2020年11月例会『テルアビブ・オン・ファイア』

解説

ドラマ『テルアビブ・オン・ファイア』に込めた両国の思いは続く

 かつて和歌山県太地の捕鯨漁をテーマとして米国のドキュメンタリー映画『ザ・コーヴ』やそれに異を唱えた映画『ビハインド・ザ・コーヴ』が作られた。
 その後、ニューヨーク在住の日本人女性監督が『おクジラさま・ふたつの正義の物語』という作品を同じテーマで撮った。この映画で監督は作品に捕鯨漁を非難する側と擁護する側、二つの思いを取り込み作品作りをした。
 映画『テルアビブ・オン・ファイア』で描かれるのはイスラエルとパレスチナ、二つの正義の行方を巡る話だ。アラブ民族とユダヤ民族が共生してきた歴史を無視して第一次世界大戦中から様々な密約、協定により二つの正義は生み出され、民族同士の憎しみの連鎖は続く。

ドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」について
 この映画の中で重要な位置を占めるドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」の背景はこうだ。
 1967年、第三次中東戦争の3ケ月前のテルアビブ。街の中心にスパイとして送り込まれたパレスチナ人のマナルはフランスからきたユダヤ移民ラヘルと名乗っていた。
 彼女の使命はイスラエルの戦争計画をつかむために、イスラエル軍で最も力を持つ将軍イェフダと出会い、誘惑して情報を引き出すこと。
 マナルはマスターシェフとしてテルアビブで最高のフレンチレストランを開く。彼女のレストランはイスラエル軍本部の向かい。それをきっかけに彼女はイェフダに近づき、美味しいフランス菓子で彼の興味を惹き、やがて恋人関係に…。彼女は使命を果たせる? 人気ドラマに寄せる両国の思いは…。

コメディータッチな作品と監督の思い
 イスラエル生まれのパレスチナ人監督サメフ・ゾアビはこの作品をコメディータッチで描くことの意味を「人々はこの地域と紛争を真剣に考えているのでコメディーを作ろうとすると、説得力のないものになったり、または深刻な内容でないと誤解されることがあります。しかし、コメディーによってこそ重大な問題を繊細に話し合うことができると信じています」と述べている。
 ドラマ撮影所の華やかな景色と対照的に一方で撮影所から一歩出れば私たちが見るのは検問所に象徴される厳しい占領地の風景だ。イスラエル軍の検問所を通るために押し寄せるパレスチナ人たち。これが占領下の日常の風景であり、一年中続く。
 検問所に詰めるのは高校を卒業して1年、2年のまだ20歳前のイスラエル軍兵士だ。半年前まではきっと家でテレビゲームに興じていたであろう少年たち。
 東エルサレムのIDを持つ主人公サラームもヨルダン川西岸に撮影所があるラマッラーの街へ行くには必ずイスラエル軍の検問所を通らなければいけない。

占領とパレスチナの土地
 「占領」とは簡単に言えば「他国の領土を武力で自国の支配下に置くこと」と辞書にはある。現実に即していえばパレスチナの領土を武力でイスラエルが支配下に置いている事だ。
 パレスチナ人が住む土地に関していえばイギリス委任統治時代(1946年)には94%を占めていたパレスチナ人の土地が国連分割決議、第三次中東戦争を経て2012年には僅か8%まで減少した。
 映画の中で脚本家となり、検問所司令官アッシとのやり取りの中で自分の確固たる思いを確立できずにいるサラーム。占領という非人間的な生活を強いられる現実の中でそれは監督はじめ多くのパレスチナ人が国の明日についての思いを一つに共有できないのも事実だ。
 ドラマの脚本を書き進める中でイスラエル司令官アッシの一方的な脚本内容の変更要求に対し、パレスチナ人として悩み、うまい落としところはないか?と考えあぐねるサラームと監督が重なる。

