機関誌5月号 通巻785号より

 原題:CHIAMATEMI FRANCESCO – IL PAPA DELLA GENTE
 監督:ダニエーレ・ルケッティ
 出演:ロドリゴ・デ・ラ・セルナ
 2015年/イタリア/113分

人の世には「壁よりも橋を」

はじめに
 クリスチャンではない私にとってローマ法王ははるか遠い人でした。その存在は知っていても、彼の人となりに関心を持ったことはありません。しかし現在の法王フランシスコ(2013年3月13日~)は、これまでの法王とだいぶ違う、という印象を持っています。
 この映画は、彼が法王に就任するまでのホルヘ・マリオ・ベルゴリオであった人生を、実話に基づいて描いたものです。1970年代後半アルゼンチンが最悪の軍事独裁政権であった時代を生き抜きました。
 ローマ法王はキリスト教の中でも、カトリック教会の最高の地位に立つ聖職者です。道徳や政治、思想などは保守的なイメージが強くあります。
 第二次世界大戦のときはヒトラーやムッソリーニと近い立場をとっていました。戦後の東西冷戦時代ではソビエトを敵視し、現在でもバチカン市国は中国や北朝鮮、ベトナムなどとは国交関係を持っていません。宗教を否定する共産主義と敵対的関係であり、米国など西側諸国と協力的でした。
 しかしフランシスコ法王は中国と関係改善をめざし、「核兵器は人類の平和と共存しない」という発言もしています。トランプ大統領を意識して、よい人間関係をつくるために社会は「壁ではなく橋を築くべき」だと言いました。
 「焼き場に立つ少年」の写真(長崎原爆被災地、死んだ弟を背負って焼かれる順番を待つ少年の立像)を教会関係者に配布したそうです。
 これまでの法王に比べて異色です。それは彼がアルゼンチンで暴力的な国家権力とそれに抗う人々の狭間で悩み続けた心が反映されているように思います。


ホルヘの人生
 ホルヘ・マリオ・ベルゴリオは1937年ブエノスアイレスでイタリア系移民の労働者階級の息子として生まれます。大学で化学を学びますが、1958年にイエズス会に入会し、聖職者への道を歩み始めます。69年には司祭となり73年にアルゼンチン管区長に任ぜられます。
 第二次世界大戦後のアルゼンチンは、50年代後半から軍事クーデターが繰り返し起こされて、政治的に不安定な時代でした。武装ゲリラと軍部の衝突があり貧困が広がっていました。そして76年から83年まで軍政の時代となり「アルゼンチンの汚い戦争」と呼ばれる国家と軍部による、左派政党や労働組合など反政府組織や活動家に対してすさまじい弾圧が行われます。
 約3万人が不法に誘拐、拷問、殺戮されたと言われ、いまだに実態が解明されていません。
 ラテンアメリカ全体でも、隣のチリでは1972年に、米国に支援されたピノチェト将軍が軍事クーデターを起こしアジェンデ大統領を殺しました。ブラジルやボリビア等も米国と結びついた軍事独裁政権が反政府組織や市民に対して弾圧しています。中米のニカラグアやエルサルバドルでも貧困からの解放を求め独裁政権と戦う内戦がありました。
 この時代、「解放の神学」と呼ばれる「キリスト教は貧しい人々の人間解放のための宗教である」を実践するカトリック教会の集団がありました。
 彼らは政府の弾圧にあっても人権侵害と戦い、貧しいものの側に立ち、生活と心の支援を続けました。その一方で教会の上層部は独裁政権を容認し、政権中枢部に取り入っています。ホルヘは、その間に立ち続けました。
 ホルヘは解放の神学を実践する司祭たちに「殺されるぞ」と警告します。彼らは実際に逮捕され、拷問を受け殺されました。あるいは交通事故を装って殺される者もいます。
 ホルヘは解放の神学を実践する司祭たちとは一線を画していました。しかし逮捕された司祭たちの解放を求めて奔走し、政府の高官と交渉します。あるいは反政府組織の人間を密かに匿い、逃走の手伝いをした、と映画は描きました。
 軍部や警察が、政府に抗議する失踪者の母親たちを誘拐し、生きたまま飛行機から投げ捨てるシーンがあります。ホルヘは弱者の立場に立ちますが、彼らを救うことは出来ません。「体を張る」ところまでいかない、あいまいさも描きます。
 軍事独裁政権から民政へ移管されたのち、1986年ホルヘはドイツの聖ゲオルク神学院に留学します。アウクスブルクにある聖ペトロ・ペルラッハ教会で『結び目を解(ほど)くマリア』の絵に出会い、複製をつくる許可を得て、この画像の絵葉書をアルゼンチンに持ち帰ります。
 アルゼンチンに帰った後は、田舎の教会で司祭をしていました。ある日補助司祭としてブエノスアイレスに呼び戻され、97年に大司教に就任します。その時にも都市開発によって排除される貧しい人々の声を聴こうとします。そして2001年には二代前のヨハネ・パウロ二世から、法王に次ぐ地位の枢機卿に任命されました。
2013年3月13日法王に選出されます。初めて南米大陸出身、イエズス会出身の法王が誕生しました。

フランシスコ法王として
 ローマ法王は、カトリック教会の頂点というだけでなく、宗教の枠を超えて国際的な社会に大きな影響を与えます。この映画はフランシスコ法王に注目し期待を持っていると描きました。
 けっして彼を勇敢な英雄、奇跡を起こせる聖人として描いているわけではありません。彼は目の前で起きた悲惨な出来事に目をそむけなかったのです。
 21世紀に入っても戦火は止むことはありません。大国は武器を売り、宗教的対立があおられます。民主主義に逆行する人権侵害、餓死するような貧困は根絶されることなくテロの温床となっています。ヘイトスピーチ、フェイクニュースがまかり通る政治が支持され、人類の寛容の精神が小さくなっている気がします。
 その一方で、核兵器廃絶が国際条約として広がり始めました。
 頂点に立ったホルヘがどの立場に立つのか、どのような意見を発するのか、世界が期待しています。          (Q)

(注)日本カトリック教会では「ローマ教皇」と呼びます。マスメディアの慣行では「法王」が多いようです。配給会社は映画への思いがあって「法王」とした、と言っています。
参考資料:「ラテンアメリカを知る事典」