機関誌10月号 通巻790号より

市民映画劇場10月例会(第546回)『ロープ/戦場の生命線』

 原題:A PERFECT DAY
 監督:フェルナンド・レオン・デ・アラノア
 主演:ベニチオ・デル・トロ、ティム・ロビンス
 2015年/スペイン/106分

停戦直後のバルカン半島。そこで、なにが起こったのか

 1995年、停戦直後のバルカン半島で何が起こったのか?衝撃と感動のヒューマン・ドラマ『ロープ/戦場の生命線』を10月例会で上映することになりました。
 紛争地帯で人々を救うため奔走する国際援助活動家たちの闘いを『トラフィック』のベニチオ・デル・トロ、『ショーシャンクの空に』のティム・ロビンス、『オブリビオン』のオルガ・キュリレンコ、『ゼロの未来』のメラニー・ティエリーら実力派キャスト共演で描いたスペイン製のドラマです。監督はフェルナンド・レオン・デ・アラノア。『カット』でスペインのアカデミー賞であるゴヤ賞の最優秀監督賞を受賞した監督です。

国際援助活動家
 このドラマで活躍する国際援助活動家とは、世界各地で続く内戦や紛争、そして巨大な自然災害などで困難に陥り命の危険にさらされながら援助を求めている多くの人々のため、自らの危険を顧みず援助活動を続ける人たちのことです。政府や国連など、動きの鈍い巨大組織が手をこまねく中、いち早く現地に向かい、日夜武器を持たずに行動する知られざる真の英雄たちのことです。
 映画はバルカン某国を舞台に、援助活動家たちの愛と勇気に満ちた、一日だけの奮闘を描いています。この映画は2015年のカンヌ国際映画祭「監督週間」部門での公式上映では、上映後十分間に及ぶスタンディング・オベーションが起こり、絶賛で迎えられ、各国で大ヒットした傑作です。

オープニング
 映画はオープニングシーンが重要だと思います。これからの話に引き込まれるかそうでないかが決まる大事な要素です。
 真っ黒な画面の中で白くまあるい光が浮かび次第に大きくなる。なにが起こるのかドキドキします。すると次第に人影が浮かび上がりそれが井戸の中の死体だとわかる。水中から撮影したと思われるこの強烈なインパクトを持ったオープニングで、これからの物語に興味を持たせます。
 井戸の中の死体は巨漢で、車にロープをつないで引き上げようとするが重くて、途中で使い古しのロープが切れてしまいます。死体の腐敗が進むと井戸水の浄化が困難になるため、一刻も早い引き上げが必要ですが、村には代わりのロープはありません。
 マンブルゥ(ベニチオ・デル・トロ)は、彼と同じくベテランの職員のビー、紛争地帯に派遣されるのは初めての新人の女性職員ソフィー、現地人通訳ダミールの四人で活動しています。なんとか解決策を見いだそうとしますが、様々な困難やトラブルが重なりあい、国連軍への援助要請も受け入れられず、解決の糸口は見えません。四人は新しいロープを捜すため危険な道を歩まねばなりません。

バルカン半島の空の下
 映画の舞台である山間部は、すべての当事者が存在する紛争の縮図のような場所です。軍人、市民、国連軍、ジャーナリスト・・・。そこに、井戸から死体を引き揚げようとしている小さな援助活動家のグループがいる。後でわかるのですが、水を汚染する目的で、死体が井戸に投げ込まれたのです。これは細菌を使った単純且つ効果的な攻撃のひとつだったのです。
 問題は一見、簡単に解決しそうに思えます。しかし、紛争地帯においては、常識が通用しなくなります。だから彼らの車は迷路のような細い山道を行ったり来たりしながら、そもそも存在しないかもしれない解決法を捜しています。果てしなく続くバルカン半島の空の下には、迷路のように入り組んだ木々が照り輝いています。その迷路はあまりに広大で、閉塞感がいっそう際立っています。

外部から見えない戦争の本質
 この映画は外部の力ではどうにもならない戦争の本質を鋭く突いています。ボスニア内戦という激しい内戦。それが突然外部(NATO)の介入によって停戦になるのです。
 「昨日まで敵だった人ともう戦ってはいけない。今日以降彼らを殺せば罪に問われるぞ」。こんなことを言われるのです。ボスニア内戦にもたらされた悲劇に、いきなり停戦だといわれても、現地で実際に戦争に直面してきた人の心理として素直には従えないでしょう。「停戦」で戦争は形式上終わったとしても、人々の心の中で戦争は続きます。そんな「内部」の者たちの心までも「外部」からの「よそ者」は介入することは出来ないのです。「外部」から介入した者たちが自分たちの価値観と心情、正義感で行動することは必ずしも「内部」のものたちに好意的に受け取られるわけではないのです。
 「ロープ」とは人を救うために「外部」から投げ込まれるものです。しかし、その助けの「ロープ」が本当に求められているかどうかという実情は結局のところ「外部」からは見えないのです。
 停戦後の戦場ドラマを描いたにも関わらず、凄惨で、悲惨な映像を登場させていません。このことは私たちが見落としがちな戦争の本質を浮き彫りにしていると思われます。

ユーモア交じりの人間ドラマ
 この映画は紛争地帯の山岳地帯の実情を、どうしようもない閉塞感をもって映し出すのではなく、一人ひとりの人間に焦点を当てたドラマにしています。国に家族や恋人を待たせていても、給料が少なくても、どれだけ悲惨な状況や人間の汚い部分を目にし、命の危険にあっていても、現地で困っている人を助けに行く。こんな人たちがいることに感動を覚えます。
 女性に対する態度はどうかと思うマンブルゥだけど、新人のフランス娘に対する思いやりだとか、出会った現地の少年への気遣いが人間らしく、仕事に対しては最低限の努力はする。むだに協定に楯突かず諦める場面では潔い。窮地に立った時の冷静な判断力(国連に死体を引き上げるのを辞めるように指示されたときそれに従うこと)や、少年に対する優しい心遣いなど興味深い人物です。
 フランス娘のソフィーの成長も必見です。最初は牛の死体と地雷、ベテランおっさんの無謀運転にキレまくり、井戸に到着したら初めて人の死体を見てびっくりしてしまう。叫び声をあげ、意気消沈する間もなく、戦場、という場所をいやでも実感し、先輩たちと過ごす中、ここでやっていこうという覚悟が見えます。たった一日でここまで成長するのかと感心します。他にも一緒に活動するビーや通訳のダミールなども人間味にあふれた活躍をします。
 また、生きるか死ぬかの緊迫した状況にあってジョークやユーモアが次々に飛び出します。マンブルゥがジョークを言って通訳に訳を頼み現地の通訳人が戸惑うシーン。どの道を通ればいいか迷っているときにひょいと現れる牛飼いのおばちゃんなど。この戦場下にあって、ユーモアとジョークが非常に重要に感じます。
 ラストシーンで思いがけないことで問題が解決します。「停戦」では戦争は止められないと思いますが、いつか戦争は終わります。時間をかけてゆっくりと人々の心の中にある戦争に終わりがもたらされます。
 映画のように無欲で献身的な活動家たちがいることがきっと観客の心に染み込んでいくことでしょう。
(飯川)