2021年3月例会『風の電話』

【解説】

「喪失」から「再生」の道をたどる旅

 「もし、天国にいる大切な人に自分の思いを伝える事ができたら…」。そんな実在する電話ボックスに触発されて作られた作品が、3月例会作品『風の電話』です。
 ご存知の方もあると思 いますが、岩手県大槌町にある「風の電話」にはもちろん電話線はありません。でも、亡くなった人とつながっています。作られたのは佐々木格さん。病気で死別した仲の良かった従兄弟と話をしたい、そんな思いから東日本大震災直後の11年4月に完成したものです。丘の上に建てられた庭園の中にひときわ目立つ白い電話ボックス、中には黒電話が置かれています。作られてからは、さまざまな人々が訪れて自分の思いを亡くなった人に伝えています。その数は3万人を超えています。
 監督・脚本は『M/OTHER』(99年)などで知られる諏訪敦彦。出演はオーディションで選ばれたモトーラ世里奈を主演に西島秀俊、西田敏行、三浦友和らが脇を固めています。第70回ベルリン国際映画祭国際審査員特別賞受賞作品でもあります。

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 17歳の高校生ハル(モトーラ世里奈)は東日本大震災で家族を亡くしたことから広島県に住む叔母(渡辺真起子)宅に身を寄せていた。でも、心の奥底には消える事のない喪失した家族への思いを抱えていた。ある日、叔母が突然家で倒れて病院に運ばれたことをきっかけに、八年ぶりに故郷である大槌町に向かうことを決意します。ヒッチハイクでたどるその道のりのなかで、同じように事故や災害から立ち直ろうとする人々との出会い、別れ、そして共に旅をするなどの中で「風の電話」にたどりつきます。

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 この作品の監督依頼をうけた諏訪監督は、もともとシナリオにそって作品を作るのではなくて実験的な手法で映画作りをしてきたことから最初の案では西日本で生まれて育った若者が「風の電話」の存在を知って大槌町に向かう、という筋を大槌町に帰ってくることに重心を移す、8年後にそこに戻ってくる主人公の体験を重視することにしたという。「最初から映画の概要が全部見えていたわけではないんですよ。風の電話にたどり着くことは決まっていたけど、その時に僕たちスタッフやキャストはどういう風になっているんだろうって、逆にそれを知りたくなっていたほどです」と語っています。
 そうした作品へのこだわりからト書きもあるきちんとしたシナリオ(狗飼恭子脚本)を作っていたけれども、撮影現場ではつかわずに簡略した台本をもとに撮影しています。モトーラ世里奈を選んだのも「彼女だけの時間がながれている(略)黙っている時間が長いのに、見ていて全然あきない」ものを持っている彼女にしたと。モトーラ世里奈や西島秀俊などは、もとの完成台本を読んで撮影に臨んだけれども、現場ではセリフのない台本でその場面に立った出演者が内から自然に湧き出るセリフを大切にしながら撮影されています。また、これらのことを効果的にするために長回しの場面も多くあります。特にラストの「風の電話」の場面では長回しが生きています。こうしたことからフィクションではあるけれどもドキュメンタリーのような雰囲気をもった作品となっています。
 例えば、森尾(西島秀俊)が被災地でボランティアとして来ていたクルドと出会うコミュニティ場面ではドキュメンタリー映画のように一時間ほどカメラを回して撮影されています。ラストの電話ボックスの中で何を話すかについてもモトーラ世里奈にまかされていて、事前の調整はあったけれども、あくまでその時の気持ちを大切にすることから白紙のままで撮影に臨んでいます。10分を超える長回しのシーンとなっています。
 同様に今田家での西田敏行の場面でも監督が何か歌の相談をしたところ「新相馬節」がいいと西田敏行が提案して歌ったという。福島県郡山市出身だけに故郷を思う気持ちが出た場面となっています。もう一つ作品に通底しているのが共にする食事の場面と抱擁です。出会いには食事があります。そこでは会話もあります。笑いも人の内にある想いも自然と出てきます。そして、ハグです。主人公のハルは学校に出かけるときに叔母とハグします。旅で出合う人とのハグ。少しずつ食事やハグを繰り返すことで表情に変化が起こってきます。

