2021年4月例会『お名前はアドルフ?』

解説

そこまで本音をぶつけ合って大丈夫!? 刺激的なカタルシスの会話劇

■旋風を起こした舞台を映画化
 あなたも私もこの世界に生きる人全員が生涯をともにするもの、それが「名前」。人生を左右するほど重要なものであるにもかかわらず、基本的には自分では選べません。そんな「名づけ」をテーマにしたフランスの舞台が2010年にパリで初上演され大成功を収めました。子供にアドルフと名付けてよいのかどうか?その問いに対して考えうるあらゆる答えを、機知を巡らせ提示した作品で、映画化もされてヨーロッパで大ヒットを記録しました。アドルフとはもちろんアドルフ・ヒトラーのこと。元々ドイツでは人気のある伝統的な名前で、現在もその名をつけることが法律で禁止されているわけではないが、当然ながら戦後生まれの男の子にはほぼ皆無となりました。この作品の製作陣は舞台をパリから旧西ドイツの首都ボンへ移し、ナチズム(国家社会主義)に対するドイツの戦後75年の「本音と建前」にたっぷりユーモアとウィットを盛り込み、ドイツの今を描き切った作品に仕上げています。

■名前
 ドイツのボンに住むシュテファンとエリザベト夫妻が、ある日妻の弟トーマスとその恋人アンナ、幼なじみのレネをディナーに招待します。トーマスがもうすぐ生まれる子どもの名前はアドルフと発言したことをきっかけに、舌戦の火ぶたが切って落とされます。
 生まれてくる子どもにアドルフと名付けるという爆弾発言に対し、実にさまざまな意見が交わされます。「アドルフ・ヒトラー」にまつわる歴史に関することは、すべてのドイツ人の心の中にあるであろう、第二次世界大戦の苦い記憶。時が流れてもそこは変わらないのだということを思い知ります。
 そしてアドルフの代わりに挙げられる名前に対して、ことごとく反論するトーマスの言い分も興味深く、「そういう返しがあったか!」と驚く人も少なからずいるでしょう。
 アドルフなんてとんでもない!と止める3人との口論は、世界史・政治・宗教・芸術と、あらゆる角度からの壮大な「アドルフ是非論」へ発展。名前とは一体何なのか、人はどんな思いで名前をつけるのかということを、とことん話し合う5人。歴史や宗教、文化など、あらゆる角度から「名前」について語る会話に耳を傾けていると、知的好奇心がくすぐられます。
 次々とあがる独裁者や芸術家、そして皇帝の「名前」という斬新な視点から私たちは世界史を俯瞰することになります。さらに国によって異なる名づけの規制や制限に驚き、伝統的な名前に込められた深い意味に感銘を受け、一瞬も気の抜けない90分となること請け合いです。

■個性の強い登場人物
 会話劇を繰り広げる五人は個性豊かな面々ですが、中でも特に癖が強いのがシュテファンです。物語の冒頭、ピザ屋が間違えてシュテファン宅へ配達に来てしまうのですが、「うちは注文していないよ」と言えば済むものを、「ピザの値段が高い」などと難癖をつけてピザ屋に食ってかかります。あっけに取られているピザ屋を徹底的に論破するシュテファン。身近にこのような人がいたら、ちょっとゲンナリしてしまうかもしれません。
 そんなシュテファンと「アドルフ」という名前について激論を繰り広げるトーマスは、シュテファンを「エセインテリ」と言い放ちますが、どこか人を見下したように話すところに、トーマスは「エセ」っぽいと感じたのかもしれません。
 そんなトーマスもお調子者で、ちょっと自分勝手なところがある人物です。恋人のアンナとの間に子どもが生まれるものの、アンナは生まれる前から子育てに非協力的な発言をするトーマスに不満を持っています。そしてインテリぶりをひけらかすシュテファンを皮肉り、レネを意地悪なあだ名で呼んだりするところもあり、そうかと思えばレネの秘密を知った時に喚き散らす姿は、まるで駄々っ子です。
 こんな癖の強い二人とともにいるエリザベトとアンナは大変だろうな…と思うのですが、彼女たちも黙ってはいません。誤解はあったものの、生まれてくる息子の名前をけなされた時に「許せない!」とばかりに自分の想いを爆発させるアンナ。
そしてなんといっても物語の終盤、言いたい放題やりたい放題のシュテファンとトーマスに向けて大爆発するエリザベトの「演説」は物語最大の見せ場といっていいでしょう。いまだ抑圧される女性たちの本音を代弁する彼女の発言に喝采を送らずにはいられません。そして、シュテファンとトーマスのやりたい放題にうんざりしているだろう私たち観客の留飲を下げてくれること間違いなしです。
 音楽家のレネは終始五人の中でも控えめで平和主義を貫いていたため、終盤の彼の発言は破壊力抜群でした。彼の秘密が明かされる時はそれまでの構図がガラッと変わる面白い場面です。
 そこまで本音をぶつけ合っちゃって大丈夫!?と思うほどのバトルを見届けた観客にも、刺激的なカタルシスが送られる痛快な一作。または、笑うに笑えない問題作?です。
(陽)
【参考文献】パンフレット

