機関誌8月号 通巻776号より抜粋
市民映画劇場8月例会(第532回)
ある戦争
 原題:KRIGEN

 監督:トビアス・リンホルム
 出演:ピルー・アスベック ツヴァ・ノヴォトニー
 2015年/デンマーク/115分
 
デンマークと戦争、そして国際貢献を描く

 この映画の原題はデンマーク語の「KRIGEN」。意味はずばり戦争だ。私たちが戦争という言葉からイメージするのは国同士の戦いだが、現代では戦う敵の見えないテロとの戦いが一般的だ。この作品はタリバンからアフガニスタン市民を守るために派遣されたデンマーク兵と家族をデンマークの監督トビアス・リンホルムが描いている。
 世界一幸せな国だと言われているデンマークという国と国際貢献のために外国に軍隊を派遣するデンマークという国の事実が結びつかないのが私の実感だ。
 1864年に北欧の覇権をめぐる戦いでプロシアに敗れたこの国は国土の3分の1にあたるユトランド半島南部を失い、帝国としての道を諦め、「内を耕そう」という道を歩み始めた。それ以来、今日まで150年間戦争をしていない(第一次世界大戦では中立国、第二次世界大戦ではドイツと不可侵条約締結)のがデンマークだ。

アフガニスタンとはどんな国
 一方、この映画の舞台なるアフガニスタンという国はどうだろうか。アフガニスタンはイラン、パキスタン、タジキスタンなどに囲まれた中東アジアの国で、国土の真ん中にヒンドゥークシ山脈を抱えた「山の国」だ。ほとんどが6千~7千メートルの山に囲まれ、谷も深い。
 昔から交通の便が悪く、割拠性が強く地域の自主性の下にそれぞれの勢力が各地域を治めてきた。首都のカブールで何が起きても各地域には影響がない。そんな地域を多く含む、この国でも1978年のソビエトの侵攻以来、多くの地域が戦場となった。人口2800万人の9割が農民、遊牧民で、あとは林業という乾燥した国だ。ではどうやって農業をと…。
 アフガニスタンにはこんな諺がある。「金はなくても食っていけるが、雪がなくては食っていけない」乾燥した土地に潤いと緑をもたらせてくれる要因は、この諺の通り、高い山に積もった雪が夏に溶け出し、大地を潤してくれるからだ。だが今、温暖化により大地は砂漠化が進みつつある。
 地方では金がなくても農業により自給自足の暮らしが可能だが、カブールのような都会では何事も金次第。餓死者も珍しくなければ、体調が悪くなれば、ロンドンや東京の病院に診察に行く人もいる。

現代の戦争
 そんなアフガニスタンとアフガニスタンの市民の治安維持のため、北欧の小国デンマークから派遣されている部隊。その部隊に起こる一つの誤爆事件をめぐり、隊員や家族、その仲間たちの葛藤を描いたのがこの『ある戦争』という映画だ。
 イラクを悪と仕立てて始まった湾岸戦争以来、戦争の実相が分からない時代となった。しかし、この映画では様々な場面で複雑な要素がからみあった現代の戦争の一部を描いている。
 私がこの映画をみて頭に浮かんだのは海外にPKOの名の下、派遣されている自衛隊員のことだ。実際、南スーダンではPKO本部にロケット弾が撃ち込まれ、中国人の兵士2人がなくなった。もし日本人が亡くなったなら、私たちは彼らの家族に何と謝ればいいのだろうか。私たちには彼らを送り出した責任があるし、この映画のように自分の仲間を守るために誤って他国の人を殺しても私には彼らを責める事はできない。

戦争と兵士たちの思い
 映画の中、主人公で部隊の上官クラウスは紛争地域の巡回の目的を隊員にこう言う。「我々がこうして巡回することがこの国の人々が国を立て直すためには大切なのだ」と。この言葉はデンマークの国民を代表する考えかもしれない。しかし、長い間、現場にいて日々、緊張の中にいる兵士たちにはこの上官の言葉は虚しく聞こえる日がいつか来る。
 同僚の若い兵士の死に直面して精神的におかしくなる兵士、アフガニスタンでの任務に疑問を持つ兵士。嘗てのベトナム戦争以降、特にアメリカから戦地に送り出された若い兵士たちの中に戦争後遺症により、肉体的、精神的に病み、社会復帰できない数多くの現実が語られてきた。

大義のない戦争
 大義のない戦争を自ら起こし、他国に甚大な被害を与え、戦いが泥沼化すると同盟国に肩代わりさせ、自らはテレビ画面の向こう側の戦場を見守る。そんな戦いを繰り返してきたアメリカ。この映画の舞台、アフガニスタンにおいても例外ではない。同盟国が危険な任務を日々、遂行している現実を映画は描きだしている。
 今まで戦争を描いた作品では戦場は描かれても兵士を送り出した国と家族を描くことは殆どなかった。アフガニスタンの戦場での苛烈な体験からデンマークに帰国後、当たり前の暮らしを送れない兵士と家族を描いた2009年2月例会『ある愛の風景』や、大学院進学のため、死を覚悟し、アフガン派兵に応じるマイノリティーの学生を描いた『大いなる陰謀』などの作品はあるが…。
 それは銃後の国民を描けば、正義という戦争の大義が崩れることを時の政府が危ぶんだからなのだろうか?
 この映画では派兵部隊の上官クラウスの家族の日々を描くことで、残された家族が日々どんな思いで暮らしているのかが良く伝わってくる。軍事法廷に出廷のため、帰国した彼と家族の様々な風景の中に、ながい間、離れ離れの暮らしでぽっかり空いた穴を埋めようとする家族それぞれの思いが詰まっている。それは戦争という現実から普通の暮らしを取り戻そうとする家族の姿だ。
 この映画で象徴的なのは軍事法廷でのやり取りと判決だ。クラウスを追及する検事の言葉とクラウスの証言、そして部下の証言の数々は映画をみている我々の思いであり、またデンマークの国民の思いだ。
 無罪判決は、戦争や紛争地に数多くの兵士を送ってきたデンマークの歴史からすれば、国民の気持ちをくんだ当然のものなのだ。そこには、国際貢献という名の下ではどんな事がおきても受け入ようとするデンマーク人の強い思いを感じる。
 もう一つ象徴的な場面は軍事法廷で誤爆の結果、亡くなった子供の証拠写真と自宅のベッドで寝ている子供の姿を重ねてみているクラウスだ。彼はきっと、敵を確認せず、空爆を命じた自分の戦争責任について、子供の寝姿を見るたびに思い返すだろう。当たり前の暮らしが訪れないという予感を打ち消すように子供の足に寝具をかける。

誰の何のための国際貢献?
 アフガニスタンで1984年から村人と共にアフガニスタン復興の仕事を続けている中村哲医師が2001年、アメリカ9・11事件を受けて国会のテロ対策特別措置法案審議の場に呼ばれて証言した言葉は重いものだ。「私たちが十数年かけて築いてきた日本に対するアフガニスタンの信頼感が現実を基盤としない論議や軍事的プレゼンスにより一挙に崩れるということがあり得る訳です。他国から見れば軍事力の行使とも受け取られる自衛隊派遣が論議されていますが、当地の事情を考えると有害無益です」と。
 今、私たちはこの発言を受けてどんな答えを用意するべきなのだろうか。        (水)

参考文献
「アフガンとの約束/中村哲」(岩波書店)
デンマーク事情 外務省、国交省HP
映画『ある戦争』パンフレット