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 事故や災害などで、突然、大切な人を亡くしてしまう。阪神・淡路大震災でもそうですが、そうした経験をした人の「喪失感」というのは言葉でわかってもなかなか実感としてわからないところもあります。今のコロナ禍のなかでも、病状が急変して別れの言葉もかわすことなく残されてしまった人々がいます。時間はとまることなく進行しますが、心の傷はなかなか癒えることがなくいつまでも残っていく。でも、人は悲しみを抱えながらも前を向いて再生の道を探る試みを続けています。その一つの象徴が「風の電話」です。

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 東日本大震災や阪神・淡路大震災については、たくさんのドキュメンタリー作品が作られていますが、例会作品の『風の電話』は映画というフィクションを通して再生の道を歩みはじめるハルたちの姿を描くことで、あらたな可能性に挑んでいると作品だと思います。そのためにあくまでひとりひとりの演者としての立場だけでなく生身の人としての過去の実体験や見たり、聞いたりしたことなどが反映している作品ともいえます。実際の旅と撮影をとおしての旅。俳優としてのハルだけでなく演じたモトーラ世里奈たちもあらためてひとつひとつ経験を重ねっていく。広島では泣き疲れて倒れているところを公平(三浦友和)に助けられる。場所は、2018年7月の集中豪雨で土砂崩れが起こった呉市安良町。公平の母が語る原爆の記憶、これは公平の母(別府康子)の実体験となっています。不良にからまれたハルを助ける森尾もかつて福島で原発作業員として働いて、家族を津波でなくしています。森尾が訪れる今田家の父(西田敏行)は失ってしまった輝きを懐かしみます。

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 ハルは旅で人々と触れ合いを重ねながら大槌町にたどり着きます。そして、基礎だけ残った元の家を訪れたあとラストの風の電話で彼女は家族に想いを伝えます。
(研)参考:本作パンフレット/朝日新聞グローブ(2021年1月3日発行)

ひとくち感想

◎大変よかった ◯良かった ◇普通 ◆あまり良くなかった ☐その他

久しぶりで泣きました。神戸の地震もひどかったですが、津波と原発、やりきれません。日本の国の宿命なのですね。(82歳 女)
はじまりは無口で陰気で暗くて退屈しそうな感じで始まったが、去年みた『さくら』を彷彿させるオムニバス形式で福島への旅が繰り広げられ、最後には風の電話に到達。感動しました。一度訪れてみたいですね。戦死した父と交信したいですね。(80歳 男)
「風の電話」は、思いをほんとうに風が運び伝えてくれそうな場所にあった。9歳で両親と弟を津波に奪われたハルの心の空洞はどれほどか。でも、喪失の悲しみや悔いを抱えて生きる大人たち、荒波の中へやがて生れ出ようとする命の胎動…ハルが一歩踏み出した旅のさまざまな出会いが、少しずつその空洞を埋めていく。「でも、みんなに会うときは私はおばあちゃんになってるよ」、前を向くハルがいた。静かな、心にじわ~っとしみる映画だった。(70歳 女)
セリフを一言も話さずにハルの気持をすなおに表現している事に、映画の終りになって感動へと変っていった。すばらしい。今の我々に一体何が出来るだろうか?(78歳 男)
はじめに、わが郷里の風景があって懐かしかった。田舎の言葉も。少し説明不足の映像で、テキストあって助かった。(76歳 男)
「風の電話」の現地を4月に訪問します。現地に行き、これからの人生を考えたく思います。困った人に寄り添い、その人の声に黙って聞ける人間になりたいです。昨年に続き、二回目の鑑賞です。(73歳 男)
むずかしいね。でも知っていかないと、災害の事実を消し去ることはできないので、やっぱりむずかしい、しかしシッカリしーや。声かける自分がいて、真実をみてとゲキをとばす。(73歳 女)
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりました。風の電話にたどり着くまでの人々との関わりにも心動かされました。亡くなった人を思い出せるのは生きているからだという事、本当にそうですね。いい映画でした。(72歳 女)
3・11の傷痕は癒えることはないことを、あらためて感じた。家族を失って自分の感情をあまり出さない少女が、ふるさとに戻って、途中いろんな人の善意に出会い、風の電話と出会い、亡くなった家族と語ることができて、これから、しっかり足をふみしめながら生きていけると感じた。(70歳 女)
最近の作品ですけど、きちんと企画されてよかったです。以前に神戸映サの機関誌で『異端の鳥』を解説されてとても参考になりました。(64歳 女)
ハルの「みんなに会える時、私はおばあちゃんになってる」の一言に、ハルの生きる意志が初めて出てきて、救いのある映画でした。最後のシーンに台本が無かったそうで、これはすごいと思いました。(62歳 男)
家族を失って自分だけ生き残ったさみしさが「風の電話」でよく伝わってきた。辛いけど、生き残った人たちには精一杯生きてほしい。(59歳 男)
広島のおばあちゃんのピカの話、「制服のボタン」はもしかして陶器でできていたものだったかもと思いました。神戸にはとてもふさわしい映画だったのではと思いました。ある日心の準備もないままに突然「被災者」になってしまう。神戸にも共通する「私」の「私たち」の物語だと思いました。(女)
がんばってきてよかったです。(女)
電話で心の中を言葉にして、はき出して、そのあとまた、すこし前を向いて進むエネルギーを持って生きる…。そんなわずかな事のくりかえしですね。ハルが孫娘に思えました。次に来るであろう「南海地震」の津波の予想される町で暮らしている孫娘です。
映画は良かったが…、静かなシーンで「愛の賛歌」(着信音)がなりひびいていた!! 携帯の電源を切れない人は、見にくるなと言いたい!!

