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2017年10月例会『鏡は嘘をつかない』

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解説

鏡で魅せるインドネシアの神秘的な世界

 10月例会『鏡は嘘をつかない』はインドネシアのスラウェシ島の東南に浮かぶワカトビと呼ばれる海域を舞台に、そこで生活を営むバジョ族の母娘を中心に描かれる。
 国立公園となっている島や島を取り巻く絶景が美しい。カメラが海に潜ると、色々な種類の珊瑚があり、大小様々な魚が群れをなしている。それはもう息をのむ美しさである。現地にいかなくても映画でこの景色を堪能できるのがうれしい。ずっと海の景色を映していてほしいと思ってしまうくらいだ。

重要な役割の鏡
 映画はタイトル通り鏡が重要な役割を果たす。海の浅瀬に、高床式の家がある。かつては、あちこちの海を、島から島に渡り住み、いわばジプシーのように生活していたバジョ族は、いまは定住しつつある。バジョ族にとって鏡は真実を映す神聖なものとされ、失せ物を探したり人を探す際に用いる文化的な道具である。監督によると「鏡は常に女性と結びついています。少女たちは、鏡を見ることによって、成長していくのです。また、私にとって鏡とは、希望のシンボルであり、自らを映し出すものであり、また探求するものでもあります」とのことである。

母と娘とバジョ族の物語
 10歳の少女パキスは、漁に出たまま戻ってこない父の無事を願い、いつか鏡に父が現れるよう祈っている。母親のタユンもまた夫の死をいまだ信じられず、顔を白く塗り自らの不安を隠している。そこに、イルカの研究をするためジャカルタからトゥドという青年が村にやってくる。パキスは青年に少し興味を持ちながらも毎日鏡に祈って父を待っている。映画の物語は少女が自らの文化や未来に対して抱く不安を描いている。父親の旅立ちは、彼女の故郷である海や家に対する疑問を彼女に抱かせる。
 この母娘を通して、海で生まれて海で死ぬといわれる漂海民バジョ族の暮らしが丁寧に描かれる。浅瀬にたてた高床式の小屋で、豊かな海の恵みを受けながら生活する村民たちの描写は、新鮮で興味深い。バジョ族の十歳の少女パキスを演じたギタ・ノヴァリスタは、撮影当時12歳。現実のバジョ族である。感情の起伏の激しい年頃の少女を、少ないセリフで表現、過不足のない演技が好ましい。またそれを取り巻く二人の少年がいい味を出している。パキスに思いを寄せる少年と中盤から姿を見せるめっぽう歌のうまい少年とのかけあい、のびのびとした演技には思わず笑ってしまう。母娘の深刻な物語に程よいアクセントをつけている。この少年たちも地元バジョ族の出身でプロの子役ではないというから驚きである。

監督について
 監督は、カミラ・アンディニという、まだ30歳くらいの若い女性だ。父親が、インドネシアで有名な映画監督のガリン・ヌグロホである。ガリン・ヌグロホは、1998年の第11回東京国際映画祭で上映された『枕の上の葉』で、審査員特別賞を受けている。父ガリンは、娘カミラのために、『鏡は嘘をつかない』では、プロデューサーを務めている。監督はすでに、インドネシアの珊瑚礁保護のためやウミガメと珊瑚礁をテーマにした、ドキュメンタリー映画を撮った実績がある。本作が長編劇映画のデビューになるが、映画全体のトーンがドキュメンタリー・タッチでリアル、その表現が手だれなのもこの経験によるものだろう。

荒波に抗いながら
 ここワカトビにはまだまだ多く残ってはいるが、自然は徐々に侵されつつある。温暖化、天然資源の開発などで、確実に様変わりを見せている。映画のなかでも、近い将来への不安があちこちに散見する。ことさら声を大きくして叫ばないが、ここにも文明の荒波が押し寄せつつあることを暗示する。海とともに生きるバジョ族にとって、荒波は文明だけではない。大雨が降るし、海で漁船が遭難する。現実の海の脅威が、連綿として存在する。村の人たちがテレビで東日本大震災の映像を見ているシーンが出てくる。他人事でない自然がもたらす脅威に驚嘆しているのだろう。興味深い場面である。

