機関誌1月号 通巻781号より抜粋
 原題:UN TANGO MÁS
 監督:ヘルマン・クラル
 出演:マリア・ニエベス  フアン・カルロス・コペス
 2015年/ドイツ・アルゼンチン/85分

最も有名なタンゴダンス・ペアの半生を綴る情熱ドキュメンタリー
 『ラスト・タンゴ』は、14歳と17歳で出会い、アルゼンチン・タンゴの魅力を世界に知らしめたタンゴ史上最も有名なダンスペアとされる、マリア・ニエベスとフアン・カルロス・コペスの軌跡をたどったドキュメンタリー作品である。
 現在の二人の証言から、彼らの歩んだ愛と葛藤の歴史をタンゴで再現。マリアと、彼女を演じる若きダンサーたちとの会話を挿入しつつ、官能的で情感に満ちたタンゴの魅力が映像に焼き付けられている。80歳を越えてもなお魅力的にダンスを踊る男女が、情熱的なタンゴへ、そしてお互いへの愛を語る物語だ。
 監督は1999年に『不在の心象』で山形国際ドキュメンタリー映画祭の大賞に輝いたヘルマン・クラル。『ラスト・タンゴ』もまた、「トロント国際映画祭」に正式出品、「山形国際ドキュメンタリー映画祭」コンペティション部門出品など、様々な映画祭に出品され注目を集めている。

コペス&ニエベス
 映画でタンゴを踊る彼らを見ただけでいかに素晴らしい踊り手だとわかるが、彼らのことを簡単に紹介したい。
 コペス(Copes, Juan Carlos)は1931年、ニエベス(Nieves Rego, Maria)は1934年、二人ともブエノスアイレス生まれのダンサー、振付師。
 1950~60年代、タンゴ・シーンにおいて偉大な足跡を残したダンスペアであり、同時にタンゴの国際的な普及にも貢献した。カルロス・コペスとマリア・ニエベスのコンビはアストル・ピアソラと舞台を共にした唯一のペアとなり、アニバル・トロイロと共演した最後のペアになった。1983年コペスとマリア・ニエベスは、パリで初演される予定のレビュー「タンゴ・アルヘンティーノ」のメンバーとなるべくクラウディオ・セゴビアとエクトル・オレソリに招かれた。コペスはさらにグループの振り付けも担当した。
 これ以降のタンゴ振付師としてのコペスの業績は数多いが、代表的なものとしてロベルト・ゴジェネチェとアティリオ・スタンポーネと共演した「タンゴ、タンゴ」(1988年)、ブラジルで上演されたピアソラとオラシオ・フェレール作のオペリータ「ブエノスアイレスのマリア」、一部で物議をかもしたスペイン映画「タンゴ」(カルロス・サウラ監督、1998年)などが挙げられる。

圧巻のタンゴ
 天使のように舞う初恋のダンスから、「彼女にはウンザリだった」「コペスなんてクタバレ!」と、口論のごとく激しく足を絡め合う憎しみのダンスまで、タンゴの名曲「バンドネオンの嘆き」 や「ジョ・ソイ・エル・タンゴ」 に乗せて、世界的トップダンサーたちが二人の波乱の人生をドラマティックに表現している。舞台でのダンスシーンはもちろんのこと、当時の映像や、雨の中道端で踊るシーンなど様々なダンス場面が覗ける本映像は、50年にわたるままならない男と女の愛、そしてタンゴが人生そのものであることが熱く伝わってくる。
 伝説的な二人のタンゴ人生を青年時代、壮年期に分け、それぞれを当代きってのタンゴ・ダンサーが演じて踊るダンス・ドラマでもある。
 単にインタビューだけを見せるのではなく、若い頃のマリアとフアンのタンゴ場面は、物語調に美しく再現している。
 映画『タンゴ・レッスン』で本人役を演じたパブロ・ベロンや、タンゴダンス世界選手権の優勝者ダンサーなどがタンゴを披露します。伝説のアルゼンチン・タンゴの母と呼ばれたマリア・ニエベスと、現在の一流ダンサーたちを交えて映像化するという構成が、まず面白い。
 マリアが次世代の若者に自然な形でタンゴを継承する様は、まるでワークショップのようにも見えてくる。マリアがもっとこうしなさいと《当時のマリアとフアンの情熱的タンゴ》をダンサーたちに教える場面は作品の魅力のひとつだ。これはインタビューだけでは見ることはできないし、当時の映像だけでは観客にも伝わらないのではないだろうか。
 また、ストーリーに合わせた現役ダンサーたちの、若い当時のマリアとフアンの軽やかで魅惑的なステップと、熱狂的な踊りは、タンゴファンならずとも一見の価値がある。
 ダンサーによるメイキングを含む再現映像や、ダンサーの二人に対するコメントまで入って、そのあたりが刺激的でもあり面白い。ダンサーたちとマリアの対話からマリアの内面を深く描くことに成功していると言えるだろう。
 破局後も長年ペアで踊り続けたマリアの赤裸々な心情吐露に、胸を抉られる思いがする。再現シーンでは台詞がないのだが、ダンサーの踊り方や振付はもちろん、視線や息遣いで感情が伝わってくるのである。その様子は私たち観客にもその感情をダイレクトに感じさせ、踊る姿の美しさと共に魅了されてしまうのである。

マリアの輝き
 1950~60年代半ば、ふたりは結婚と離婚を経験する。フアンが若い女性と再婚しマリアを激怒させるシーンがある。罵り合いながらもペアを続ける二人。若いダンサーがマリアに言う「僕なら考えられない」と。最初に観た時、私もなぜ彼らがパートナーを解消しないのか、とても不思議だった。しかし彼らが踊り続けてきたタンゴを見ているうちに、一言では言えない感情や関係が彼らの内に築き上げられてきたのだろうと思うようになった。ペアを解消してからの彼らのダンスは翼を片方失った鳥のようにも見えてしまうのだ。それだけ彼らは唯一無二のペアだったのだろう。
 タンゴに賭けた人生。恋愛であれ芸事であれ、自分の人生を賭けられるものを持つ人間は美しい。80歳過ぎたいまなお現役で輝き続けるマリアの「人生で愛した男はひとりだけ」と言い切る潔さや、恋愛と同じく一途にタンゴへの情熱を貫く姿は、とにかく「格好いい」としか表現のしようがない。
 タンゴの魅力を満載にしつつ、実はタンゴに賭けた人生を送ったひとりの女性の生き方を描ききったこの作品。彼らの生き方に共感できない場面もあるかもしれない。それでも彼らはそのようにしか生きられなかったのだろうし、つらい選択を重ねてきた彼女の人生が、今のマリアを輝かせているのに違いない。
(陽)

【参考文献】
ホームページ10TANGO.COM
『ラスト・タンゴ』パンフレット