胸が痛い。重い重いドキュメンタリー(?) NHKで原発でふるさとに帰れない方の家を映していたが、まさに震災は終っていないのを実感しました。涙がとまらない。阪神よりもっともっと大きな傷を残していると思ってしまいました。(76歳 女)
ある日、突然天災等によって身近な人や家族を亡くすことが子供達にとって大変なトラウマになるのか…リアルに表現された映画です。涙が止まらず胸が痛みます。生きていくことは亡くなった人を思い出すことだとの言葉は、そうやなあ…納得しました。(75歳 女)
作った感が強いけれど、「福島を忘れない」為にはこういう映画も必要かな、と思いました。とも角、重く心に響きました。(74歳 男)
ロード・ムービーとして、人と人が出会う瞬間のおもしろ味に欠けるが、、春香が深い悲しみから少しずつ立ち直っていく感じが伝わってきてよかった。土砂崩れや地震、津波という自然災害、原爆、入管、原発という人間社会、生き残った人間の受け止め方はちがうと思うが、立ち直る為には人間同士の触れ合いが大事だと、当り前といえば当り前の答えだ。(65歳 男)
ハルが過した家族との想い出の地、大槌町。ハルの家の跡地にも新しい家族が家を建て、新しい時代の一部を作っていく。岩手の被災地も沢山の記憶をその地にとどめて前に進んでいく。ハルが新しい人生を生きていくように、沢山のハルが一緒に生きていくだろう。(男)
モトーラ世理奈さんの存在感とラストのシーンがすごい! 美しい自然と残酷な自然、どうしようもない人間たち。

被災地の無惨な情景、或いはクルド難民の過酷な現実の生々しさに比べ、そこに貼り付けられる「映画的虚構」のあまりの力の無さに、正直、ちょっとガッカリして、しんどい2時間余でした。被災者でもない自分に、とやかく言う資格など無いことを承知で言いますが、最後の、ハルの電話に、ほとんど心を揺らされるところが無かったのも、自らの鈍感さに依るものとは言え、残念でした。「つくりもの」の限界、みたいなことを思ってしまいます。(69歳 男)
西田敏行と三浦友和さんはさすがに良かったです。ハルは9歳のまま8年間過ごしてきたのだろうなとは思いました。ひろこ叔母さんのことは心配しなかったのかな? ずっとそれが気にかかってイマイチこの世界に入り込めませんでした。(50歳 女)