2021年9月例会『ビリーブ 未来への大逆転』

世紀の〈男女平等〉裁判に挑み 時代を切り拓いた R・B・G 若き日のストーリー
 1993年にアメリカ史上二人目となる女性最高裁判事に任命されたルース・ベイダー・ギンズバーグ。自身のキャリアのなかで幾度となく男女差別の厚い壁にぶつかってきたルースは、弁護士、法学者、判事として、男女平等や女性の権利のために長年闘い続けました。
 『ビリーブ 未来への大逆転』は、昨年9月18日に87歳の生涯を閉じた彼女の若かりし頃(23歳~40歳頃)、いかに道を切り拓いたのかを描いています。

物語
 1956年秋。結婚し一児の母でもあるルースは、名門ハーバード大学法科大学院に入学。当時同大学で法律を学ぶ500人の生徒のうち女性の新入生は9人。弁護士になる夢へと歩み出した矢先、一学年上の夫マーティンが癌を患ったため二人分の講義を受講し、家では夫の看病と育児をこなした。その後、快復したマーティンの就職に伴いコロンビア大学に移った彼女は首席で卒業するが、女性だからという理由で、雇ってくれる法律事務所はなかった。弁護士への道を閉ざされたルースは、大学の法科教授となる。
 それから10年後、ルースは学生たちに性差別と法について教えていた。憲法では「すべての人間は法の下に平等」と定められているのに、「女性は残業禁止」「夫の名前でしかクレジットカードが作れない」など、男女差別を認める法律が数多く存在していた。教授としてキャリアを築きつつも弁護士の夢を捨てられないルースに、税法専門の弁護士であるマーティンがある訴訟の記録を見せる。ルースはその訴訟を法律により容認されている男女差別撤廃のための突破口にしようとするのだが・・・

互いを敬い 支えあう ふたり
 ロースクール入学に始まる、在学中から就活時のエピソード。貧しいユダヤ人家庭に生まれ、「すべてに疑問を持て」という亡き母の言葉を胸に努力を重ねてきたルースの並外れたバイタリティと、法の下の平等を実現すべく法律家を目指す志の強さが伝わってきます。
 そして、家事と育児を分担し、常に妻の最大の理解者であるマーティン。ルースの高い能力を評価し、時に励まし、献身的と言っていいほど寄り添っています。モダンで素敵な夫婦の関係に、時代の先駆けを見る思いがします。

「法の下の平等」へ 標した一歩
 物語の後半でスポットが当てられたのは、ルースの弁護士としての最初の裁判で、1970年代初頭に行われた「C・E・モリッツ対内国歳入庁」の事例でした。
 原告モリッツは認知症を患う母親の介護のため看護師を雇ったが、その費用の税控除が認められなかった。同じように看護師を雇っても、独身男性以外は控除が受けられる。これは独身男性に対する法的な差別だということで、「女姓に対する差別」ではなく、「男女の不平等」に着目。性別役割分担や家父長制に則った家族観、「男らしさ」「女らしさ」の価値観が、女性のみならず男性の選択肢も制限し、その自由を損なうことが、ルースの言葉やモリッツの姿を通して示されました。
 口頭弁論で、ルースは性差別が規定された100年前の判例を持ち出し、その後その判例に倣うことで積み上げられた性差別の実態を「負の連鎖」と称し、これからの未来において「あなたたち判事は前例をつくることができる」と諭し、合衆国憲法における「法の下の平等」には性別は明記されていないことを判事に言わせます。これが決め手となり、論理的矛盾を抱えた過去の判例は破棄されることになったのです。

事実に基づき 甥が脚本化
 本作の脚本はルースの甥(マーティンの妹の息子)ダニエル・スティープルマン。2010年、伯父マーティンの葬式で弔辞を聞いている時に脚本を書こうと決意、米国議会図書館で1960年代から70年代にかけてのルースのファイルを調べ、伯母本人にも取材。ルースは法が正しく描かれることに最もこだわり、「肝心なのは趣意書の作成だとわかるようにして。それが勝敗を左右するの。口頭弁論だけじゃないのよ」と彼に語ったそうです。
 控訴裁判の趣意書の準備で、口述筆記をする秘書が”sex”を”gender”と修正してはと提案する場面があります。「sex=生物学的性」と「gender=文化的・社会的に期待される性差」の概念が普及しておらず、「sexが人格や人生を規定する」という考えを法曹のトップが自明のこととして語る時代に、固定観念への一石を投じることとなった大きな意義が伝わってきます。

時代の空気を知る 監督の共鳴
 「法廷は天候に左右されないが、時代の空気には左右される」というフレーズが何度か出てきます。
 画一的なスーツを着た白人男性の人波の中でワンピース姿のルースが際立っていた学生時代に対し、1970年代にはルースが教える人種的にも多様な学生達や彼女をサポートする秘書など様々な女性が活躍する様子が見られます。時代の変化を端的に視覚化した監督ミミ・レダー。
 「ルースは男女差別について教鞭も執り、その講義は70年代のムーヴメントを促すまでになりました。私もその時代に青春を送り、デモに参加したんですよ。・・・この映画を私が監督する可能性があると知っただけで衝撃を感じましたね。自分が空気のように知り尽くしたテーマでしたから」と語る監督の思いは、ギンズバーグ夫妻の15歳になった娘ジェーンに投影されています。
 ジェーンは活動家の集会に参加するようなアクティブな少女で、裁判の協力を求めた米国自由人権協会の旧知の弁護士や憧れの先達に冷たくあしらわれて八方ふさがりとなっていたルースと一緒に出かけた時、街中での卑猥な言葉に反論、母のルースに「時代は変わった」と気づかせます。
 ジェーンと同世代であり、自身も男社会のハリウッドで娯楽大作を手がける女性監督の道を切り開いてきた監督は、ジェーンのセリフ「私のために闘って」を借りてルースにエールを送っているのです。
映画のクライマックス、法廷で劣勢と思われたルースが毅然とした弁論スピーチで歴史的な逆転判決を勝ち取り、爽快なラストを迎えます。
 しかし、人種や性の差別は根深く、日本はもちろん、世界のあちこちで未だ続いています。ルースの努力を引き継ぎ、さらに次の世代に受け渡していくために・・・
 エンディングのテーマ曲「Here Comes The Change」(さあ 変わる時が来る)を耳に、心の拳を固く握りしめたくなります。(ゆ)