2018年6月例会『50年後のボクたちは』

解説

さぁ、14歳の少年になって、二人と一緒に旅に出よう

 14歳。この年齢は「社会」の入り口に立つ頃で、どう生きていくのかなど、人生の選択を迫られる時期でもあります。自分自身への視線はもちろんですが、自分を取り巻くいろんなことに、目が向きます。家族のことや大人たちの振る舞い、異性のことが気になります。ときには、周りからのさまざまな忠告も干渉と感じて、あるいはもやもやとした気分を振り払うために、ときには家を出たくなることもあるかも知れません。
 今月例会『50年後のボクたちは』は、主人公の14歳の少年が、夏休みに家をとびだして友達と二人でドイツの南へ車で出かけるロードムービーです。旅で出会う様々な出来事を通して大人への一歩を踏み出します。その経験は少年にとってはとても貴重なもので今までの自分から大きく成長する旅でもあります。観終わったあと、きっと一四歳の頃の自分がどうだったかを考えてしまう、テンポもよくて爽快感あふれる、そんな映画です。
 監督はファティ・アキン。いま上映中で話題となっている突然愛する夫と息子を失った主人公の苦悩を描いた『女は二度決断する』、『ソウル・キッチン』、例会でも上映した『そして、私たちは愛に帰る』などの監督で、ベルリン、カンヌ、ヴェネチアの三大映画祭で主要な賞を獲得した才能あふれる監督です。原作はドイツのヴォルフガング・ヘルンドルフで、「14歳、ぼくらの疾走」(小峰書店)です。ドイツで220万部を超えるベストセラーとなり、二六か国で翻訳され数々の賞を受賞した小説です。
 主人公マイクは引っ込み思案でクラスのマドンナであるタチアナになかなか声をかけることができない。彼女の誕生パーティに招待されるかどうか、気になっています。でもアル中の母親についての作文をクラスで読むと同級生から「サイコ(変態)」と笑われるし、先生からもこのようなことを作文にすべきでない、とお説教をくらってしまう。どうにもやり切れないところにチチャチョフという聞きなれない名前でアジア系の顔をした、外見も一風変わった人物が転入してきます。「どこの出身か自己紹介を」と問われて「面倒くせえ」の回答。臆病ものであるマイクはおっかなびっくりで転校生チックに接します。二人にはタチアナからの招待状がこない。そんな二人が夏休みにチック(チチャチョフ)の祖父が住んでいるという「ワラキア」を目指してロードに出ます…。

旅のはじまり
 ファーストーシーンでワンクッションを置いた後で、物語が始まります。住居などからすると裕福な家庭環境ですが、母親はアルコール依存症で、テニスのあと息子や対戦相手の前で酔っぱらってしまいます。その酔いっぷりの描写がユーモアたっぷりで、のっけから引き込まれます。そして母親は夏休みにアルコール依存症の治療のために施設に入ることになります。そして、父親は若い恋人と一緒に旅行となり、お金はもらうけれども、ひとりで過ごすことになります。そこにチックがやってきて、「冒険」の旅にでることになります。
ひと夏の体験やロードムービーは、おなじみのテーマですが、この作品ではこの旅が主人公の成長物語、教養小説(ビルドゥンクス・ロマン)のようになっていて、臆病でなかなか自分で決断して行動することに躊躇してしまっていたけれども、この冒険ともいえる旅を「アウトサイダー」ともいえる友達のチックとともに過ごすことで、旅から帰ったあとでは、父親の行いに声をあげることもなかったマイクですが、父親の方針を受け入れずに、不利益になることも踏まえながら自分の考えを貫きます。と紹介すると固い感じがしますが、そうではなく、ドイツ南部の田園風景、畑のなかの一本の道路、青い空、そして、人々との出会いなど、ユーモラスで軽快なテンポで二人の行動を描いていきます。

爽快でゆかいな道中
ユーモアでいえば、マイクとチックは凸凹コンビとなっています。チックは背が高く大人と子どものようなコンビで、そのうえチックはアジア系で日本人のような顔をしています。頭髪も『子連れ狼』の大五郎のようで一度みると忘れられない特徴があります。乗ってきた車もロシアのSUVですが、小型でボロボロ、その姿には微笑みたくなります。旅の始まりで、チックはマイクが持っていたスマートフォンを捨ててしまいます。マイクはびっくりしますが、チックは悠然としたもの。出たとこ勝負の旅が続けられます。そして車のカセットでかける音楽は日本でも大ヒットした「渚のアデリーヌ」。食事をしようと食べ物を取り出したのはいいが、火を通さなければ食べられない。缶詰はあっても缶切りがない。車でトウモロコシ畑に突っ込んで自分の名前を書く。他の車からガソリンを抜き取る。無免許運転で警察に追っかけられる。子どもがたくさんいる家でごちそうになりますが、この家ではデザートを食べるにはクイズに正解する必要があるなど、ちょっと愉快な家庭にも出会います。そして、二人旅から三人旅となるイザと名乗る若い女性の登場。廃墟から突然二人をののしる声。服はボロボロ、身体から強烈な匂いを発する姿で現れます。マイクはイザと「恋」のような経験をします。ときにはやりすぎとも思える行動をするなど、アウトサイダーぶりを発揮するチックに引きずられながらも三人の間に固い友情が生まれていきます。