嘘をつかない鏡
 鏡は、正反対だが正直に像を結ぶ。ここに住む人たちの現実を鏡は正像として提示する。タイトル通り嘘はつかないのである。現実はいつでもどこでも厳しい。それでも生きていかなければならない。たとえわずかの希望しかなくても、いささかの勇気があれば何とかなる。海が変化するように、パキスの人生もまた、その成長につれて変化するはずである。パキスの独白で父の言葉がたびたび挿入される。「小さい魚が長い旅を経て、大きい魚になる」、「魚のように、自由に生きろ」と。
 浅瀬に立つ家に住み海とともに生きる人たちの人生にもドラマがある。魚網を編む老人や魚介類を売る近所の女性たちのことも丁寧に描かれている。人に想いを寄せることがある。喜怒哀楽がある。嘘をつかない生活がそのまま表現される。

生きた映像美
 監督は続いて「インドネシアは多島海の国なので、海が、国土のほとんどの領域を占めています。インドネシアの海岸の生活は、驚きに満ちています。インドネシアの海の豊かさは、私たちの生活や文化にとって、マイルストーン(=重要な起点)と成りえます。私たちはインドネシアを“祖国=水の国”と呼ぶのです。それでもなお、私たちはインドネシアを農業国として捉えているため、土地が重視されています。この映画は、インドネシアの第二の部分である、“水”の世界とその内容について描きました」と語っている。
 この思いを込めた映画の最大の魅力は雄大な自然の美をカメラの中に創り出したことである。不意に湧き起こる白い雲、光輝くさざ波、西日が燃える見事な夕景とそれを逆光でとらえた影絵のような世界。もちろん前筆の水中撮影も十分堪能できる。またバジョ族の人々の海の上に建てられた簡素な住居や、小学校の校舎なども印象に残る。数えあげたらきりがないほど生きた映像美の世界を映し出している。

希望という視点
 映画は、現代の環境問題を厳しい眼差しでとらえる。インドネシアでも世界の他の国でも、気候変動は年々予測不可能になってきている。こうした変化は現在、多くの国の漁師たちの生活に葛藤を生み出している。海は彼らに対してもはや昔のように友好的ではないため、漁師たちは前のように海をよむことが出来ない。さらに、天然資源の開発により漁師たちの生活を支える資源も減少している。
 そうした現状の中でも、この映画はインドネシアの海を希望という視点で描こうとしている。ワカトビのバジョ族は海に近い場所で伝統や土地に根づいた知恵を用いて海を守っている。この人たちがインドネシアの海域に存在する意味は大きい。問題や葛藤は多いがその中で希望を持って生きている。少女パキスも自らの文化や未来に対する不安が徐々に薄れていく。パキスが木の枝に飾った鏡から反射する光が切ないほど美しい。

 またひとつ、知られない世界への案内ができた。バジョ族と共に至極の100分を楽しんでください。
(飯川)

