機関誌7月号 通巻786号より

市民映画劇場7月例会(第543回)『人生タクシー』

 原題:تاکسی
 監督:ジャファル・パナヒ
 出演:ジャファル・パナヒ
 2015年/イラン/82分

反骨精神と映画愛が注ぎ込まれ、言葉にできないほどのユーモアが魅力

 イランは素晴らしい映画監督を多く輩出している。中でもアッバス・キアロスタミ(『友だちのうちはどこ?』『そして人生はつづく』)、モフセン・マフマルバフ(『パンと植木鉢』『カンダハール』)、アミールフセイン・アシュガリ監督(『ボーダレス ボクの船の国境線』)などが思い浮かぶ。イラン国内に留まり最近活躍している映画監督ではアスガー・ファルハディがおり、『セールスマン』で2017年のアカデミー賞外国語映画賞を受賞した。他にも『彼女が消えた浜辺』『別離』『ある過去の行方』などの作品がある。私自身はこの中では『別離』が一番好きで、夫婦の心のすれ違う様子を映像で表現するその巧みさには脱帽である。いかにイラン映画が高い水準を保っているか、納得できる作品だ。イランにとどまって作品を発表しているのは、本作『人生タクシー』の監督ジャファル・パナヒもその一人である。市民映画劇場は何度も彼の作品を例会で取り上げてきており、『白い風船』『チャドルと生きる』『オフサイド・ガールズ』に続き『人生タクシー』で実に4本目である。

 ジャファル・パナヒ監督は、2009年の大統領選挙で改革派のミール・ホセイン・ムーサヴィー候補を支持するなど、保守派のマフムード・アフマディーネジャード政権と対立し、2010年3月1日に自宅で拘束された。その後、20年間の映画製作禁止の命令を受けたが、『これは映画ではない』に続き本作『人生タクシー』を作り上げた。『これは映画ではない』は自宅で過ごす自身の姿をスマートフォンで撮影し、「これは映画じゃないよ」と言わんばかりの彼の反骨精神とユーモアをそのまま映画に閉じ込めたような作品である。そして、2015年には『人生タクシー』がベルリン国際映画祭最高賞の金熊賞を受賞。この時の審査委員長のダーレン・アロノフスキー監督は「この映画は映画に送るラブレターだ」と語り、大絶賛した。

 今回はパナヒ監督本人がタクシー運転手としてタクシーで実際にテヘランの街を流し、乗り合わせた乗客を車載カメラで撮影するという手法だ。カメラはダッシュボード上の回転式の台に設置されていて、監督が自ら向きを変え、車の前方の道路を映したり、後部座席の乗り合いの客をとらえたり、〝自撮り〟したり。乗客が「あなたパナヒ監督ですね!」と気づく、まるでドキュメンタリーのようなやり取りもあるが、さまざまなハプニングが続発し、そして姪っ子とのエピソードなどから「これはドキュメンタリーのように見せかけたドラマ」なのだと分かる。乗客たちの会話は作為を感じさせず、ひょっとしたら俳優ではない一般人もまじっているのではと思わせる手法は、ドキュメンタリーなのかドラマなのか曖昧模糊としているところに彼のユーモアを感じさせる。それこそがこの作品のジャンルに収まらない魅力にあふれている素晴らしいところなのだと思う。

 後半に現れるパナヒ監督の姪っ子、昔なじみだという裕福であろう実業家風の男性、そしてパナヒ監督と同じく反体制的な行動がもとで停職中の友人の女性弁護士。この登場人物たちが語ることはたわいないおしゃべりや近況報告でありながら、しっかりと体制批判になっているところに監督の個性がにじむ。肩肘張って声を荒げて主張するのではなく、素朴で、純粋な疑問や傷つけられた人間の想い、明るく朗らかに歌うような会話で表現される。

 路上強盗を名乗る男性や教師だという女性、交通事故にあって負傷した夫婦、何故か金魚鉢を持って急ぐ老婦人たち、パナヒ監督の顔を知る映画監督志望の学生や違法DVDの売人などが乗り合わせて私達の知らない未だ情報統制下にあるテヘランの顔を人々の日常の片鱗を教えてくれる。彼等との会話から浮かび上がってくるのは、イラン社会の姿である。死刑制度や外国映画の禁止、格差といった問題がユーモアを交えて描かれている。

 作品中にとても興味深いエピソードがある。監督が急ブレーキをかけたことで金魚鉢の老婦人は金魚鉢を落として割ってしまうが、監督がビニール袋に水を入れて金魚をそこに戻したらそれでおしまいなのだ。金魚鉢の水で濡れた床やガラスの破片もそのままであとから乗る人々も誰も気にしない。せいぜいちょっと文句を言う程度だ。もし同じことが日本でも起こっていたら、金魚鉢の弁償や濡れた洋服のクリーニング代などさまざまな弁済がタクシー運転手に生じるだろう。おおらかで微笑ましいシーンだ。

 日常の人々の営みを通じて表現されるイランの現実、人と人との関わり、体制批判、そして映画愛。すべて内包したこのユーモラスかつシリアスな作品に喝采せずにはいられない。どんな制約も命令も、パナヒ監督が映画を創ることは止められないようだ。次はどんな方法でまたやってくれるのか、期待は膨らむばかりだ。
彼の反骨心と映画愛が注ぎ込まれ、映画ファン、クリエイター、そして逆境に立ち向かうすべての人に捧げられた作品。映画ファンも素のイランを知りたい人も、いやそんな人こそ、この作品を見てほしい。
(陽)