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2018年3月例会『午後8時の訪問者』

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解説

もし、あの時、ドアを開けていれば

物語
 ベルギーの工業都市リエージュの郊外、若き女性医師ジェニー・タヴァンは、知り合いの老齢医師のピンチヒッターとして診療所で働いている。他のスタッフは、彼女の指導を受ける研修医のジュリアンだけだ。
 優秀な彼女は、大きな病院の勤務医として受け入れられる事が決定している。
 明日で代診が終わる日もひっきりなしに患者が訪れ、気が休まることがなかった。診療時間を終えて一時間がたってもベルがなるほどだったが、ドアは開かれることはなかった。
 勤務する予定の病院では熱烈な歓迎を受け、地域に戻ってみれば患者に去る事を心から惜しまれるジェニー。
 医師としてこれまでの仕事ぶりへの真価を評され、夢も叶った心が満たされるような一日の終わりだった。
 
 しかし、翌朝の警官の訪問が彼女に大きな衝撃を与えた。川沿いの道で見つかった遺体は、昨日診療所を訪れたすぐ後に災難にあった可能性が高いという。若いアフリカ系の女性の姿を映像で確認したジェニーは「もし、あの時ドアを開けていれば…」という後悔が頭から消えなくなってしまう。
 身元不明のまま葬られるまでに彼女が誰なのかを知りたい、せめて名前だけでも。
 防犯カメラの映像を携帯電話に入れて、知っている人がいそうな場所に出かけて行くジェニー。
 しかし、まるでその存在がなかったかのように、行く先々で「知らない」と告げられる。見知らぬ少女に取り憑かれたように行動する彼女は、危険な目にもあう。
 ある日、ジェニーは診察した少年が何かを知っているのではないかと感じる。

ベルギーの医療、地域の住民、ジェニーの仕事
 映画を見ていると診療所に勤める医師の仕事について、日本との違いを感じるのではないだろうか。日本で言えば、地域の医院という感覚なのだろうが、白衣を着ることなく多種多様な患者を診ているジェニーは、外科医であり、内科医であり、小児科医だ。軽傷であれば健康管理を含めて治療にあたり、少しでも重傷化しそうな時は「病院」に紹介する。
 診療所内には、看護師はおらず、彼女一人で受付から事務仕事まで行う。時には、患者の話し相手になり、往診も頻繁に出向く。まさに孤軍奮闘という感じだ。
 ジャン=ピェ―ル&ジャック・ダルデンヌ監督は、『イゴールの約束』から一貫して、リエージュ郊外の町セランを舞台にしてきた。
 診療所のある場所は、決して裕福な人々が暮らす地域ではなさそうだ。殺風景な街並み、住居や服装から感じられる生活環境。
彼女の患者は、ひとり暮らしの老婦人、重い糖尿病の高齢男性、若いカップルと産まれたばかりの赤ん坊、まったく言葉を理解出来ない不法移民、別居中の夫婦とその息子。病気も境遇も様々だが、慎ましく日々の暮しを営んでいる人たちだ。
 若く清潔感があり、質の良いセーターとコートを身に付けているジェニーの生い立ちを想像すると、おそらく彼女がこれまでに出会わなかったタイプの人たちではないだろうか。
 ジェニーは、常に医者としての誇りを持ちながら、どんな患者にも自然体で接する。往診先で「久し振りに焼いたのよ」とすすめられたワッフルをつまみ、またある時は、歩くことが困難な患者のために奔走する。
EUの本部があり、地理的にもヨーロッパのほぼ中心に位置するベルギー。グローバル化は国境を越えて、豊かさと影をもたらしている。その影の部分の縮図が日々、診療所の中で起こっている。
 「車は絶えず高速で通過している。高架の下の小さなジェニーの診療所で起こっている事など、人々は知るよしもないだろうが」と、監督は語る。

