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1月例会


HP用01月

解説 

生きることの素晴らしさを教えてくれる

 『幸せのありか』の脚本は実際の出来事をもとに書かれた
 1980年代、ポーランドが民主化へと大きく揺れ動いた時代、社会が変動する中、脳性麻痺の障害を持って生まれたプシェメク(映画のきっかけとなった人物の本名)の今日に至るまでの生涯を描いた作品である。
 「マテウシュ」という名前で映画に登場する男性の人生が、家族との関わりや近隣の人、医療職の人たちとのやり取りを通して描かれる。
マテウシュは植物人間と診断されるほど重度の障害の持ち主である。母に落し物の場所を知らせることもできないし、去っていく初恋の相手を引き留めるための言葉も語れない。彼を無視する職員に自分の存在を知らしめるためには階段から転落するしかない。彼の発声器官はいうことを聞かず、四肢は勝手に動いてしまう。彼を深く愛している母も父も彼とコミュニケーションが取れない。知的障害がないと強く信じている母にも、彼の考えや気持ちがわからないのである。  
 言葉が自由に使えても心の内はなかなか伝わらないのに、彼は言葉を満足に使えない、思ったような表情もジェスチャーもできない。フラストレーションはどれだけのものだったろう。彼の辛さや人生の不条理さに対する怒りの大きさは想像を絶する。

両親の愛、魔法使いの父
 そんな状況にあっても、母親は大きな愛でマテウシュを包み込み、父親は普通の元気な息子として接している。特に興味深いのは父親の存在で、威厳があるでもない普通の親父だがマテウシュの人生を左右する存在として描かれている。床に転んだマテウシュをそのままの姿勢で引きずったり、「男ってのは怒りや異議を示す時、テーブルに拳を叩きつけるんだ」とマテウシュの不自由な手首を掴んでテーブルに叩きつけたりする。そうかと思うと、マテウシュを膝に抱えながら夜空を見上げて、「星は止まって見えるが、本当は違うんだ。けんかみたいに動きまわっている。でも俺たちの目では追いかけられん」などと天空のロマンスを聞かせたりする。マテウシュは父親のことを密かに「魔法使い」と思っているのだが、母親とは違うアクティブな父親の愛し方は、マテウシュの男の部分を大いに刺激する。1989年6月4日、つまり当時社会主義政権下のポーランドで第一回目の自由選挙が行われた日、
 父親は「連帯」の勝利の宴に酔って夜更けに帰ってきて「星のけんか(花火)」を窓越しに見せてくれる。父親はこの後死んでしまうのだが、この父親の存在がマテウシュの今後の生涯に大きく影響する。

ナレーション
 この映画が始まり12分過ぎからナレーションが入る。もし全編をナレーションなしで見たとしたら、観客は、彼を取り巻く登場人物と同じ立場で見ることになっただろう。彼の考えていること、言いたいことが全然わからないという状態である。ナレーションのおかげで彼の考えていること、感じていることが、事細かにわかり重苦しく沈痛なものでなく、ユーモアのある明るい感じの作品に仕上がっている。ナレーションで、マテウシュが聖人君子ではなく生身の男性だということも丁寧に教えてくれる。看護師の胸を見て点数をつけたり、彼を入浴させる担当職員と一緒に雑誌に見入る場面などは傑作である。また自分を分かってくれる美しいボランティア、マグダの登場に夢のような恋の日々が続くが、夢は続かず地獄を味わうことになる。その希望と絶望もナレーションによって手に取るようにわかる。そしてついに決定的な人生の転機を迎える。まばたきにより意志を伝える方法を手にいれるのだ。「私 植物 違う」一番の感動シーンである。