もとの世界へ
こうして主人公のマイクは一つの旅を終えます。二人の関係は対等ですが、「住む世界」が違います。チックはまるで西部劇の『シェーン』のように他の世界からやってきたアウトサイダーのようです。突然に現れてインサイダーであるマイクをアウトサイダーの世界に連れ出します。そんなこともあってチックと途中で加わるイザの今までの過ごし方や家庭などの背景情報が切り捨てられています。チックはマイクに今までの世界で味わったことのない、冒険ともいえる出来事を経験させてくれます。チックが足を怪我して運転できなくなったので、これまでのマイクでは考えることもできなかった危険も顧みずに運転します。このことが旅の終わりを告げることになりますが。
通過儀礼とも思える旅を終えたマイクは裁判所で父親の口止めにも関わらず、真実を語ります。そして、父親が荷物をまとめて家を出て行ったあとで、マイクは、酒瓶とタバコをくわえた母親と一緒に家のプールに椅子などの家具と次々と投げ込みます。さらに二人はプールに飛び込みます。ちょっとした日常の冒険です。マイクはもう感傷に浸ることもない。教室にもどるとマドンナのタチアナからのメモ「夏休みはどこに?」が回ってきますが、もういままでのようにうろたえることなく、さらっと受け流しているように見えます。そして、空席となっているチックの席を見ます。50年後のボクたちは?
さぁ、14歳の少年になって、二人と一緒に旅に出よう。型破りの旅に笑い、ときにはハラハラしながら、ときには切なく。そして、ちょっと過激な旅に。

ひとくち感想

◎大変よかった  ◯良かった  ◇普通  ◆あまり良くなかった  □その他
 
生きる道を抵抗し再確認する事の大切さを、この年になっても感動して思いました。(79歳 女)
映画ならではのおもしろさを感じた。チックは果たしてどんな大人になっているのだろう。2066年7月26日、三人はきっと会っているだろう。クレイダーマンの音楽がずっと流れていたが、何か意味がある?。(77歳 男)
「Tschick」という題名と『50年後のボクたちは』に、どのような関連があるのか興味があり、しっかりと言葉を注意して映画を見たが、彼らの言葉は私の理解力を超えていた。今一度映画を見直したい。(75歳 男)
14歳のころの自分と比べてみるには、あまりに破天荒な二人だった(とくにチック)。うらやましさも半分ある。いつもながら観光旅行では分からないその国らしさが見れてうれしい。(74歳 男)
ドイツ映画のテーマとして珍しいのでは? 若者らしい行動は万国共通か?(72歳 男)
原作の題が「14歳、ぼくらの疾走」、映画の邦題が『50年後のボクたちは』ということで、14歳の頃の自分と今(53年後)を考えてしまいました。一四歳の頃、殻を破りたくてウズウズしていたような…。何かにつけて自信のない状態にあって、チックのようなわが道を行く少年って魅力的だと思います。50年後に3人が出会えていたらいいですね。楽しかった。ちょっぴり青春の甘酸っぱさもあって。(67歳 女)
考えてみれば、驚き呆れ果てる程の破天荒な強烈無比の大冒険、とまでには至っていないようにも思うのだが、これが何故か爽やかで痛快な印象を持ってしまうのは、一四歳という年齢の、ある種の「健康さ」があるからなのだろうか。この明るい暴走は実に心地よく、監督のクールながら、根本的な優しい視線が嬉しかった。でも「ワラキア」って、ルーマニアの南部ですよね。どうやって国境越えるんだよ、などと思いつつ、しかし、チックなら何とか、たどり着いちゃってるのかもね、とニヤリとしてしまった。エンドロールで、もう一度、リシャール、じゃない、リチャード・クレイダーマンの「渚のアデリーヌ」が聞きたかったですが…。(66歳 男)
家からの脱出、親からの脱出、いい子からの脱出。ボクにも覚えがある。それを思い出させてくれました。(66歳 男)
青春をかんじました。二人とも人にみとめられないかわり者ということからはじまった。人と人との心のかよいかたがいい。メチャクチャだけど。マイクがたくましくなったのがよかった。人のことなんか気にしなくていい。自分の心にすなおであれ!若者よ!!(64歳 女)
ウオッカ飲んでテニスに勝つし、断酒施設を「スパイ付滞在型施設」って言うママの事、作文に書いて叱られた。ママが大好きって事なのに。アロハ着て変な髪型で、俺様って感じの転校生チック。人の机の上にもどすし、君っていったい。父さんは恋人と旅立ち、憧れの子の誕生会にも招かれず、一人ヘコんでいた14歳の夏休み。君はオンボロ車で、「ワラキア」のおじいちゃんの所へ誘った。吸血鬼のモデルの王様がいた所じゃない? ノリのいい曲聴きながら黄色い畑の一本道を飛ばし、発電の風車の根元に寝袋置いて星空眺めた。トウモロコシ畑に車で名前を描き、子供の運転ってばれて逃げたり、ガソリンを失敬したり、君の行動にはたまげるけど、自由な気分。腹ペコの僕等を呼んでくれたお母さんちで、大勢の子供達ともらった御飯、おいしかった。手をつないでお祈りし、クイズ当てた子から大きい丼のデザート。廃棄物の集積場で悪態をついた汚いヤツは、湖の水で洗うときれいな女の子になった。キスされかけてドキドキ。三人で登った砦の岩山に名前を刻み付ける。50年後に又会おう。尖った柱がたくさん突き立つ泥沼は、いよいよドラキュラの国か。橋を直そうと沼に入ったチックの足に木が刺さり、今度は僕が無免許運転。トラックのイヤがらせで事故って、豚は走り回るけど、僕等に重い怪我はなかった。チックは捕まりたくないって、僕があげたジャンパー着て、どっかへ行っちゃった。父さんに「裁判でチックが一人でやったって言え」って言われたけど、自分のやった分はちゃんと話したよ。僕は僕なんだもん。父さんは家を出て行ったけど、僕はママと元気にやっていく。もともと快活で素敵なママなんだ。チック、いろいろありがとう。君がロシアのマフィアの息子っていう噂も聞いたけど、アジアのどっかの国か、もしかして魔法の国の王子だったのかもね。(63歳 女)
◎おもしろかった。周囲から「変態」「変わり者」などと呼ばれていたマイクにも心を開いてくれる友達がいる。自分もマイクの立場だったら、その友達が例え不良でも付き合うと思う。父親は不倫で遠くへ行ってくれるのはこの場合はさすがに結構なことだと思った。(57歳 男)
ひきこまれました。(49歳 女)
とてもよかったです。後味さわやか。ありがとうございました。(女)
私は変人。自他共にみとめる。昔は「変わってる」といわれないようキューキューとしていた。これ見て元気が出ました。変わっていてもいいじゃん! せっかく今まで生きてきたのに。私には「50年後」会える人がいるかな? 私の中では「チック君」が主人公。龍のジャンパー似あってたよ! また、会いたい。他の映画で。(女)
人生は無意味だ。あきらめるな。抵抗して、団結しろ。それこそ意味のある行動だ。

