2018年7月例会『人生タクシー』

解説

反骨精神と映画愛が注ぎ込まれ、言葉にできないほどのユーモアが魅力

 イランは素晴らしい映画監督を多く輩出している。中でもアッバス・キアロスタミ(『友だちのうちはどこ?』『そして人生はつづく』)、モフセン・マフマルバフ(『パンと植木鉢』『カンダハール』)、アミールフセイン・アシュガリ監督(『ボーダレス ボクの船の国境線』)などが思い浮かぶ。イラン国内に留まり最近活躍している映画監督ではアスガー・ファルハディがおり、『セールスマン』で2017年のアカデミー賞外国語映画賞を受賞した。他にも『彼女が消えた浜辺』『別離』『ある過去の行方』などの作品がある。私自身はこの中では『別離』が一番好きで、夫婦の心のすれ違う様子を映像で表現するその巧みさには脱帽である。いかにイラン映画が高い水準を保っているか、納得できる作品だ。イランにとどまって作品を発表しているのは、本作『人生タクシー』の監督ジャファル・パナヒもその一人である。市民映画劇場は何度も彼の作品を例会で取り上げてきており、『白い風船』『チャドルと生きる』『オフサイド・ガールズ』に続き『人生タクシー』で実に4本目である。

 ジャファル・パナヒ監督は、2009年の大統領選挙で改革派のミール・ホセイン・ムーサヴィー候補を支持するなど、保守派のマフムード・アフマディーネジャード政権と対立し、2010年3月1日に自宅で拘束された。その後、20年間の映画製作禁止の命令を受けたが、『これは映画ではない』に続き本作『人生タクシー』を作り上げた。『これは映画ではない』は自宅で過ごす自身の姿をスマートフォンで撮影し、「これは映画じゃないよ」と言わんばかりの彼の反骨精神とユーモアをそのまま映画に閉じ込めたような作品である。そして、2015年には『人生タクシー』がベルリン国際映画祭最高賞の金熊賞を受賞。この時の審査委員長のダーレン・アロノフスキー監督は「この映画は映画に送るラブレターだ」と語り、大絶賛した。

 今回はパナヒ監督本人がタクシー運転手としてタクシーで実際にテヘランの街を流し、乗り合わせた乗客を車載カメラで撮影するという手法だ。カメラはダッシュボード上の回転式の台に設置されていて、監督が自ら向きを変え、車の前方の道路を映したり、後部座席の乗り合いの客をとらえたり、〝自撮り〟したり。乗客が「あなたパナヒ監督ですね!」と気づく、まるでドキュメンタリーのようなやり取りもあるが、さまざまなハプニングが続発し、そして姪っ子とのエピソードなどから「これはドキュメンタリーのように見せかけたドラマ」なのだと分かる。乗客たちの会話は作為を感じさせず、ひょっとしたら俳優ではない一般人もまじっているのではと思わせる手法は、ドキュメンタリーなのかドラマなのか曖昧模糊としているところに彼のユーモアを感じさせる。それこそがこの作品のジャンルに収まらない魅力にあふれている素晴らしいところなのだと思う。

 後半に現れるパナヒ監督の姪っ子、昔なじみだという裕福であろう実業家風の男性、そしてパナヒ監督と同じく反体制的な行動がもとで停職中の友人の女性弁護士。この登場人物たちが語ることはたわいないおしゃべりや近況報告でありながら、しっかりと体制批判になっているところに監督の個性がにじむ。肩肘張って声を荒げて主張するのではなく、素朴で、純粋な疑問や傷つけられた人間の想い、明るく朗らかに歌うような会話で表現される。

 路上強盗を名乗る男性や教師だという女性、交通事故にあって負傷した夫婦、何故か金魚鉢を持って急ぐ老婦人たち、パナヒ監督の顔を知る映画監督志望の学生や違法DVDの売人などが乗り合わせて私達の知らない未だ情報統制下にあるテヘランの顔を人々の日常の片鱗を教えてくれる。彼等との会話から浮かび上がってくるのは、イラン社会の姿である。死刑制度や外国映画の禁止、格差といった問題がユーモアを交えて描かれている。