絵文字
 この映画の中で登場する難解な文字はブリスシンボルと言われる絵・絵言葉のシステム。百種類の基本絵文字を組み合わせることで多様な文章表現を可能とする絵言葉である。しかしこの文字は使い方を知らないと分かりにくい。映画の中で手に持ったシンボル図表のページをめくるところなど、クローズアップして見せていないのは、見てもすぐにはわからないからだという。この映画では視力の健全なマテウシュがこの文字を通して意志を伝えていく重要な絵文字である。(詳しくは背景を参照)

生きることは素晴らしい
 プシェメク=マテウシュの物語は生きるということ、死、真実、愛、そして普通とは何か、理解する事とは、という事について我々に問いかけてくる。人生には喜劇も悲劇もある。映画はその両方の面を描きだす。この映画の監督・脚本のマチェイ・ピェブシツアは、「この映画はフィクションであると同時にドキュメンタリーでもあります。多くのシーンは実際の精神病院で撮影され、何人かの患者にも出演してもらっています。『幸せのありか』は、実に普遍的でポジティブなメッセージが込められたストーリーです。あきらめないこと、限界の障害にぶつかっても人生を楽しむこと。幸せはひょんな瞬間から見つかること。私はマテウシュの物語が、世界中の観客たちに理解され、そして皆さんの心の中で生き抜くであろうと信じています」と言っている。
 神戸映画サークルでは、ベトナム枯葉剤の『花はどこへいった』や耳が聞こえない子供たちの『音のない世界で』など、障害を持ちながらも懸命に生きていく子供と周りの人たちの生きざまを見てきた。しかし、この映画はそれらの作品と趣が違い、障害を持つ側からの視線で描かれる。心の内を見ていくうちにだんだんマテウシュに感情移入して行く。知らなかった障害者の気持ちを経験して行くうちに生きることはこんなに素晴らしいものかということを再認識させられる。

ダヴィド・オグロドニク
 この映画をこれほどの感動作に仕上げたのはマテウシュ役の少年時代と、青年時代の役者である。特に青年マテウシュを演じたダヴィド・オグロドニク。彼の卓越した迫真の演技には魅了される。純粋な瞳は無言の思いを映し、生きようとする真っ直ぐな姿勢に私たちは深い感銘を受ける。
自信に満ちたマテウシュ
 この映画はポーランドの歴史を絡めつつ障害者マテウシュの人生を感動的に謳い上げた。ここが単なる障害者を描いた映画を超えて観客に訴えてくるのである。しゃべれなくても身体が不自由でも、こんなに豊かな感情が人間には流れているのだということに気づかされる。感情がなくならない限り、人間に終わりはないのだ。
 ラストシーンでは、花火とともに消えた父親を偲ぶように、望遠鏡で夜空を観察しているマテウシュの顔がクローズアップされる。その表情は自信にあふれており、言葉こそ発しないが、観客に訴えるような視線は実にパワフルである。
(飯川)

