災害などで困難に陥り命の危険にさらされながら援助を求めている多くの人々のため、自らの危険を顧みず援助活動を続ける人たちのことです。政府や国連など、動きの鈍い巨大組織が手をこまねく中、いち早く現地に向かい、日夜武器を持たずに行動する知られざる真の英雄たちのことです。
 映画はバルカン某国を舞台に、援助活動家たちの愛と勇気に満ちた、1日だけの奮闘を描いています。この映画は2015年のカンヌ国際映画祭「監督週間」部門での公式上映では、上映後10分間に及ぶスタンディング・オベーションが起こり、絶賛で迎えられ、各国で大ヒットした傑作です。

オープニング
 映画はオープニングシーンが重要だと思います。これからの話に引き込まれるかそうでないかが決まる大事な要素です。
 真っ黒な画面の中で白く丸い光が浮かび次第に大きくなる。なにが起こるのかドキドキします。すると次第に人影が浮かび上がりそれが井戸の中の死体だとわかる。水中から撮影したと思われるこの強烈なインパクトを持ったオープニングで、これからの物語に興味を持たせます。
 井戸の中の死体は巨漢で、車にロープをつないで引き上げようとするが重くて、途中で使い古しのロープが切れてしまいます。死体の腐敗が進むと井戸水の浄化が困難になるため、一刻も早い引き上げが必要ですが、村には代わりのロープはありません。
 マンブルゥ(ベニチオ・デル・トロ)は、彼と同じくベテランの職員のビー、紛争地帯に派遣されるのは初めての新人の女性職員ソフィー、現地人通訳ダミールの四人で活動しています。なんとか解決策を見いだそうとしますが、様々な困難やトラブルが重なりあい、国連軍への援助要請も受け入れられず、解決の糸口は見えません。四人は新しいロープを捜すため危険な道を歩まねばなりません。

バルカン半島の空の下
 映画の舞台である山間部は、すべての当事者が存在する紛争の縮図のような場所です。軍人、市民、国連軍、ジャーナリスト・・・。そこに、井戸から死体を引き揚げようとしている小さな援助活動家のグループがいる。後でわかるのですが、水を汚染する目的で、死体が井戸に投げ込まれたのです。これは細菌を使った単純且つ効果的な攻撃のひとつだったのです。
 問題は一見、簡単に解決しそうに思えます。しかし、紛争地帯においては、常識が通用しなくなります。だから彼らの車は迷路のような細い山道を行ったり来たりしながら、そもそも存在しないかもしれない解決法を捜しています。果てしなく続くバルカン半島の空の下には、迷路のように入り組んだ木々が照り輝いています。その迷路はあまりに広大で、閉塞感がいっそう際立っています。

外部から見えない戦争の本質
 この映画は外部の力ではどうにもならない戦争の本質を鋭く突いています。ボスニア内戦という激しい内戦。それが突然外部(NATO)の介入によって停戦になるのです。
「昨日まで敵だった人ともう戦ってはいけない。今日以降彼らを殺せば罪に問われるぞ」。こんなことを言われるのです。ボスニア内戦にもたらされた悲劇に、いきなり停戦だといわれても、現地で実際に戦争に直面してきた人の心理として素直には従えないでしょう。「停戦」で戦争は形式上終わったとしても、人々の心の中で戦争は続きます。そんな「内部」の者たちの心までも「外部」からの「よそ者」は介入することは出来ないのです。「外部」から介入した者たちが自分たちの価値観と心情、正義感で行動することは必ずしも「内部」のものたちに好意的に受け取られるわけではないのです。
 「ロープ」とは人を救うために「外部」から投げ込まれるものです。しかし、その助けの「ロープ」が本当に求められているかどうかという実情は結局のところ「外部」からは見えないのです。
 停戦後の戦場ドラマを描いたにも関わらず、凄惨で、悲惨な映像を登場させていません。このことは私たちが見落としがちな戦争の本質を浮き彫りにしていると思われます。