正義と自由とテロとの戦い?とは
 2004年パレスチナ解放運動の精神的指導者アハマド・ヤシンがガザ市内でイスラエル軍に暗殺された。時のアメリカ・ブッシュ大統領は「イスラエルにはテロから自国を守る権利がある」と発言し、イスラエルの正義を擁護した。
 また2014年イスラエルの総選挙時、時の首相ネタニヤフは「イスラエルにアラブ人がいてもいいが、この国はすべての国民のためのものではない。ユダヤ人のための国だ」と発言した。
 長い間、パレスチナ問題を取材してきたドキュメンタリー映画監督の土井敏邦は2004年「現地ルポ〈パレスチナの声、イスラエルの声〉」を出版時、前述したブッシュ発言を捉え、ブッシュ自身が同じ「テロとの戦争」との名の下にアフガニスタン、イラクで多くの罪なき人々を殺しており、「ものを伝える人間の一人として行動を起こさなければという思いにかられます」とメッセージを出した。

イスラエル人女性の徴兵拒否
 この原稿を書く前にイスラエルで制作されたドキュメンタリー映画『OBJECTOR兵役拒否』をみた。
 イスラエルの軍人一家に生まれた主人公アタルヤ。一八歳になれば女性は二年間の徴兵義務が待っている。兵役拒否はイスラエルでは社会の裏切り者であり、異端視される。軍人一家で育ち、自分も当たり前に軍人になるであろうと考えていた。彼女は徴兵の半年前から占領地でありパレスチナ人が多く暮らす場所を自分の目で確かめようと度々、訪れるようになる。
 彼女が訪れる占領地に住むパレスチナの人々はみんなが彼女を大切な友人だと思って歓迎、いつでも遊びにおいでと別れ際にはあいさつしてくれる。占領地の厳しい現実の中でも人間性を失うことなく暮らしているパレスチナの人々。いつしか彼女の中に母国イスラエルの占領政策は間違いであり、自分は徴兵とは別の行動で母国の未来に貢献すると徴兵拒否の行動に出るのだった…。この作品が作られた翌年、62名の女性が兵役を拒否した。しかしこれはイスラエルでは小さな流れでしかない。
 ドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」はシーズン2へと…。両国の平和と将来に対する決着点を見つけられない現実を反映し終わる。
(水)

ひとくち感想

◎大変よかった  ◯良かった  ◇普通  ◆あまり良くなかった  ☐その他

TAOF(『テルアビブ・オン・ファイア』)の背景を十分に理解できていない私には、何がこの映画の主題なのか、映画が終わってからもまだボンヤリとした感想しか出て来ない現状です。ただ、今現在の日本の平安が最高だとも思えないが!(77歳 男)
登場人物のドラマ制作へのかかわり方がとてもユーモラスでおもしろかった!!ただ地理的政治的に「検閲」等のあるかかわり方、人々の受けている政治的日常生活が解りにくいので、むずかしかった。(73歳 女)
パレスチナとイスラエルの関係の複雑さをテーマに、うまく喜劇に仕立てあげたなという感想です。悲劇的情況の中で生き続けようとするパレスチナの人の知恵としたたかさに感服です。(73歳 男)
なんやねん!というドラマ作りの真中に現実のかたい部分をかくしながら、観ている私達に、もう一度、この現実を考えさせるいい映画だった。(72歳 女)
(例会学習会講師の)岡さんの説明を事前に聞いていたので、より深く理解できたと思う。(70歳 女)
サクラまつりの三本とも良かったです。坂上香さんの『LIFERS ライファーズ 終身刑を超えて』、『プリズン・サークル』をいつかぜひとりあげて下さい(岩波「世界」の連載は素晴らしいです)。(68歳 女)
パレスチナとイスラエル両国の思いをコメディタッチに表したこの作品。おもわず笑いがもれてくる。両国の現在を考えると、やはり闘いは続いてゆく・・・。TVプロデューサーのおじさんとサラームたち若い世代の思の違いもセリフの中にあふれて、とてもよかった。(67歳 男)
現実的でもあり、ウイットにとんでいて楽しく見れました。ありがとうございました。(63歳 女)
例会学習会で聴いた苛酷な現実が、コメディの展開の中に織り交ぜられていて、笑えそうで笑えない映画でした。(62歳 男)
結末がおもしろかった。(60歳 男)
ユーモアとロマンスで泣ける映画ではありませんでしたが、深い意味があって笑えなかった。(59歳 女)
こういうユーモアなタッチでパレスチナとイスラエル問題を扱っていると解りやすいし、観たあとも暗い気持ちにならずにすみますね。(58歳 女)
イスラエルとパレスチナの対立を脚色なく忠実に描きつつも、人と人の絆を考えさせる作品でした。対立を溶かすヒントのようなものを感じました。(56歳 男)
フィクションだけが可能にする共生の仕方というものがありますね。ありがとうございました。(55歳 男)
パレスチナの状況がよくわかりました。壁や検問、心の対立も。それでいながら笑いの調味料を加えつつ、屈する訳でもなく新しい解決(になっていないかも知れませんが)共存する策の結末。「相手の話をきくこと」それがまず大切ですね。(55歳 女)
(上映希望作品)東京国際映画祭の映画など関西で上映していない映画、イスラム映画。(43歳 女)
最後のオチには本当に笑いました。パレスチナがどのような場所かということも学べ、とても興味深い映画でした。(29歳 女)
アラブの女性は美しい。ベールをかぶっていないんですネ。パレスチナでは。
男と女の力関係が面白かった。素晴らしい。
久しぶりにOSTが欲しいと思える映画に出会えました。劇中劇が少したいくつにかんじられましたが、最後の最後にそれがきいてきておもしろく感じました。(女)