 作品中にとても興味深いエピソードがある。監督が急ブレーキをかけたことで金魚鉢の老婦人は金魚鉢を落として割ってしまうが、監督がビニール袋に水を入れて金魚をそこに戻したらそれでおしまいなのだ。金魚鉢の水で濡れた床やガラスの破片もそのままであとから乗る人々も誰も気にしない。せいぜいちょっと文句を言う程度だ。もし同じことが日本でも起こっていたら、金魚鉢の弁償や濡れた洋服のクリーニング代などさまざまな弁済がタクシー運転手に生じるだろう。おおらかで微笑ましいシーンだ。

 日常の人々の営みを通じて表現されるイランの現実、人と人との関わり、体制批判、そして映画愛。すべて内包したこのユーモラスかつシリアスな作品に喝采せずにはいられない。どんな制約も命令も、パナヒ監督が映画を創ることは止められないようだ。次はどんな方法でまたやってくれるのか、期待は膨らむばかりだ。
 彼の反骨心と映画愛が注ぎ込まれ、映画ファン、クリエイター、そして逆境に立ち向かうすべての人に捧げられた作品。映画ファンも素のイランを知りたい人も、いやそんな人こそ、この作品を見てほしい。
(陽)

ひとくち感想

◎大変よかった  ◯良かった  ◇普通  ◆あまり良くなかった  □その他

これはいい映画だ。どんな形にしろ映画をつくろうとする監督の意気込みを感じさせる。姪御さんのおおらかさが大人になった時のイランはどんな時代になっているのだろうか。本当に厳しい状況を告発した。(77歳 男)
意見、主張が言える日本でよかった!(73歳 女)
映画を撮り続ける意欲がすごい。イランの人達はよく喋るが、よく考えてもいるのは日本人も見習いたい。強盗にあっても訴えない優しさなど、イランの人や社会を少しは理解したかな、という映画でした。(71歳 男)
おもしろかった。国の事情を理解していないので、もう少し背景を知ればもっと楽しめた。でも良かった。(70歳 女)
映画を撮ることを禁じられた監督の映画を撮る工夫のしかたがおもしろかった。またタクシーに乗る人物たちの語る言葉の中にイランの人々の生活や政治状況が見えてくるところや、姪の映画づくりに関する、上映できる映画のための基準を語る部分や、彼女の表情、語りが明るいアクセントにもなっていたと思う。(67歳 女)
もの創りをしよう、という強い意志と、伝えるべきものがあるのだ、という確かな信念、使命感があれば、物理的な、或いは社会環境的な制限など軽々と越えられるのだという、いや、更に言えば、その制限こそを逆に力にできるのだという、野心的で毅然とした快作です。日本初公開の時に併映されたという森達也監督の短編も見てみたいと思いました。パナヒ監督の、この映画の作り方に、森監督が触発されて作ったショートムービーらしいのですが…。(66歳 男)
タクシーのにわか運転手になり、テヘランの市井の人々の暮らしを拾うパナヒ監督。「犯罪は社会における貧困のせい」と言う女教師を、インテリの正論と鼻で笑い、自分は路上強盗と嘯く男。監督の友人は、自分を襲った強盗の身元を知っても、相手が極刑になったら、と訴えられない。ゴミ箱を漁る少年は、花婿の落とした小銭を、家族の生活のためにネコババする。事故に遭った夫を病院に運ぶ妻の心は自分に有利な遺言を残してもらうことに。「親しい友人が一番の敵になった」と悲しみながらも資格剥奪の通知が届くまで人権活動に頑張るという女性弁護士。権力者は人々の生活を考えず、困窮した人々は罪にも走り、権力者に意見する人達は迫害され、身内や友人から引き裂かれる。DVDの配達先に、運転席の監督との共同事業と言うちゃっかり男や、「一年前に買った金魚を今日新しいのと替えないと命を失う」と泉へ急ぐ必死な老姉妹は結構楽しい。陽気な運転手の乗客達との小粋な会話という感じではなく、監督は終始事務的な反応と温かいが淋し気な笑顔だ。政府に拘束され釈放後も映画製作を禁止されている監督は、羽をもがれ、声を奪われても、地面を歩み、真剣な目で訴えかける鳥のようだ。道不案内で客を早く正確に目的地へ運べず、荒い運転で客の持ち物を壊し、何より、複雑な撮影をしながら公道を運転する危険なタクシー。自ら“悪役”を演じ、「何かに夢中でもこんなタクシー(国)に人生乗せないで」と伝えているのか。(63歳 女)
映倫と最後に出ていて皮肉っぽいと思いました。日本ならOKなのにね。(女)
予告はせめて次回例会分は上映してもいいのでは?
勇気ある人だと思った。