映サだから観れた映画だと思った。個人的だったら多分選ばなかったです。思春期のハチャメチャぶりがとてもおもしろかった。(72歳 女)
私は14歳になって、その時はどうだったかな。痛快です。しかし少々ドがすぎて、小心者ビビリではできんけど、体験させてくれた。純真な心と10代の少年の行動にブラボーです、かね。ババの一言。(70歳 女)
予想を大幅にしのぎ、とても良かった作品。(70代 男)
映サにしてはおもしろい映画だった。した事は悪いかもしれないけれど、こうして血だらけになって大人になっていくのもいいかも知れない。(69歳 女)
希望作品『OKINAWA 1965』『米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー』など沖縄をテーマにしたものが観たい。(67歳 男)
2回目ですが、一回目の時より楽しめました。お母さんの存在も必要だったと、わかりました。家族関係のややこしさは、日本と変わらない。友人関係も大して違わない、と思えました。原題は友人の思い出!ということなんですね。日本語のタイトルと違いすぎですが…。(66歳 女)
初めて見ましたがとても面白く、自分の夏休みはどうだったかのかな? と思い出していました。彼らの50年後の出会いはどうなるのでしょうか…。とても興味が湧きました。(65歳 男)
お利口なやり方ではないけれど、マイクとチックの熱い友情にワクワクしました。
「イザにくらべりゃ、タチアナなんてカス。女に興味がないからわかるんだ」、チックのことばがするどくて優しい。男子の人生の中で若い時期にこんな友人に会うと、その後の女性選びに失敗がないかもヨ。
楽しかった。青春のすばらしさ、若さの美しさがまぶしかった。

笑いのこぼれる映画は久しぶりでした。若いころにいろいろ体験した事が、後々人間形成に役立つように思えます。私の生活とはかけ離れていますが、ドイツ語や風景がめずらしかったと思いました。(70歳 女)

大失敗、落ちがない、つまらない!!
14歳の頃の自分を思いだしても感情移入しがたい。あまりにもその頃の少年の思いを拡大しすぎではないのか。リアリズムの映画をつくってほしいです。(60歳 男)

大人になる経験はすばらしい。チックがこの旅でどう変わったかわからないけどマイクはクラスメイトが注目するほど。大人になってからでも、自分が変わるような経験がしたい。彼等のような破目をはずすことはなくても、これまでとはちがう人間関係に踏み込めば、新しい何かを知り、自分が守っていたものが壊れたりするかもしれない。(62歳 男)