ひとくち感想

◎大変よかった  ◯良かった  ◇普通  ◆あまり良くなかった  ☐その他

すごく感動しました。(78歳 女)
すばらしい映画でしたね。「僕は植物ではない」、「人間」「僕は生きたい」。人間の尊厳の表したもので言葉で言う以上のものがある。子供さんも俳優さんですか。(74歳 男)
特殊な表現法を覚えて「ぼくは植物ではない」と言った時、涙が出てしまいました。施設を変わらされようとした時も不自由な体で立ち上がり、こぶしで机をたたき抗議する、全身でぶつかる姿に感動。体の不自由な人への理解を深めなければ、そして私自身、彼らに見習って、良く生きなければと反省でした。(74歳 女)
見て良かった。わたしも人をこちらの一方的判断で決めつける事がいかに多かった事か。(74歳 男)
俳優が演技していたことがわかり、ビックリ。最後に違和感のない所を自分で選んですごいです。『奇跡の人』から約一世紀。あの時は金持ちしか、そんなことはできなかったけど、今はそうでない人もできるようになったのかな?日本はどうなんでしょう。(71歳 男)
障がいに目を奪われ、一人の人間として、相手に接する事の大切さを改めて思いました。個人的なことですが、職業として障がいをもった人達とかかわってきて、退職後はなれていましたが、微力ながら彼らとかかわっていこうと思いました。ありがとうございました。(71歳 女)
どんな人にも意志があることを心に留めたい。わかろうとしる心が人を結びつけると思う。それがしあわせにつながるということかな? 演技力に敬服、みんなにしあわせを!!(71歳 女)
意思を伝える術が無いということの絶望感からは遠いところにいるが、果たして、素直にいつも、どこでも、だれにでも意志を伝えられる人間かどうか自身を考えた。(71歳 男)
長い間、自分の気持ちをわかってもらえなくて、つらかったね。(70歳 女)
とても感動しました。役者の演技もすばらしかったです。(69歳 男)◎健常者として見ていて辛かったです。マテウシュを演じられた俳優さんの真に迫る役づくりは全く感動でした。(69歳 女)
障害者が主人公の映画は、初めてでしたが、感動しました。障害者の目線でえがかれていて、又、俳優さんの熱演にも(子役の人も含めて)本当に脱帽!どんな障害があっても、その人の可能性を見出すことの大切さを強く感じた。(68歳 女)
通俗的表現でしかありませんが、感動ものでした。適度にユーモアも散りばめて。しかし、よくかみしめると、いろいろな問題もあるし、障害者のことだけでなく、もっと普遍的なことにも帰結します。とにかく「大丈夫」の精神というところか。(68歳 男)
心に届く会話とメッセージを、を思う。(68歳 男)
彼は必死で「いかり、愛、生」を伝えようとした。私たちはその手段も言葉もあるのに…、伝えなければならに事も伝えきれない。すごくいい映画でした。障害はその人の特徴です。(67歳 女)
ラスト、やはり今までの施設に残りたかったんだ!人間として生まれて障害があってもいい人にめぐり会えると人の心まで変えてしまう…。すごい映画でした!(67歳 男)
予告の時に演技とは思えないほどすごいな、と思っていましたが、とにかく脱帽です。ぼくは植物ではないとわかってもらった時、感動の泪出ました。久しぶりでした。(67歳)
私は植物ではない。私は生きたい。これは全ての人々の心です。それにしても役者がすごい。脱帽。(66歳 男)
自らを語ることのできない苦しさ。また、そこから解き放たれ自らを語ることの歓び。そして、友と共に活きていくことでの生への充足を表現した秀作だと思う。(66歳 男)
よくぞ上映して下さいました。多くの方にみていただきたいです。(65歳 女)
私には、身体的には普通、発達遅れの息子がいる。歯の治療で全身にネットをかけ、押さえつけてしたことを思い出し、涙が出てきた。そのときは必要だったが、私もつらかったのをがまんしていたんだ、と気づいた。(64歳 女)
私たちはことばを得て、人を理解するのにどれだけ不自由になったのだろう。マテウシュが?ヨラ?さんに会えて、ほんとによかった。(64歳 女)
人を見た目で判断しないことを学びました。(62歳 男)
実際にあった話ということに驚きました。ひと一人の人生の重いこと。自分たちが理解できないからといってあだやおろそかには、出来ないということ。口笛の曲が映画の雰囲気に合っていて、とてもよかった。(61歳 女)
知的障害者、精神障害者の施設で仕事をしているので、たいへん感銘を受けました。(59歳 男)
障害者が一人の人間として、尊厳をもって生きていくことの難しさをユーモアをまじえながら教えてくれる映画でした。最後の「僕は生きたい」という言葉に涙が出ました。(55歳 女)
ボランティアで施設に来ていたあの彼女が突然来なくなったのは、おとうさんの猛反対に遭ったに違いない。彼のお姉さんが彼に冷たくした気持ち、わからなくはない。義理の兄さんの「仲良くしよう」は、一体どういう意味なのか、腹立たしい。お姉さんにDVでもやったのか?(54歳 男)
多様性を理解し、分かち合う難しさ。しかし、分かち合えた時の感動は、とてもすばらしいですネ。素敵な映画ありがとうございました。カフェでご紹介頂いた『愛と哀しみのボレロ』是非見てみたいので上映お願いします。(51歳 女)
「映画を通して世界を知る」の「世界」のなかに、こんな世界があるんだ、と思いました。生きづらい人たちの心の声をきけました。ありがとうございました。??高校生の一般の料金が一三○○円はちょっと高いです。(バイトもしていないので)一○○○円ぐらいになると、お試しに来やすいと思います。ご一考をお願いします。??(50歳 女)
マテウシュの苦しみは、とても理解できます。境目にいる立場はとても苦しい。人間だから上にあがりたい。(49歳 女)
障ガイ云々のことより、人を向き合う上で様々な先入観が交流をさまたげているなぁ、と省みました。いつもながら、サークルの映画の選択に感謝です。(46歳 女)
自分の意思を伝えるという「普通」のことができないことのもどかしさを、心はいたって普通の男の子通じて描いている。スケベ心一つ相手に伝わらない。伝えられない苦しみは、私達には想像もできない。終盤でようやく母親に言葉を伝えたときのうめきが喜びと辛さが混ざりすぎて分類できないのは何とも皮肉だ。ラスト、父親に教わった方法で怒りを示すマテウシュ、も涙を誘う。(27歳 男)
久し振りに観れました。良かった。やっぱり映サの例会はいいですね。
抜群の両親、ゆったりとした佇まい、美しい自然、実在の話に基づくということが美しい。人間の可能性の讃歌でもありますね。
久しぶりに映画を見ました。いろいろな障害があります。小さい時から手厚い指導があればいいですね。(女)
人間は誰でも障害があろうが、なかろうが自分をわかってくれる人が数人いれば?幸せに生きられる。(震災復興住宅みたいなものかな?)スピーチセラピストや医者、家族、心やさしい患者仲間、マテウシュにはそれで十分だったのかもしれませんね。(女)
久し振りの例会参加でした。とてもいい作品をありがとうございました。俳優の方の演技が素晴らしかったです。最後のシーンを観る迄、本当に障害の方かと思う程でした。
見逃していたのを上映して頂いてありがたかったです。希望作品『ハンナ・アーレント』『パプーシャ黒い瞳』