たのしかったです。(83歳 女)
ひさしぶりに映画を見た。喜劇タッチであるが、ドラマと現実をマッチさせた作品作りがおもしろい。(79歳 男)
余りよくわからなかったけれど面白かった。(79歳 女)
「パレスチナ自治政府」というが、実質的にイスラエルの軍事占領下にあるパレスチナ、端々にはそれがわかるが、あまりにソフトに描かれすぎている感じがした。軍事占領の元凶となった1967年第三次中東戦争(6日間戦争)を取り上げたのはなぜか、屈折したものを感じた。ラストに「そして戦いは続く」と入れて、人権と主権の回復の心意気は示された。(64歳 男)
二度目ですが、普通のテレビドラマ制作の裏話でコメディとしても恋愛ドラマとしても民族対立ドラマとしても、いろいろな見方ができるドラマになっていて、楽しめました。男女の恋愛観のちがい、親子の世代の歴史観のちがいもこめられていて、よかったです。(60代 女)
二度目だが、最後結婚式がどうなったかなんて、全然覚えていなかった。「海」も「魚」も記憶になかったし、二度目の今日もはっきり覚えていない。何度みたら、散りばめられたパズルがきっちりとはまるのだろう。(女)

複雑で深刻な政治情況を逆手に取って、皮肉と毒を混ぜ込んでの喜劇としてブッ飛ばそう、との意図なのだろうが、仕掛けられるギャグも逸脱もどうにも空滑りで笑えない。やっぱりこれは演出の拙劣さ、と言うことなんだろうか、と短絡的に思いかけてしまったが、ドラマの結末を「宥和」としての「結婚」か、「闘争」としての「自爆」なのかで、深々と悩み込み、「海」のパネルを眺めながら佇むサラームの姿に、いやいやこれは、そんな簡単に笑いとばせるものではないんだ、ということが、結局足枷になってしまっているんだな、ということに気付かされた。作品としては不発としか言えないが、改めてパレスチナ事情の厳しさを思わされる。(68歳 男)

パレスチナとイスラエルとの問題を正面から捉えながら、笑いが溢れる面白い映画によくぞ作ったな!と感心しました。恋愛映画は、パレスチナ人もイスラエル人も、両方の女性たちが、人種や政治的対立を越えて大好きというのがミソ。周りの「縛られている男たち」にも大きな影響を与えていくのが愉快です。闘いや対立を解消して一緒に仲良く暮らせる可能性が映画や芝居(それを愛する女性たち)にあること、文化には平和の力があることを示してくれた特筆すべき映画です。(60代 男)