つらい現実であったとしても人間に期待する
 『午後8時の訪問者』はサスペンスの要素を含むが、大きな悪やスーパーヒーロー、ヒロインは登場しない。登場人物の多くは善悪の両方の部分をもった平凡な市民である。主人公のジェニーでさえ、時には感情が先立つ普通の若い女性だ。
 ある日、ある場所で偶然が重なりあい、物事が悪い方へと転がり落ちる。そして一番弱い者の元に悲しい結末を与える。
 あの日、診療所もジェニーの心の中もいつもどおりではなかった。代理医師の任期終了を明日に控え、仕事を終えたら新しい職場の仲間が待つ病院へ行く約束があった。急患の病状の悪化に遭遇した研修医のジュリアンの動揺は理解しがたくイライラが募る。あの時、ドアを開けようとする彼を制してまで拒絶した。
 ジェニーはあの日の自分の行動のもとになった感情を自覚したからこそ、少女の死の真相に執着するだけではなく、自分自身が変わっていった。彼女は気負うことなく、しなやかな心で速やかに決断し、軽やかに行動して行く。
心ならずも傷つけてしまったジュリアンを訪ねて、あの日の自分の心情も告白し謝罪する。その後も励まし続け、やがて彼が心の奥に押し込んでいたトラウマを知る。
 ジェニーは事件が起こってからなお一層医療にのめり込み、寝具を診療所に持ち込んでしまうほどになった。彼女は地域医療に取り組む覚悟を決めた。
 だんだんと真相が明らかになる過程で、ジェニーの診療は続く。人々は、精神状態を肉体に表す。めまい、胃痛、癇癪の発作。精神的な弱点をまず身体が反応し、言葉に出来ない事を表現する。
ジェニーは、彼らの身体に聞くことを通じて少女の身元を知ろうとする。患者たちの苦しみを和らげ、彼らを癒しながら。
 彼女は刑事ではなく医者なのだ。
 やがて、正直な気持ちを言葉で伝えたいと思う人々が、彼女を訪ねてくる。勇気と弱さをもって。
 思いがけない訪問者に亡くなった少女の本当の名前を告げられ、同じ地方都市に住みながら顔を会わす事もなく生き不遇の死を遂げた少女を思った。
 ジェニーは最後まで誰も責めなかった。
 小さな診療所の平凡な日々が続いていく。

 ドキュメンタリー出身で、社会の片隅で懸命に生きる人々に光をあててリアルに描いた作品を発表し続けている映像作家ダルデンヌ兄弟。
 様々な人々によって社会は形成されているにも関わらず、構造的な貧困や生活不安は個人の問題とされ、時には他者を敵対視し、自分達だけが良ければよいという排他的な時流が世界を覆う中、監督が若い女性医師を主人公にした『午後8時の訪問者』に込めた思いは「期待」なのだろう。「女性への期待」「若さへの期待」そして、「人間に対する期待」。
 それは希望へと続く。華やかな場所で花咲くような希望ではないからこそ、輝きは一層の共感と感動を与える。
(宮)

ひとくち感想

◎大変よかった  ◯良かった  ◇普通  ◆あまり良くなかった  ☐その他

女医さんがほんの日常生活の手違いから自責の念にかられ、その誠意で殺人事件を解決する、すばらしい生き方である。そういう生き方が失われていく今、日本でこういう人が欲しい。(77歳 男)
事件とは別に、ベルギーでの医療のやり方が(例会紹介を読んでいたこともあり)興味深かった。(73歳 男)
この間、『パターソン』を見て、ゆっくりというか静かな映画の見方を学びました。じっくりと当事者たちの心理や関係を考えさせられました。ヨーロッパの国の事情も考えさせられました。メルシー。(73歳 女)
こんな誠実な女医さんがおられるんだと感動します。人は各々な思いで人生しているんだ…と思わされました。あの少年はどんな大人になっていくのだろう? と少し不安な思いをします。(72歳 女)
二度見でした。最初から最後まで、よく練り上げた作品だと感心します。私には最後の抱きしめる場面がよかった。(71歳 男)
最初はサスペンスかとハラハラして犯人さがし…ラストは大変「感銘」を受けました。「ひとりの人の名前」は「ひとりの命」と同じく大切なものと教えていだだきました。(70歳 女)
女医さんの自分の良心への痛みを伴うこだわりが、多くの人の心を助けました。警察には決してできないことです。(68歳 男)
希望作品『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロウー』(67歳 男)
いわゆる「劇伴」は勿論、生活環境の中で聞こえてくるものも含め、患者が主人公のために歌った「バイバイ・ドクター・ジェニー」を除いて一切の音楽を排除して積み重ねられる描写はまるで往年のロベール・ブレッソンを思わせるような、沈み込んだ重い凄みで迫って来る。それにしても『希望のかなた』『ジュピターズ・ムーン』『はじめてのおもてなし』『わたしは、ダニエル・ブレイク』と、今のヨーロッパを語るためには「難民」は絶対に欠かせない大きな要因であることを改めて痛感。死んだ少女の名がフェリシ・クンバということが明かされた時、「わたしはフェリシテ」というセネガル映画を思い出してしまった。「フェリシテ」は「幸福」という意味だったが…。タイトルは原題の「身元不明の少女」の方がピンと来ますね。(66歳 男)
人の生死に、これからも多くかかわるであろう医師として、名前も(生前中のさまざまなかかわりも)わからないまま、自分とのかかわりを持つ前に死んでしまったことに引っかかったのか。最後にほんとうの名前(偽造旅券のでなく)がわかってよかった。人が名前もわからないまま、この世から失われてはならない。「私たちの中に生きている彼女の声…」そう、死者は訴えていたのですね。(66歳 女)
一日の激務を終え、その日泡を吹き痙攣する少年を前に動けなかった研修医に、「患者の痛みに入り込み過ぎぬよう」と注意する女医。彼が取り乱して出て行こうとするのを止める最中、忙しく鳴った時間外のブザーに対応する余裕はなかったが…。翌朝、遺体で発見された少女の助けを求める姿が防犯カメラにあり、茫然とする。研修医も医学を断念し、彼女は二人の人生をへし折ったような強いショックを受ける。あの時、インターホンで「助けて!追いかけられているの!」という叫びが聞けたなら。モニター画面で切迫した様子が見られたなら、せめてブザーの意味を確かめていたら。すぐ少女を救いに飛び出していただろうに。余裕のなさ、情報の少なさで、SOSに気付けなかった。又、林業を手伝う研修医から、父から受けた虐待によるのと同じ症状を少年が呈していた事を聞き、医者の一般的な心構えを教えたつもりが、彼の医師になる希望を打ち砕いていたことを知る。人の理解し難い、或いは違和感のある言動には、自分の経験、知識、判断力、心の優しさなどの限界を自覚しつつ向き合わねばと思う。少女の身元や事件の真相を懸命に調べる女医の真摯な愛の姿に、関係者たちの口が徐々に開かれ、少女は名前を取り戻し、事件の概要が判明する。研修医も、彼女の理解(多分謝罪も)と励まし、人を大切にする姿勢に心を打たれ、過去を乗り越え、医者に復帰する。人の悲しみや苦しみ、SOSをきちんと捉え、人々が互いに理解し合い、大事にし合う世の中になったら、と思う(62歳 女)
ダルデンヌ兄弟監督が今回、私たちに問うたのは働くこと。人間が働くことでの持たねばならない正義とか、見過ごしてはならないものとか、でも忙しいと思ってしまいスルーしてしまう小さなこと。決して誰からも責められることではないけど、妙にひっかかってしまうこと。それが何なのかと。この作品で人間の内部、体幹に正義をいかにして育てるかを語った凄い作品でした。2017年ベスト5からは外したけど。(男)
少々(大変)危なっかしい女医先生のたんていごっこはいつ終わるのか、ドキドキしました。ベルギーで有名なのはワッフルにチョコ、それに名探偵ポワロ! それ以外のベルギーをみせてもらいました。ありがとう。またよい映画をよろしくお願いします。(女)