障害者の思い、考えにもっと気をつけてあげたいと思いました。二度目ですが、表面的なところで人を判断しないように、とか、大事なメッセージも受け取れるような気もしました。(64歳 女)
「私は植物じゃない、生きたい」。強いメッセージを年明け早々にありがとう。昨年は戦後70年でナチスの人権を踏みにじった映画を多く観ましたが、障害者に対する人権も、今あらためて考えなくてはいけませんね。(62歳 女)
障害者、認知症の老人、接することはむずかしいな、と思ったけれど、その人のことしっかりみないとな、と思った。(59歳 女)
きれいで気持ちのいい映画でした。自分の思いが伝わらないのは本当に苦しくて辛いものだと思いますが、マテウシュの明るく前向きな性格が画面にあふれていました。そして、ラストシーン、彼が立ち上がるシーンは圧巻でありました。彼は何に対して怒ったの?か?、考えました。(59歳 男)
○主演のあの俳優さんは前歯抜いたのでしょうか?子供の頃の子役さんも、熱演ですよね。終盤の「私、違う、植物」に26年の思いがこもっていて、涙があふれました。(49歳 女)

とても心に残る映画です。風景も音楽も…。家族が変化していく様子やお母さんが老いていく様子を見て、現実を受けとめつつ自分らしく、よりよく生きる道を選んでいく主人公をみつめていました。(73歳 女)
この手の映画は身につまされるので、本当は見たくないのですが、家族、周りの人々の強さに支えられて、心よりの叫びがすごかった。邦画にはこの強さがない。(60歳 男)

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