市民映画劇場12月例会(第548回)『シーモアさんと、大人のための人生入門』

原題:SEYMOUR: AN INTRODUCTION
監督: イーサン・ホーク
主演: シーモア・バーンスタイン
2014年/アメリカ/81分

少し立ち止まって、シーモアさんの音楽と言葉をきいてみよう

 スランプなのだろうか、最近、ちょっと心がしんどい。仕事にやりがいを持てない。生活にむなしさ感じる時がある。毎日、楽しくない時間が過ぎてゆく。
 かのハリウッドスター、イーサン・ホークは、人生の折り返し地点という年齢に差し掛かり、俳優として行き詰まり、考え込む時期があったそうです。自分は、なぜ俳優をしているのか? 俳優という仕事とは? 成功がもたらした名声や地位と本当の自分の間にあるものは?
 自問自答が続いたころ、あるパーティーでピアノ教師シーモア・バーンスタインに出会い、彼が醸し出す安心感にごく自然に心を開き、悩みを打ち明けることができたそうです。その瞬間はイーサン本人も信じられない体験でした。
 彼はシーモア・バーンスタインという人間を自分自身がもっと知りたい、多くの人に知ってもらいたい。そして現役を引退し観客の前でピアノを弾くことがなくなった彼の演奏を聴いてもらいたいと願い、コンサートを企画し、映画を製作したのです。
 この映画は、イーサン・ホークが監督を務め、シーモア・バーンスタイン(以後、シーモアさん)にカメラをむけて音楽と共に生きた彼の人生を紐解き、散りばめられたピアノの音と共に、彼が語るひとつひとつの言葉と表情を映像に収めます。

 冒頭、真剣な表情でピアノを弾くシーモアさんが映し出された後、キッチンでシンプルな朝食を用意する様子で彼の日常の一端が垣間見えてきます。その彼の自宅に、何人もの生徒がやってきてレッスンを受けます。風変りなドキュメンタリー映画の始まりです。
 89歳のシーモアさんは、優しいおじいさんという感じ。ゆったりとした動きと話し方、誰もが心を許してしまいそうです。
 ピアノ教師としての彼の指摘は的確で、生徒の内なる才能や感情を引き出します。優しさと厳しさが共有する時間は、ピアノを介して教師であるシーモアさんと生徒との魂のやり取りの瞬間をつないでいきます。
 カメラは時にひとりのシーモアさんを見つめ、独白を引き出します。ある時は、かつての教え子との会話の中に栄光のピアニスト時代を振り返ります。

 家族は誰も楽器を演奏せず、レコードさえない家庭に育った彼は六歳で中古のピアノを買ってもらった日から、音楽を深く愛するようになりました。
 初めて、シューベルトの「セレナーデ」と出会った日のエピソードや、若きの日のピアニスト時代の彼の姿、そして何より音楽の練習によって人格を作っていった自分を思い起こし、音楽と人生を語るのです。その様子は、彼のレッスンと同じように、偉ぶっていることもなく終始ゆっくりで緩やかな語り口です。
 現役のピアニストであった当時のマスコミや社交界の話は、古き良き時代のニューヨークの街の様子を感じ、華やかな存在であったシーモアさんの若き日々を想像させて興味深いものです。
 タイプの異なる話し相手との会話は、音楽を軸に時にはスピリチュアルな方向にも行くのですが、シーモアさんの言葉はまったくぶれることはなく、ストレートで清々しささえ感じます。彼のこれまでの人生は音楽とともに歩んだことで深く尊いものになっていったのかを知ることになります。
 音楽のことを語るとき、時には厳しい口調になって、「技巧なくして本当の芸術は生まれない」と断言し、高みを目指すために自らに課した努力の日々を思い出します。
偉大な作曲家についても分析する鋭い目を持っています。楽曲『月光』とベートーヴェンその人への深い洞察と理解、シューマンの音楽から物語を想像し「幸せ」をピアノ演奏に表現します。
又、高名なピアニストについても触れます。師と仰いだ英国のピアニスト、クリフォード・カーゾンとのエピソードや、「優れた芸術家は時としてモンスターだ」と、グレン・グールドの性格やその音楽の特異性を語ります。

 シーモアさんはどんな時でも音楽を手放すことはありませんでした。兵士として朝鮮に行った時、従軍ミュージシャンとして前線まで赴き、クラッシック音楽など聞いたことがない兵士の前で演奏した体験をしました。
 彼はいつも日記をつけていたのですが、当時のものを、読み返すことはありませんでした。  
 しかし、ある日曜日、20年封印していた日記を読み返した時、一瞬で記憶が蘇ったと涙をながします。多くを語らずともシーモアさんの涙は、本当に戦争の惨状を見てきた人の涙です。

 シーモアさんの言葉は安易に幸せを求める時代の空気にも警告を鳴らし、宗教や教育についても率直に意見を言います。
 「苦しみが才能を開花させる、音楽と人生には共にハーモニーもあるし、不調和音もある。解決する喜びを知ることができるのは、不調和音があるからだ。人生に幸せをもたらすゆるぎない何かを、人々は求めている。救いが我々の中にあることを、多くの人々は知らない。」

 「ピアノは人と似ている。製造方法は同じでも、同じものはない。人の手がはいっているから。」ピアノメーカーの工房で楽しそうな表情でピアノを選ぶシーモアさん。
 映画は最後にスタインウェイ・ホールでのコンサートにいざなう間に様々な寄り道をしました。それは、シーモアさんの言葉を引き出すための時間でした。
 原題は『An Introduction for Seymour(シーモアを紹介)』
 音楽への愛を通して持ち得た彼の人生を語るシンプルで正直な言葉の数々は「大人のための人生入門」となったでしょうか?
 「それは、ちょっと大げさだな」とシーモアさんにいわれそうな気もします。       (宮)