診療所でなければ、診療所の医師でなければ、知ることのできない数々の内容を描いていた。つらいことが多い中で、研修医の新たな決意等、ほっとする場面もある。女医のジェニーはさわやかだ。(76歳 男)
なかなかミステリアスな内容でしたね。日本とベルギーの医療の違いが少しわかりました。(70歳 女)
音楽なしもよかったです。自然な音だけで、また、クールな医者が成長していくところもよかったです。(66歳 女)
なかなか意味深な内容だった。医者のジェニーが新しい職場をすててまで、一人の少女のことがきっかけになったことにびっくりした。ていねいに、ひとつひとつときあかしていく中で真実があらわれてきた。人はみな心にはおいておけない事実なのだ、と思った。(64歳 女)
テレビの2時間サスペンスみたいな話をストーリーではなく、人物をみつめることで描いた作品。(63歳 男)
殺された人が自分の断った急患の患者だけに、事件に関わる気持ちはわからないではないが、あれはプロなる刑事に任せておくべき。(56歳 男)
一つの事件をきっかけに医者として、それ以上に人間として深みを増していくヒロインに、心を打たれ、もう一回観たいと思っていたので、今回は充実したひとときでした。でも、怖い人々に囲まれ、味方がいないのにいつもキリっとして、頭が高い位の堂々とした態度は見習わなくてはと思います。又、あの医療体制は良いですね。日本は病院で検査して、なしならパス。何かあれば入院手術と・・・、費用ばかりがかかります。そのくせ日常生活の小さな痛みは一切見ようとしない。ある意味、日本の医療は後進国以下だなと、素敵なアデル先生をみながら、思いました。(女)
映画の中の女医さんの様に主演の女優さん映画を通して成長したんじゃないかなぁと思いました。

今、フランス語を勉強していますので、勉強になると思って来ました。しかし、あまりにも早口なので、ほとんど聞き取れませんでした。又、今後はコメディのフランス映画を見たいと思います。(59歳 女)

ジェニーのやさしさ、医師としての良心が全編にわたって展開していた。自分の一瞬の判断で少女を死に追いやってしまったという思いが、ジェニーを、せめて彼女の名前、素性を明らかにしたい、という行動に駆り立てる。結局は社会の底辺に生きる平凡な少女の不幸な死であったが、この事件を体験したジェニーはまた一段とすばらしい医者になっていくように思う。(62歳 男)

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