機関誌7月号 通巻799号より

市民映画劇場7月例会(第555回)
バハールの涙  
 原題:LES FILLES DU SOLEIL
 監督:エヴァ・ウッソン
 出演:ゴルシフテ・ファラハニ、エマニュエル・ベルコ
 (2018年/仏・ベルギー・ジョージア・スイス/111分)

尊厳を持って立ち上がる女性たちの輝き

 『パターソン』などのゴルシフテ・ファラハニと、『モン・ロワ 愛を巡るそれぞれの理由』などのエマニュエル・ベルコを主演に迎え、実際にイラクのクルド人自治区で、2014年8月3日から2015年11月13日に起きた出来事に着想を得た物語です。過激派組織ISに人質になった息子を奪還するために銃を取るクルド人女性たちの姿を描きます。クルド人自治区を訪れ、女性戦闘員たちを取材した経験のあるエヴァ・ウッソンが監督と脚本を務めました。

 弁護士のバハールは夫と息子と幸せな生活を送っていましたが、ある日クルド人自治区の町でISの襲撃を受けます。襲撃により、男性は皆殺しとなり、バハールの息子は人質としてISの手に渡ってしまいます。その悲劇から数カ月後、バハールはクルド人女性武装部隊「太陽の女たち」のリーダーとして戦いの最前線にいました。そんなバハールの姿を、同じく小さな娘と離れ、戦地で取材を続ける片眼の戦場ジャーナリストであるマチルドの目を通して映し出していきます。バハールの過去と現在を交錯させていきながら、戦時下における女性達の悲劇と闘いを描いています。
 ヒロインを襲う性暴力の屈辱と絶望、そして奴隷労働者として住み込みで働かされている状況からの危険な脱出劇が生々しくスリリングに描かれ、かたちの違う幾つもの暴力に晒されたヒロインが武装部隊を結成するに至った過程をIS司令部への攻撃と一人息子の奪還を目標とする現在の状況とが並行的に描き出されます。暴力の被害者となったヒロインのその後を描いた作品であり女性たちの壮絶な覚悟に胸が苦しくなりますが、それ以上に、男性の暴力に屈することなく果敢に立ち上がる女性達の芯の強さ、逞しさに心揺さぶられる女性映画の傑作です。ヒロインを演じたゴルシフテ・ファラハニの覚悟のこもった力演に圧倒されます。悲惨な現実としてだけでは観せないという姿勢が貫かれ好感が持てます。

 戦闘シーンなどが強烈な印象を残しますが、私はどちらかというと闘いの合間のふとしたシーンが心に残りました。女性たちが歌う姿とその歌の内容。彼女たちが身に着ける鮮やかな色のスカーフ。臨月を迎えた仲間が破水をして、彼女を支えて歩くシーン。よくある戦争映画ではありえないシーンです。戦場描写は極めてリアルですが、視点はあくまで女性主観に置かれていて、マッチョイズムや戦闘描写を目玉とする従来の戦争映画と一線を画します。
 破水している女性に「もうちょっと後にしろ」と協力者の男が言います。確かにあの状況で出産はとても危険ですが、「出産なのだから後にできるわけないよ」と思わざるを得ません。男性優位社会における女性蔑視が現れた場面です。
 登場する女性兵士たちは全員、IS支配のもと性奴隷とされた過去をもっています。そこにある幾つもの構造的な抑圧は、むしろ文化的・社会的に根づく抑圧を、ISは自らの支配に巧く利用しているだけとも言えます。だからこそ逆に、彼女たちとの戦闘をISの戦闘員は過度に恐れているのです。彼らが信奉するジハード(聖戦)の教えによれば、女に殺された戦士は天国への道を閉ざされ、聖戦における殉死の栄光が意味を失うのだと。
 女性戦場ジャーナリストが女性部隊と帯同しますが、彼女の持つ感覚はジャーナリストの中でもステレオタイプではなく、リアルに感じました。それは戦場を怖いとはっきり言っていること。彼女は熟練のジャーナリストで、夫も同じく戦場カメラマンで紛争中に亡くなっています。戦場を知るゆえに恐怖も持ちながらも必死に戦士たちについてシャッターを押す姿。遠くにいる娘に電話で会話した後泣いたりもします。
 そして、希望を見たいがために、厳しい現実から目を背けているのではないですかという、マチルドの終盤の言葉に、重い問いがこめられています。それは「見たくないものを見ない、聞きたくないことは聞かない」という姿勢への厳しい視線。楽しいこと、うれしいこと、自分にとって都合の良いことにのみ耳を傾け、目を向ける。そんな私たちへの警鐘と受け止めました。

 彼女達の目の前にあるのは漠然とした将来の目標などではなく、ただ尊厳を持って今日一日をどうやって生き抜いていくかという希望しかありません。人間としての尊厳がここまで蔑ろにされる状況があるのかと愕然とします。そんな中、武器を手に取り最前線で戦う女たちは気高く強く美しいのです。硝煙の中に舞う花柄のスカーフ、その緊張感と息づかい。とにかく彼女たちのドラマに出会えて良かったと思えました。お互いに慈しみ合ったり励まし合ったりしながら戦い続ける女たち。強くもあり脆くもある人間の心をありのままに映し出していました。
 原題の意味は、バハールの部隊名でもある〈太陽の女たち〉。
 最後に印象的であったバハールたちの歌の歌詞の一部を記して筆を置きたいと思います。

 私たち女がやって来たぞ
 私たち女が街に入っていくぞ
 戦いの準備は万端だ
 私たちの信念で奴らを一掃しよう
 新しい時代がやって来る
 女と命と自由の時代
 新しい時代がやって来る
 女 命 自由の時代
 女たち それは最後の銃弾
 手元に残された手りゅう弾
 この体と血が土地と子孫を育む
 母乳は赤く染まり
 私たちの詩が命を生むだろう
 私たちはゴルディンの女
 さあ街に入ろう
 戦いの準備は万端だ
 私たちの信念 新しい日の始まり
 新しい時代がやって来る
 女と命と自由の時代
 新しい時代がやって来る

 (陽)

「ISによるヤズディ教徒への迫害と現在の状況」
 講師:玉本英子さん(アジアプレス・映像ジャーナリスト)
  日時:7月12日(金)19:00~20:30
  場所:グストハウスギャラリー(映サ地階)
  参加費:会員500円/一般1000円
   ※誰でも参加できる学習会です。