市民映画劇場1月例会(第561回)『ロング、ロングバケーション』
 原題:Ella & John The Leisure Seeker
 監督:パオロ・ヴィルズィ
 出演:ヘレン・ミレン ドナルド・サザーランド
 2017年/伊・仏/112分

生きる意味を問いかける 老夫婦ふたりのロードムービー

 『人間の値打ち』などのパオロ・ヴィルズィが監督を務めたロードムービー。老夫婦が人生最後の旅を満喫しようと、キャンピングカーでボストンからアメリカ本土最南端の地を目指す様子を描きます。
 元文学教師でアルツハイマー病のジョン(ドナルド・サザーランド)と末期がんの妻エラ(ヘレン・ミレン)の結婚生活は、半世紀を過ぎていた。子供たちもすでに独り立ちして家を出た今こそ二人きりの時間を楽しもうと、彼らは愛車のキャンピングカーで旅に出る。目的地は、ジョンが大好きな作家ヘミングウェイの家があるフロリダのキーウェスト……。

 オープニングにかかるのはキャロル・キングの「It’s Too Late」。このシーンが秀逸で一気に映画の世界に引き込まれてしまいます。
 私はキャロル・キングのこの名曲が大好きなのですが、この曲が収録されたアルバム「つづれおり」はグラミー賞受賞作のなかでも名盤中の名盤です。このアルバムが作られたのは1971年。この『ロング、ロングバケーション』主人公のふたりが人生を共に歩み始めた若かりし年代です。
 本作の主人公のひとり、妻エラ役を演じた女優ヘレン・ミレンは、役柄と自身の共通点をこのように述べています。「確かにエラは、私自身が望んでいる生き方を体現している。私は彼女の人柄がとても気に入ったの。彼女は人生の終わりを迎えながらも、エネルギーに満ち溢れ、一生懸命生きて、人生を楽しんでいるから。私もこの人生が終わるまでそうありたい」。
 その理由は妻エラというキャラクターは、どのような状況に至っても、夫ジョンへの愛に生き、生き抜く美学の自由を選択し続けた存在だからでしょう。例えば、70年代の頃に若かりしエラの初恋の相手は黒人のヒッピーの男性でした。そのことは彼女がこれまで生きてきた人生観のなかで、独自性の価値観を持った強さがあることを読み取れます。
 70年代という今よりもさらに黒人差別の激しかった頃に、黒人男性に恋をしたというエピソードは、かなり先進的人物であることが見て取ることができるからです。
 「何者の価値観にも邪魔されることのない、直感的で自由人」であったことをさりげなく描いています。

 二人が旅する先々で、「アメリカらしいこと」が起こるのも見どころです。強盗に出くわす彼らが銃を持っていることで身を守るシーンは、如何にもアメリカ的だと考えさせられます。そして「Make America Great Again」 とトランプの選挙応援を行っている現実もしっかり収められています。
 映画ロケを行っていた2016年夏、トランプの演説に熱狂する人々の風景をみて衝撃を受けたと語る監督は、その様子を映画に取り込みます。エラが共和党に投票すると言ったらジョンに大層怒られたというエピソードを盛り込むことで彼らが生きる現代のアメリカが浮かび上がってきます。そこで本作のトランプ大統領候補のエピソードが重要な意味を持ちはじめるのです。

 パオロ・ヴィルズィ監督は本作のテーマを、「最後の瞬間まで自分の人生を選ぶという問題に対してどう行動するか」だと述べています。マイケル・ザドゥリアンの原作についてヴィルズィ監督は、「私はこの本に非常に魅力を感じた」と語ります。「その破壊的なマインド、つまり社会的および医学的規制、さらには医者や自分の子供たちに強制される入院からの反逆に惹きつけられた」この作品を自分の人生の自由を選ぶ映画だとしているのです。
 ヘミングウェイがモチーフとして繰り返し引用されます。彼らの旅の目的地はヘミングウェイの自宅があったキーウェストだし、「老人と海」もたびたび触れられます。ヘミングウェイは原作には出てこず、映画での脚色となっています。「老人と海」にただよう誇り高き終焉はこの作品のふたりの世界にも感じられました。

 サザーランドとヘレン・ミレンの二人の名優も見事で、圧倒的存在感で老境の夫婦を演じています。ドナルド・サザーランドの目の輝きひとつでアルツハイマー病にかかっているジョンを体現してみせます。そしてヘレン・ミレンは夫の記憶を呼び覚まそうと彼を支える妻エラを自然に演じています。
 ユーモアと冒険に満ちた最後の日々。末期がんと痴ほう症の夫婦というと、なんだか重そうに感じるけれど、この映画にはその重さは感じられず、むしろユーモアに描かれているのが救いになっていて、そこがこの映画の魅力となっています。

 主人公の老夫婦が妻は末期がんを患い、夫はアルツハイマー病なので、彼らには明らかに「終末の時」が見えています。その時、人は何を思うのか。それが、この映画のテーマといえます。エラは8ミリを映しながら二人の想い出を語り夫に思いださせようと試みます。その彼らの姿に半世紀を超える結婚生活を送る彼らの愛情の深さを実感しました。
 自分が自分でいられる間はそんなに長くはない。それを思うエラは、夫の人生の夢に同行し、その終着をどうするか決めていました。この想いがとても切ない。でも、自分の人生を生き抜き、終わらせることはとても難しいことだと改めて感じました。だからこそ、今を生きる意味を忘れてはいけないのだと思います。
 結婚生活の幸せと共に、難しさも知った人にぜひお薦めしたい作品です。
(陽)

【参考文献】
公式ホームページ
東京創元社「旅の終わりに」マイケル・ザドゥリアン著