機関誌6月号 通巻798号より

市民映画劇場6月例会(第554回)

原題:29+1
監督:キーレン・パン
出演:クリッシー・チャウ
2017年/香港/111分

すべての世代の観客の心に寄り添う香港からの贈り物

 『29歳問題(原題「29+1」)』は、30歳を目前としたふたりの女性の生活や心の内を描いた作品です。

 公開されるやいなや、香港で大ヒットし、第37回香港電影金像賞七部門でノミネート、新人監督賞を受賞しました。その感動は本国のみならず、「大阪アジアン映画祭観客賞」「ニース国際映画祭外国語映画新人監督賞」「セドナ国際映画祭脚本賞」を受賞し、一昨年の「あいち女性映画祭」でも観客に一番人気があった作品です。
 なぜ「特定の年齢」を題とした映画が、これほどまでに老若男女問わず人々に受け入れられたのでしょうか?
 29歳なんてとっくの昔に…なんて思う方にも是非観ていただきたい作品です。

クリスティの場合(キャリアウーマンの29歳)
 2005年、香港。化粧品会社に勤めるクリスティの毎日は忙しい。スーツを着てさっそうと歩く姿は、まさに都会のキャリアウーマン。シンプルなインテリアの部屋に一人暮らし。イケメンの恋人がいるし、一緒に食べて飲んで、楽しく本音を語り合える学生時代からの女友達との友情は変わりなし。時々、認知症の父親のことが心配になるが、プライベートでも楽しくやっている。
 最近、彼女は尊敬する女性社長に仕事ぶりを認められ、昇進も確定。新たなステージにあがろうとしていた。でも、望んできたはずなのに、なんだか心はブルーなクリスティ。同僚として仲良くしていた仲間を部下として指示しなければならなくなって、コミュニケーションが難しい。社長は期待してくれるけど、私って大丈夫?
 昇進して初めてのイベント当日はトラブル続き。どうしようもない理由が原因でも仕事での失敗は許されない。
 青春を共にして、長年つきあってきた彼氏は、最近出張が多くてすれ違い。仕事の相談にだってのってほしいけど、会うことだって難しい。ストレスはたまる一方だ。
 そんな時、自宅のマンションが水漏れに。心の疲れが沸点に達したとき、大家がある提案をした。

ティンロの場合(夢見がちな29歳)
愛するレスリー・チャン主演の『日没のパリ』の舞台になったパリに旅することを夢みるティンロ。香港の街角の小さな中古レコード屋で優しい店主と共に、大好きな曲が流れて、ポスターが飾られている空間で笑顔を絶やさず働く。
両親を早くに亡くし、ひとり暮らすティンロには心を許せる幼馴染の男友達のホンミンがいる。彼はティンロがどんなにつらい時でも「ニー…」と笑って乗り越えてきたことを知っている。
彼女が暮らすカラフルで好きな物に囲まれたレトロな雰囲気の部屋には温かい空気が漂っている。
 パリ旅行で一か月留守にする部屋においていった「自伝的な日記」でクリスティと繋がっていく。
 
初めて「人生」を考えた日々
 『29歳問題』は、この作品を監督したキーレン・パンが自ら一人二役を演じ、演出した舞台劇を映画化した作品です。
 初演の時、自身が29歳で30歳をむかえるにあたり、様々な不安や心配が心のなかにあって、脚本は観客を想定してというより自分自身に向けて書いたと語ります。とても私的なテーマにも関わらず、小劇場から始まった一人芝居が好評を得て大きな劇場で十年以上も再演を重ね、映画化への道をたどりました。
 パン監督は映画版の『29歳問題』は、自分自身の問いに対してはるかに超えるものになったと思うといいます。それは、世代を超えた観客の熱い支持でした。
 映画を通して、抜群のスタイルと美貌を持つキャリアウーマンのクリスティを体現したクリッシー・チャウ、笑顔で苦難を乗り越え周りの人を癒す存在を演じたジェイス・チェン。二人の個性はスクリーンの中で輝きながら、まるですぐ隣にいる人のように親しみを感じさせます。
 競争の激しい香港で、キャリアを築き続けるストレスフルな日々は、徐々にクリスティの心を固くしていきます。つま先立ちで歩くのにも限界かもしれない。
 そんな時、立ち止まるきっかけをくれた部屋のオーナーは、会ったこともない間借り人に自分をさらけ出して、ひとりで旅立って行きました。クリスティは不思議な気持ちになります。
 「あなたはどうして、いつも笑顔でいられるの?」
 ティンロにとって、笑顔は自分を守る武器であり、壁でもあるのです。「二一」と顔をあげて笑う彼女に少し痛々しさを感じることも。
 クリスティは、日記を読み進むにつれて、ティンロの身に起こったこと、彼女が大きな決断をして旅立ったことを知ります。
 同じ街に暮らす同じ誕生日のふたり。30歳になる直前に戸惑い、過去を振り返り、将来を考え、一歩前に進む決断をします。
 性格もこれまでの人生もまったく違うのに、ふたりはひとりではないかと思えてくるのです。
 彼女たちを取り巻く人々もそれぞれ魅力的です。とりわけ、クリスティが勤務する会社の女性社長を演じるエレイン・ジンのオーラには圧倒されます。

香港明星たちへのオマージュ
 作品のもう一つの魅力は、80年代90年代の香港芸能への愛情溢れるオマージュです。
 75年生まれの主人公たちにとっては、十代を過ごした時代、香港のエンタメ界は大きく花開いていました。映画は、東洋のハリウッドといわれ製作本数を誇り、アクションだけではなく、ウォン・カーウァイ監督作品のような世界の映画祭で賞を取るような作品や都会的なラブロマンスも作られました。
 しかし、中国返還後の香港映画は製作本数が徐々に少なくなり、北京語で歌われる曲も多くなってローカル色が薄れていきました。
 この作品が多くの香港人に愛されたのは、失われた香港らしさに対してのノスタルジーを感じさせてくれたからではないでしょうか。
 ふたりの青春の思い出や家族とのふれあいのシーンを通じて、さり気なく色をそえる映画や音楽の数々は、懐かしさだけではなく画面の中に時代の空気を写し出しています。
 『29歳問題』は二人の女性を通して、人は表面に見えるだけがその人ではないということ、誰もが日々の喜怒哀楽を心に刻みながら、大小様々の決断を繰り返し、人生を生きてゆくという事をやさしく伝えてくれる作品です。 (宮)