ユーモア交じりの人間ドラマ
 この映画は紛争地帯の山岳地帯の実情を、どうしようもない閉塞感をもって映し出すのではなく、一人ひとりの人間に焦点を当てたドラマにしています。国に家族や恋人を待たせていても、給料が少なくても、どれだけ悲惨な状況や人間の汚い部分を目にし、命の危険にあっていても、現地で困っている人を助けに行く。こんな人たちがいることに感動を覚えます。
 女性に対する態度はどうかと思うマンブルゥだけど、新人のフランス娘に対する思いやりだとか、出会った現地の少年への気遣いが人間らしく、仕事に対しては最低限の努力はする。むだに協定に楯突かず諦める場面では潔い。窮地に立った時の冷静な判断力(国連に死体を引き上げるのを辞めるように指示されたときそれに従うこと)や、少年に対する優しい心遣いなど興味深い人物です。
 フランス娘のソフィーの成長も必見です。最初は牛の死体と地雷、ベテランおっさんの無謀運転にキレまくり、井戸に到着したら初めて人の死体を見てびっくりしてしまう。叫び声をあげ、意気消沈する間もなく、戦場、という場所をいやでも実感し、先輩たちと過ごす中、ここでやっていこうという覚悟が見えます。たった1日でここまで成長するのかと感心します。他にも一緒に活動するビーや通訳のダミールなども人間味にあふれた活躍をします。
また、生きるか死ぬかの緊迫した状況にあってジョークやユーモアが次々に飛び出します。マンブルゥがジョークを言って通訳に訳を頼み現地の通訳人が戸惑うシーン。どの道を通ればいいか迷っているときにひょいと現れる牛飼いのおばちゃんなど。この戦場下にあって、ユーモアとジョークが非常に重要に感じます。
 ラストシーンで思いがけないことで問題が解決します。「停戦」では戦争は止められないと思いますが、いつか戦争は終わります。時間をかけてゆっくりと人々の心の中にある戦争に終わりがもたらされます。
 映画のように無欲で献身的な活動家たちがいることがきっと観客の心に染み込んでいくことでしょう。
(飯川)