ジュリエッタ・マシーナ&アンソニー・クイン主演の『道』や、ピエトロ・ジェルミ監督主演の『鉄道員』や、『ブーベの恋人』(ジョージ・チャキリス)等をとりあげてほしいですね。(76歳 男)
乗り合いタクシーなど、ものめずらしかったが、あまりお国ぶりはわからなかった、というより我々とあまり変わらないように感じた。どんな時代、体制でもそんなものかもしれない。(74歳 男)
イランの日常の一部を切り取った映画。普段の状況を見られたのはよかった。(70代 男)
2回目なので前回より楽しめました。ドキュメンタリーなのかドラマなのか、あいまいなところがおもしろいと思います。最近こういう形式のものが増えていますが、作り手の信念がしっかりしているから政治的なところも見ても面白いのだと思いました。(66歳 女)
タクシーから見える風景と乗客との会話からイランの今が見えてくる。会話の端々にイラン人のユーモアがあふれ思わず微笑む。見るたび毎に新しい発見があり、好きになる作品。イランでは球技大会(サッカー、バレーボール)の女子観戦がダメなんだと知る。(65歳 女)
仕事が第1、第3土曜日が休みなので、その時はできるだけ参加してます。『サーミの血』は観たかったです、残念。下関で映画サークルに加入していましたが、こちら(神戸)は人の多いのびっくり。会報の中で「新開地ノスタルジー」が一番好きです。(64歳 男)
イランの日常的な生活をドキュメンタリー風に撮る中で、しっかりとした主張も見えました。最初の客二人が盗みなどで死刑について意見交換をして、強盗の話や車上荒らしが出てきて終わり、というのは政権批判になりますね。例学で話のあったイラン人の過剰な親切心は、交通事故に大勢集まってくるとか、「家に上がって」と口癖のようにいうのは日常的な風景なのでしょう。(62歳
どこまでが演出され、どこからが現実なのかが分からないのですが、エンディングは小気味良い感じが残りました。(60歳 男)
変わった映画でした。(58歳 女)
権力者は、都合の悪いことにはとことん隠ぺいするのは事実だが、あそこまでやるとは。おばあさんたちは本当に殺されてしまったのか、何となく想像がつく。(57歳 男)
大変な状況下でありながらタクシーの運転手として撮影を続けたパナヒ監督に敬意を表します。思った以上に活気があり明るいテヘランに未来を感じました。とはいえ、監督運転しながら携帯使い過ぎ!(56歳 男)
ユニークな作り方でした。(54歳 男)
メルシィという言葉が何度か耳にのこりました。街なみもパリに似ているような気がします。テヘランに住む人々のくらしにふれました。
ラストが??(女)
すごくリアルな映画。ドキュメンタリーとフィクションの混合。監督の手腕がすごい。

お国柄もありきちんと上映できないのは残念ですが、民主的国家になることを祈ります。(66歳 男)

想像していたのと少し違っていました。もう少し勉強してから観た方が良かったです。ドキュメンタリーなのか、芝居風なのかどちらでしょう。今までこちらで観た作品の中で一番「?」が多かったです。(54歳 女)