2021年1月例会『人生、ただいま修行中』 

解説

40人 150日間の成長を見つめた感動奮闘ドキュメンタリー

 『音のない世界で』『ぼくの好きな先生』などで知られるフランスのドキュメンタリーの名匠ニコラ・フィリベール監督の最新作。舞台はパリ郊外の看護学校。一年生から三年生まで、年齢や民族、国籍、宗教など様々な生徒たちが、いろんな実習の現場で奮闘する様子を次々ととらえていく。解説も音楽も加えられず、緊張や不安、ほっとした表情、息遣いまでが繊細に伝わる。本作は、詩的なタイトルがつけられた三部構成となっている。

 第一部「逃げるからこそ捕らえられる」は、看護学生たちが受ける講義と実習風景。ほとんど解説やテロップでの説明はないまま、滅菌と消毒の違い、ダミーを使っての筋肉注射や人工呼吸、出産などロールプレイングでの授業風景が映し出される。看護の知識がない彼らが先生の話に熱心に耳を傾ける様子が、生徒と先生の関係がとてもフレンドリーだと感じた。ロールプレイングの様子は見ている私たち観客も引き込んでいく。

 第二部「暗くなるからこそ見える」は、学生たち各自が希望した診療科病棟での実地訓練。手術前の患者に準備の説明や不安はないかなど聞き、患者との接し方を実践する。教室では出来た消毒ガーゼの交換や注射での採血、カテーテルの挿入など処置がスムーズにいかず戸惑う看護学生をフォローする先輩看護師や指導教師。その情況をある患者は不安気に、ある患者は悠然とリラックスしてみている。この実習で注目すべき点は、フランスでは血圧測定や採血、点滴方法といった臨床経験を早い段階から生徒に積ませるということ。フランスではそれだけ即戦力となる人材育成に力を注いでいることと言える。そのため、時には実際に入院している患者に対しての実習を行うのである。初めて注射を打つ生徒の「実験台」になったと知り、明らかに不安な表情になってしまう患者などは、気の毒に思いつつも笑わずにはいられない。

 第三部「死ぬからこそ求める…」では、実地研修を終えた後の看護学生たちが、それぞれ指導官と面談するシークエンスが、観る者に 看護師を育てることの大切さを感じさせてくれる。実地訓練での感想・質問だけでなく進路やプライベートな問題までオープンに語り合い適切なアドバイスを送り、いっしょに問題に取り組む指導官とのコミュニケーションが素晴らしい。

 最後の実習期間を終えた実習生とカウンセラーとの対話の「章」は非常に興味をそそられる。実習の感想(反省と後悔)が、実に生々しい。そのためか、感想が直に感動に伝わる。これが、「ドキュメンタリー」作品の醍醐味。
 実習中に、自宅に泥棒に入られて窓の修理をしなければと言う人もいれば、自分がこの世界に合ってないのではという「生の声」が、結構考えさせられる所もあり、とても興味深かった。指導教官の心温かいアドバイスが、非常に心を和ませてくれる。経験値が高いレベルの人間でないと、この指導教官の職は絶対に無理だろう。フランスという国は一人ひとりが非常に自立している人が多いことにこの作品は気付かせてくれる。
 「看護学校、そして病院はいろんな人々が否応なく集まってくる場所。社会的には一番多くの種類の人々が集う、まさに社会の縮図」とフィリベール監督が言うように、本作はさまざまな性別、人種が暮らすフランス社会を映してもいるのである。多様な人種と多彩な個性の若者たちが、看護師をめざす姿がなんとも清々しい。戸惑いながらも判断を迫られる「その瞬間」の連続。いろいろなストレスを抱える状況の中で、指導官が「そもそも、なぜ看護師をめざしたの」との問いかけに、「誰かの役に立つ存在になりたいから」と応答する若い看護学生。彼のその願望が、すべての困難を乗り越えさせる。看護師を目指す彼らの姿を見ていると、実習で様々な経験をする彼らと私たちの人生が重なってきて、監督の温かい視線とともに私たち観客も彼らを応援したくなる。
 そして看護師を目指す学生たちを支える教師たち。その教師たちも学生の時誰かに支えられたはずで、彼らが若者たちをケアする姿に胸が熱くなるのである。