ひとくち感想

◎大変よかった  ◯良かった  ◇普通  ◆あまり良くなかった  ☐その他

いつも映画サークルで東欧の映画を見せて頂き、本を読む以上に感動し考えさせられてきました。(79歳 女)
国際援助活動の人達大変ですね! 鈍感力がないとやっていけない。一途の人間には出来ない。最後偶然の雨がすべてを解決してくれる。あれぐらいのジョークがないとやって行けないでしょうね。(77歳 女)
こんなにすばらしい映画をみれてよかった。一本のロープにまつわって、これだけの作品に仕上げることができるのか。驚きでいっぱいだ。ピート・シガーの「花はどこへ行った」がぴったり。(77歳 男)
結果を見る分には楽しいが、そこでの人間の営みは何とも言えない、言葉が出ない。白黒のつけられない世界。後味は何か重くすっきりしない。(74歳 男)
未だに世界では戦争が絶えない。いつになったら分るんだろう、人間は。(74歳 男)
戦いが日常の中でも、人々が「あるがままに」ゆだねて生きている様に思える。それが、なんとも哀しい!(71歳)
バルカン紛争や国際援助活動の、より生々しい事情が判り、私には貴重な映画でした。最後の「花はどこへ行った」の曲と、結末がよかった。辺野古もこういう具合にハッピーに解決してくれればと一瞬思ってしまいました。(71歳 男)
なかなか骨太の作品でおもしろかったです。「花はどこへ行った」も思いがけず聞けて、深い思いがしました。最後雨で解決したのは痛快でした。今もどこかで戦争がおこっているのは本当になさけないと思います。(70歳 女)
先月も今日もとても良かった。やっぱりサークルで選んだものは。(69歳 女)
国境なき水と衛生監視団というのがほんとうにあるのかどうか知らないけど、紛争(戦争)のわけのわからなさ、ばかばかしさ、むだ死に(?)もあるなかで生きていくしかない人々、まさに混沌の中でタフでなければならない監視団と地元の人々、バルカンユーモアも各所にあって、紛争を描きながらおもしろい映画でした。(67歳 女)
こういう作品に対して、センスが良いとか、ウィットに富んでいるとか言っていいものか、とも思うが、うん、やっぱり、センスが良いし、ウィットに富んだ良作ですね。全く救いのない、和平協定など名ばかりの荒んだ世の中で、それを日常として生きていくしかない人々の、したたかと言っていいのだろうか、勁さ、というようなものを感じました。最後のオチとなるところ、あのくらいの雨であの深い井戸が溢れかえるのは、あり得ないでしょ、やり過ぎでしょ、なーんて言うのはまあ、野暮、ですよね。(66歳 男)
この地域の停戦がにくみ合った人々の間にどんな気持ちを与えたのだろうか? 一本のロープを通して人々が戦争の中で感じたそれぞれの思いがうまく描かれていた。印象に残る一本。(65歳 男)
現代の戦争の現実が良く分かった。イスが揺れて気になる。これでシニア1300円は高すぎる。(68歳 女)
戦争の中での様子。地雷を踏むかどうか、死との背中合わせの中での人々のくらし。日本からみると考えられない現実が、今もどこかであるということがショック。もっともっと悲惨だろうが、なんかすくわれるような映画だった。(64歳 女)
こういう映画もありなんだ…。ここでなきゃ見れない映画でした。(63歳 女)
1995年のバルカン半島、灌木の点在する乾いた土の起伏を縫って走る車には、紛争後の住民の飲み水やトイレの確保のため派遣された国際的なボランテイア達。井戸水の汚染が進まぬよう投げ込まれた遺体を引き揚げる途中、古いロープは切れる。
 店主は「外国人が争いを連れて来る」とロープを売らず、監視所の男も旗のロープを貸さず、国連軍の基地でも〝任務外〟と協力しない。祖父に預けられた少年の実家の「ロープ」は犬を繋いだ紐だったが、爆弾で天井に大穴の空いた家の奥には避難先から様子を見に帰り殺された両親を吊るすロープが。
 それを利用し再度井戸の遺体を引き揚げかけたが「管轄が住民に移った」と国連軍にぶっつり切られる。(飲み水はどうなるのか。住民が頼めば店主もロープを売るのか。)大雨で遺体が井戸の縁まで浮かび予期せぬハッピーエンド。
 ボランティア活動の草創期。住民との信頼関係のない土地で、インターネットやスマホの旬の情報も持たず、公の機関との連携も無く、必要な装備(新品のロープ、地雷探知機等)も無い活動は、困難で危険で非効率的。
 地雷を避け勘で牛の死骸を乗り越えた男性の運転に喚き、国連軍に(バレても許されると思い)「井戸に地雷もある」と嘘をついて応援要請し、取り除けぬ井戸の遺体に「クソデブ」と吐き捨てる新人女性。活動が費用に見合うか調査に来て、元恋人の男性と微妙な雰囲気を醸す女性も。井戸に下り腐臭に耐えて遺体をロープで縛るのは中年と初老の男性二人。男性がユーモアと温かさを持ってエネルギッシュに仕事に取り組む一方、女性は精神的肉体的にいたわられるマスコット的存在だ。適材適所があると思う。