ひとくち感想

◎大変よかった ○よかった ◇普通 ◆あまりよくなかった □その他

パキスにはミラーは何のシンボルだったのか? 割られ、なくなっても永遠のものだったか…。ピュアな心が行きかう!(82歳 男)
大変すばらしかった。自然のサイクルは昔から続けられ勝手に破壊してはいけない。白ぬりをぬぐい去った母親の顔はすばらしい美人だった。(76歳 男)
美しい海と海上生活者の日常がよく撮れた映画だった。知らない世界を見せてもらった。(73歳 男)
ワカトビの美しい海域、すべてが絵になる景色でファンタジーを見ているようでした。思春期に入る少女の心情をよく表わしていたように思いました。環境汚染の続く地球に、海のジプシーの存在はとても不思議でした。(71歳 女)
海を背景にした一人の少女の壮大な抒情詩というところでしょうか。感動しました。テンポ、映像、音、すばらしかった(70歳 男)
海で共に生きる人々の情愛、絆、友情に癒されました。(68歳 男)
なかなか見る機会のないインドネシア映画を見ることができてよかったです。海とともに生きる人たちの生活と心のあり方、興味深く、子どもたちの純粋さやたくましさや傷つきやすさが、よく描かれていた。歌もよかった。(66歳 女)
子役二人の演技でラストまで、楽しませてもらいました。水上生活のこと、少し知ることもできました。(64歳 男)
なめらかな水の中を、海亀や色鮮やかな魚たちが泳ぐ。植物の茎を並べた床の透き間からきらめく波がのぞく家に住み、ささやかな木舟に乗って海の恵みを受けて暮らす人々。広い空と海に抱かれた、伸びやかで素朴な生活だ。しかし、少女の父は、ある日漁に出たきり戻らなくなる。白塗りにした母の顔は、生還への祈りか。喪に服する悲しみか。言い寄る男たちへの拒絶か。必死に働き、娘に笑顔で接することもできない。少女は、真実を映すという「鏡」に元気な父の姿を求め続けるが…。家々から盗んだ鏡を島の樹に花のように飾る「儀式」をした日に、父の舟の残骸が見つかる。ショックではあるが、母娘は、「消息のわからない」という混沌とした苦しみからは解放され、寄り添う人たちの愛で、又、前へ向かえそうだ。南の海でも、気象現象や、海の状態、生物との遭遇などで、突然家族の元から姿を消す人が多いのだろう。情報や装備の充実で少しでも守れないだろうか。世界には、力の差、経済的な差により、安全、健康、幸福感が得られず、失われてゆくたくさんの命がある。一人一人が「利己心」の醜さを映す「鏡」を持って生きたら、「優しい世界」になるだろうか。(62歳 女)
神戸アートビレッジセンター初めて来ました。お天気悪い中たくさんの方でびっくりしました。インドネシア映画という事で感動しました。人、海、空、少女がとっても良かったです。(58歳 女)
「お父さんはまだ生きている。行方不明になっているだけ」という娘。「お父さんはもういない。現実を見つめなさい」と言わんばかりに鏡をたたき割る母親。どちらの気持ちもよくわかる。母親がパックを解くことができた唯一の相手である先生とはお互いに恋心を抱いていたにちがいない。(56歳 男)
映像がきれい。子供の素直な純な世界に感動しました。(匿名)

私の知らない生活があって自然と一緒に暮らす、地球をいつまでも美しく、自然と生きたい。(74歳 女)
静かできれいな映画でした。人は確かなものを手にして納得する動物だなと思う。そして次に歩みだす。(72歳 女)
海が空の鏡のようでしたね。水上生活のたいへんさと、おおらかさを感じました。子ども達のむじゃきさと悲しみも感じました。(69歳 女)
雨の中を来て良かった。(68歳 女)
ワカトビ周辺に住む人々の日常がよく伝わってきます。海上の家の生活、海とともに生きる人生を肯定する少女パキスと、都会に出ていきたいという少年ルモを描くことで、バジョ族の人達がおかれている状態がわかります。イルカを研究する都会から来たトゥドを交えて母と娘の感情の交錯は映像的にとても面白くみせてくれます。そして父の死を受け入れたパキスが頁をめぐるように成長していくのだなと思いました。(61歳 男)

英語圏では「鏡を割ると7年不幸が続く」と言うとか聞いたことがありますけど、インドネシアではどうなんでしょうか? いずれにしても「鏡」に託された象徴が、結局何であるのかを、最終的に捉えることが出来ず、ちょっと置いてきぼりにされた感あります。唐突に出される東日本大震災津波TVニュースを眺めるシーンにも戸惑いました。神話的なものを想わせる風景の美しさには目を奪われましたが…。少年の歌声も素晴らしかったのですが、ラストのクライマックスシーンでも翻訳字幕をつけて欲しかったなア。リクエスト:ドイツ映画の「ありがとうトニ・エルドマン」を上映して頂けると嬉しいです。(65歳 男)
この作品は二度目なのでsit backして観ました。二度目というのはstory展開に追われていた一回目と違い、セリフの奥が読める良さもありますが、この映画を観たかったという感激はなく…(当然ですが)少しダルイ気もあります。水上生活という湿気っぽい生活ってどうなのだろうと思いつつ観ました。自然災害もあるだろうと…そこへ東日本のことがあり、又、パキスと村の子との幼い恋、トゥドと母子の三角関係のような恋もあり。自然の美しさと共にいろいろ見応えがありましたね。(64歳 女)
母親とイルカ研究者はこの映画には不要だった。少年二人の存在が清々しかったのに…。(65歳 女)

大自然の映像はすごかった。(62歳 女)
女性の顔面白ぬりが気になった。どのような人がぬり、どのような人がぬらないのか? いつぬって、いつぬらないのか?(終盤まで四六時中、白ぬりだった主人公の母は、最終盤は、ぬっていない)そして、どのような意味があるのか? 単なる化粧だけでもないようだし…。(54歳 男)

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