ひとくち感想

◎大変よかった ◯良かった ◇普通 ◆あまり良くなかった ☐その他

前半のコメディタッチと後半のシリアスタッチの落差にびっくり。「それを言ったらオシマイ」的なことを言うところに日独のちがいを感じた。いい悪いでなく。(76歳 男)
大変、大変おもしろかったです。舞台をみているみたい。ドイツ語のせいかグサっと胸にくるみたいです。エリザベトの台詞は、そうだ、そうだと共感しました。俳優さんたちの演技、台詞、強烈でした。(72歳 女)
議論が凄かった。ヨーロッパ人の議論好きを肌で感じた。小学校からの教育の賜物か。日本ではそうはならない。アドルフ・ヒトラーが焦点となるかと思ったが、それぞれの過去や考え方が議論になり、歴史も踏まえ、聞き応え(?)があった。最後のエリザベトの女性が家事を押し付けられることへの鬱憤が深まって爆発する所は同じ女性としてスカッとした。あんな風に言えたらスッキリするだろう。森発言の古い古い家族観の日本から先進的なドイツのジェンダー平等の世界へと突然引き込まれ、互いに平等に発言する家族を素敵だと思った。(70代 男女)
極めて知性的で機智に富んでいて、それでいて下品で猥雑なエスカレーション会話ストラグルを堪能させて頂きました。原題『ファーストネーム』に因んで、オープニング場面で役者さんが皆、ファーストネームだけでしか紹介されてない「お遊び」もウマい。(69歳 男)
一時間半「言葉のボクシング」覚悟で作品を見にきたのですが、誰を軸に話が急展開するのか、目が離せない映画でした。(62歳 男)
会話のひとつ、ひとつ、おしゃれでおもしろかったです。楽しい映画でした。(62歳 男)
ドイツでも女性が料理、片づけ、すべてやるんだなあ。エリザベトのバクハツの後、何かがかわったらいいけど。(匿名)
楽しかった。どこの人間も同じ様になにかある?(匿名)
ヘンリエッタ(多分)に乾杯!最後にはエリザベトの「わきまえた(・・・・・)」末のバクハツ。(女)
「アドルフ」と名付けることがドイツ人にとって、とんでもないことという感覚が理解できました。こういうことはありえないだろうけど、皮肉や風刺がいっぱい盛っていて、おもしろくって、よく笑った。ほんねで議論していることはすごいな!と思いました。(75歳 女)
「よかった」に一票。見終わってしばらく後になって、この映画が一番言いたかったのは、結局エリザベトの爆発演説だったのかと得心しました。それはともかく、日本人の間でこんなに徹底的に議論する事はないし、ここまでいくと人間関係は当分修復できないと思うのに、ドイツ人や、元の演劇でのフランス人などではそうはならない様なところを見ると、羨ましいです。国民の大事なことが、ヨーロッパでは皆の関心事として深まるが、日本では政府・官僚の決めることをマスメディアが垂れ流しし、議論の深まらないまま進んでしまう昨今を憂います。(74歳男)
私のまわりから失笑も、ある時拍手も、私は今いちわからんというか、えへへ難しいかな。なぜか最後のオチは最初と大違いでした。その世界はすきだからまた見に来るのですが。この間のむずかしいですね。(ロビーで少々わかった)(73歳 女)
舞台の映画化らしく、テンポのよい会話で、命名のうそから想像もしなかった展開へ。心地よいとは言えないが、面白かった。名前を巡るウンチクもおもしろかった が、子供がアドルフにならなくて正直ほっとした。癖の強い人たちの本音のぶつけ合いはどうなることかと思ったが、そのおかげでレネが秘めた愛を告白できてよかったのかも。子どもの誕生に集まった顔を見ると、時に本音をぶつけてわかりあうのも、 よい?(70歳 女)
姉婿と弟が子供の名前をめぐってのやりとりにエキサイトした。弟がレネを殴打する気持ちがわからなくない。(69歳 男)
次から次へとびっくりすることがおきる。本当のことがわかって、おもしろい展開。じょうだんとは思ってなかった。人のきもちがすなおに出てた。「ママ」が一番おもしろい人だと思う。(67歳 女)
タイトルを見た時に「アドルフに告ぐ」(手塚治虫)を思い出した。しかも、ドイツでもネオナチがいること、あるいはヒットラーに対する人気は根強いとも聞いているので、名前をつけることぐらいと思っていた。でも、この映画のようなインテリで、ちょっと著名人の間では論外なのだろう。シュテファンがアンナをののしる迫力にそれを感じる。そして、この映画の面白さは、このアンナが来てからだ。アンナを「アドルフ好きな女」と思い込んだ左派のインテリが、日頃から思っていることを言葉に出してそれが連鎖反応していく。すべての嵐がさったあとで、日常は変わらないと終わるのもいい。(65歳 男)
ヨーロッパの家族間の会話はあらためてシビアだと思いました。先週『ハッピー・バースデー』(カトリーヌ・ドヌーブ主演のフランス映画)でも、一人異分子がいると、そうなりますね。日本映画の家族を描いたものは、もの足りなさを感じますね。(60代 女)
日本人にはない会話のエッセンスが面白かったです。(54歳 女)
四人が幼いころからの知りあいという設定がおもしろい。理屈っぽいダンナ、おおらかな妻、弟、弟のように育った幼なじみ。深い関係だからこそ、本音トークになるにつれ激しさをます。お母さんがはつらつとして元気だと思ったら、あのオチですか?って感じです。(匿名)
ひさしぶりの参加。ドイツのお笑いとして楽しめた。私も空気を読めるように、冗談もいいたいことも言えるように、これからの人生を楽しみたい。(59歳 男)
人間と単なる動物の違い。人間は文化を持っている事を知らせてくれる映画だった。(82歳 女)