 フィリベール監督は語る。「本作は、現代の若者、それも人生の中で誰かの役に立ちたいという若者たちを描いていると思っています。実は、フランスのフィクションで描かれる典型的な若者像というのは、無気力で、無関心で、ちょっと怠惰で、個人主義で…。といったネガティブな印象で描かれることが多い。ですが、私が出会った若者たちはそうではありません。この作品に映っている若者たちは、フランスの縮図という風に言えるかと思います。色んな出自の方がいて、肌の色や宗教も違います。ですが、残念なことに今、人種差別やナショナリズム、個人主義といった思想が台頭してきていますよね。人類にとって危険なものですし、私たちを脅かすものだと思います。そういった中で、私は、本作を通して、多様な出自の若者たちが『みんなのために役に立とう』という心構えで、みんなのことを守るためにスタンバイしている。そういう姿を描けたことをとても幸せに思っています。また、フィクション映画で描かれる『無気力な若者像』を少し変えることができたのではないかなと思っています」
 本作には、人が成長すること、助け合うこと、多様性を大切にすることなど、どこでも変わらない大切なことが描かれている。そんな温かい眼差しのこの作品を多くの方に観ていただきたいと心から願わずにはいられない。
(陽)

ひとくち感想

◎大変よかった  ◯良かった  ◇普通  ◆あまり良くなかった  ☐その他

ドキュメンタリーとは知らなくて見に来ましたが、とても、とてもよかったです。フランス語も(すべてではないですが)色々な人や民族出身の人のが聞けて、面白かったです。(89歳 女)
良い映画でした。今の世間に丁度合う。看護師さんの問題でなく一般的、人との関係なども同じだと私も病気がちでためになりました。(83歳 女)
丁度、新型コロナ禍が急に悪化する中での看護師実習生の映画ですね。手洗いから始まり、患者への対応、そして第三部は実習生の気持ちを引き出していた。引き込まれる内容でした。(79歳 男)
年齢・人種・宗教の異なる実習生、指導官を選択、今後の方向性、テーマが多かった。指導官を選択出来ることは素晴らしい。(78歳 女)
つい最近、私自身、救急搬送、手術、入院(3週間)してきたところだったので、病院内での看護師の大変さは眼のあたりにしており、その看護師の卵たちのリアルな描写に納得。たくさん出て多様性も十分。(76歳 男)
看護学校へわけもわからずただ大人がよしとする仕事と思って入った世界、50数年前の私。それに支えられて今があります。感謝です。若い方に見てほしい。そして医療職だけでなく、人と接する仕事をすることはこういうことがおこるし、自分を成長させてくれることだということを知ってほしい。考えて感じてほしいなあと思いました。撮影に協力して下さった患者さんにありがとうを!!(76歳 男)
観る人によって得るところが様々な映画と思いますが、自分の考えがはっきりしていて自由に主張して議論が成り立つ国民性は素晴らしいと思いました。それから、これは日本も同じでしょうが、プロの看護師の職業意識の奥の深さも感じられ興味深かった。(73歳 男)
医療に従事する人の待遇をもっと大切にする国であってほしい。あの人たちにボクらは助けられ、生活ができているのだろう。(72歳 男)
医療関係者の研修後、一人一人の指導を行う。それがとてもよかった。課題とその後の進路を決めていくプロセスが興味深かった。高齢になり、病院へ通院することが多いので、看護師さんの応対とかこのようにして学ぶのかと参考になりました。ドキュメンタリーということで、ウソのない実体験がわかってよかった。フランスの社会保障の一端が見られた思いです。多民族を受け入れているので看護士などにも多国籍の人を受け入れている様子も興味深かった。思った以上によい映画でした。(70代)
看護師としての技術や知識だけでなく看護哲学のようなものの学びや、指導教官の接し方が興味深かった。(高齢の母と向き合う介護初心者として参考になった)。「多様な出自の若者たちが『みんなのために役に立とう』という心構えで、みんなのことを守るためにスタンバイしている」(監督の言葉)、そんな姿を監督は温かい眼差しで描いている。そんな若者たちをしっかり支える社会でありたいと思う。最近読んだ『「国境なき医師団」を見に行く』とつながり、「私にできること」を考えた。(69歳 女)
この映画を見てコロナ禍の看護師さんを思った。私たちが今出来ることはコロナに感染しない事だ。映画の沢山の主人公たちも様々な経験を積んで強く成長し、患者さんたちからきっと信頼されていくだろう。(67歳 男)
今日、観るのを迷ったが、勉強になった。看護師の立場で考えたことがなかった。(66歳 男)
コロナのこの時代、医療に身をおく人達のことが、さらに気になる。いい映画を観た気がする。(65歳 女)