 派遣された人は、飲食物は最低限確保されており(夜嗜むお酒も)、危害を加えられれば問題になるし、帰る母国もある。現地の人を助けるというヒロイズムや彼等を下に見る感覚の人もいるが、命の危険や人目に立つ場所でのやむを得ぬ排泄など大変な中頑張っていた。
 ボランティア活動の進化も大事だが、人種、民族、宗教などの(人を害さぬ限りの)違いへの寛容と、皆が人間らしい生活を送るべきという平等感を持って紛争を未然に防げたら、ボランティアの苦労も減るだろう。(63歳 女)
絶望的状況の中でも折れることのない心に感動しました。イヤミな女がビー(ティム・ロビンス)に「待っている人がいるの?」という厳しい言葉をかけるが、彼の働き、心根を知らないのか、と反発をおぼえます。私から見れば、彼はとても優しい男としか思えません。下ネタのジョーク連発も人間性に下品さを感じさせません。彼のようにNGOで働く人間は「死んで悲しむ人はいないが、生きていれば喜んでくれる人はたくさんいる」と思っているのではないか。ある特定の人と上手にはつきあえないかもしれないが、「待っている人」はいる。(62歳 男)
ブラックユーモアの映画だと聞いていたのでもっと笑うところが多いのかと思ったが、現地の当時の現状のいろいろな面を人間を通して描いていてとてもよかった。(60歳 女)
様々な出来事が、映画終盤にシュールにまとまって、見応えのある作品でした。(60歳 男)
国がバラバラになるということは、ものの見方や考え方までバラバラになるんだな、とつくづく思った。国連のあの死体を井戸から持ち上げるのを邪魔する態度はすごく腹立たしかった。(57歳 男)
大きな組織―組織ではなく人―、どんな人であるのか、関わりを持ってはじめて何かわかる。(57歳 女)
最初からラストまで息つく間なく見せる(魅せる)作品でした! 昨年観たので二回目!「水」「トイレ」という生活の、生きるためのギリギリの状況。ニコラ少年の家、地元の通訳者、「世界で必要としてくれている人々が家族」というNGO、一方で政府系機関の融通の無さ。デルトロさん(ゲバラを想い出します)、そしてラストの “Where have all the flowers gone?” 1960年代生まれの私には、この曲は実は、小学校就学前に初めて耳にした英語の曲です。余談ですが…。(56歳 女)
ロードムービーのようで、おもしろい映画でした。できれば、上映前のあいさつの事ですが、「神戸映画サークルの運営をしている、何々です」と名のってほしいのです。それによって、僕は安心するのです。あいさつされている方の素性を知っておきたいのです。(55歳 男)
『トラフィック』で受賞されたベニチオ・デル・トロさんのファンで、今回の『ロープ』を見に来ました。ユーモアがあるのは大切としみじみ思いました。(48歳 女)
最後まで楽しめました。会場内もキレイですね。ポスターが、イカしてました。バルカン半島の地図が良いですね。また、情報誌に記載してください。(42歳 男)
完璧な一日を描いた、完璧な映画。以前、『ビフォア・ザ・レイン』を見たとき、西欧社会では、雨は、汚れを消す意味、再生の意味があることを知った。思い出し、つながった。(女)
紛争地の現実が少しわかった気がします。それでも前を向いて生きていく。「今だけを見る」―映画で言っていたセリフが心に残ります。
ロープがいろんな使い方をされる。国旗をあげるロープ、犬をつなぐロープ、人を吊るすロープ、そして物をくくり、ひきあげるロープ。題名どおりロープが印象に残る。最後に流れる「花はどこへ行った」、ベトナム戦争の時によく流れていたと記憶しているが、その内容が現在でもそのまま通じるというのが聞いていてやりきれない。(女)
最近言われてた「お役所仕事」頭カッチカチに腹が立ちました。ソフィーもカティヤもいい職員になってくれればいいなと思いました。(女)

紛争地域での国際援助の在り方の難しさが伝わってきました。戦争のない世界を切に願うばかりです。(70歳 女)
戦争が終わったと言えるのは、どんな状態になった時を言うのか…?と映画を観ていて思った。そこに関わる人たちの不屈の思いがすごい。(女)
以前に十三で観て、面白かったので又観に来ました。ソフィを見ていると平和ボケした私がボランティアに行ったらと―想像して笑ってしまいます。又、ベテランのオルガ・キュリレンコ演じる女性にも理屈をのべたてるのが現場を離れるとこうだろうなと―。男性二人がユーモアを言い続けるのがタフで良いなと思います。宗教と人種が違うだけでなぜ紛争になるのでしょうか。以前、東日本のとき、友人が日赤に募金するなと言ったのを思い出します。UNも日赤も何もわかっていない。いつになったら我々はわかりあえるのでしょうか。Perfect Day! Perfect World! ですね。(女)

わざわざ見たい映画ではなかった。