私も35年前に准看護師の免許をもらって医療に従事していたのですが、お国柄によって色んな違いがあるのですね。新人の頃の体験などが思い出されました。若い人達が医療者として育っていって社会人の一人として成長されることを心から祈ります。(74歳 男)
映画の中に一定の距離があってそれと医師、看護師さん尊敬の念、治療して痛い、血、こわいなど。むずかしいところです。(73歳 女)
看護学生の生活ははじめてでしたが、最初の手洗いの場面は今のコロナ生活ではとても参考になりました。生徒達の実習などとてもたいへんさがわかり、看護師さん達の貴重さがひしひしとわかりました。(72歳 女)
実習生にも権利がある−この言葉が良い。実習のスピード、量、範囲などは、日本の教育と大分違うのか。指導教官のケアが良い。考える実習生に育っている。(72歳 女)
フランスの看護学生の実習実態のドキュメンタリー。このような映画をみたのは初めてだったが、本当に人間らしい内容だった。自分の身内にも看護師をしている人が多いので身近に感じた。(70歳 女)
直接的に綴られていく医療実習現場のあれこれよりも、強く心に感じさせられたものは、人種、宗教、文化の多様性と、それらをいとも自然に(いや、実際はそんなに簡単に、自然なことでは無いのかもしれませんが)、しっかりと受け止め包み込んでいるフランス社会の度量の深さでありました。エンドロールで流れてきた「ドント・シンク・トゥワイス・イッツ・オールライト」の歌がちょっと沁みました。(69歳 男)
考えてみれば、看護師さんもはじめからプロにはなっていないのですね。本当に大変なお仕事を志していると思います。ジャンルも多いし、あまりにも生命にかかわること、人間本来のことがわからないとつづけられない職業ですね。いまのコロナの中の人たちをあらためて思いおこしました。(66歳 女)
見るのがつらい映画でした。注射、病院、病人を見ているだけで鳥ハダがたってきてダメです。後半3分の1の生徒たちの個別面接はさすがフランスという感じです。生徒個々人の権利を尊重する姿勢をはっきり見せていました。一人の自信を失っている女性へのはげましがとてもよかった。(64歳 男)
仕事で、病院に出入りの、そして企業健診で採血の手伝い(採血されたディスポから三種類のスピッツに分注)を経験したので興味深く観れました。多様性に寛容な世界に…。(61歳 男)
二回目ですが、コロナウイルス禍の時期なので、最初のシーンが手洗いと消毒されているかチェックするシーンだったところがよかったですね。あとは、学生面談にしっかり時間をかけていて、悩みの背景も推測して対応し、フォローもしていて、フランスの医療体制がよくわかりました。多民族対応もできていてうらやましいです。(60代 女)
うらやましい実習&学びなど感じた。日本はもっと機械的な気がする。学生の心理やこまかなところまで気配りできるシステムがいいなあと思いました。(59歳 女)
これから鍼灸の学生になる予定なので、何か心に響くものがあるかもと映画を観に来ました。病院に入ったら、製薬会社が自分の会社のガーゼを使うように営業してくるとか、日本でもこれでもかと薬をたくさんのませ製薬会社、薬局だらけの社会問題が脳裏にイメージされた。日本もいろんな人種が将来助けあってフランスみたいになるかも…と想像できました。ドキュメンタリーチックなので、感動とかはなかったけど、精神的に大変な職業で、コロナ禍で働く看護師さんに脱帽です。コロナ禍の看護師さんのドキュメントがみたいです。(52歳 女)
人生は毎日が一年生。日々、新しいことがあるね。(52歳 男)
足のとても長い人がいて、いつものおしらせはこのことなのかなと思いました。(女)

第三部やカウンセラーとの対話の章は、講義や実習風景の出来事が整理されて、一気に引き込まれました。(62歳 男)