機関誌2月号 通巻782号より抜粋
市民映画劇場2月例会(第538回)
弁 護 人
原題:변호인
監督:ヤン・ウソク
出演:ソン・ガンホ イム・シワン
2013年/韓国/127分

国家に抗い、社会を変える闘い

時代の流れ
『弁護人』は、大韓民国は「少し前まではこんな国だった」と過去を直視する映画です。
 この映画は1981年釜山で実際にあった「釜林(プリム)事件」をもとに、「国を守る」ために「人間を踏み潰すことをためらわない政治が支配する社会」の怖さを描きました。国家と公務員が憲法や法律を守らないと、どのような恐ろしいことになるか、そしてそれに抵抗し、民主主義のために身を挺して闘う人々が社会を変えていくと、強く訴えています。
 1910年以来、朝鮮半島は日本の植民地として支配されてきました。1945年日本の敗戦によって、植民地から解放されます。しかし米国とソ連(当時)によって分割占領され、北と南に分かれて国づくりが進められました。
 1950年、300万人もの犠牲を出した悲惨な朝鮮戦争が勃発します。3年後、戦いは38度線で休戦となりますが、米ソが対立する東西陣営の最前線、分断国家として現在まで続いています。
 韓国は、李承晩初代大統領(1948~60)以降、独裁政権が続きます。軍事クーデターで大統領となった朴正煕(1963~79)は長期の軍事独裁政権を敷きました。
 1970年代後半、ベトナム戦争は終結していましたが、ソ連のアフガニスタン侵攻があり、西側諸国のモスクワオリンピック・ボイコット事件等、東西陣営が厳しく対立していました。韓国は、新興工業国として経済成長するとともに、独裁に反発し民主化を求める声が起こり始めます。米国からも人権抑圧に批判がありました。
 1979年に朴大統領が暗殺された後、「ソウルの春」という民主化を求める学生、市民運動が各地で一気に広がります。それに対し、軍隊が弾圧、虐殺する光州事件(1980年)が生じました。
 その後、軍事クーデターにより大統領となった全斗煥(第11、12代)は「北」の脅威を強調して、戒厳令を発するなど民主化を求める市民運動を、さらに厳しく弾圧しました。
 映画は、その時代です。
 この映画は2013、14年に韓国で上映されて観客動員1100万人と大ヒットしました。朴槿恵大統領(第18代)が誕生した時期です。李明博大統領(第17代)と二代続いて、軍事独裁政権の流れを引き継ぐ政権が出来たことに対する、韓国市民の反発と危機感が足を運ばせたのかもしれません。

生き方を変える
 高卒の学歴しか持たないソン・ウソク(ソン・ガンホ)は、猛勉強で司法試験に合格し、釜山で弁護士事務所を開業しました。名門大学の学閥に属さないソンは、不動産取引や税務業務等の民事を扱い繁盛しますが、「金儲け主義」と陰口をたたかれる弁護士でした。
 しかし昔から大変世話になっていた食堂のおばさん(キム・ヨンエ)の息子パク・ジヌ(イム・シワン)が、国家保安法違反で捕まった裁判を引き受けることになります。
 拘置所で、全身あざだらけになり、痩せこけて生気のなくなったジヌを見て「官憲の犯罪」を直感した、ソン・ウソクはすべてを投げ打って裁判に取り組みました。事件の全容を調べていくにつれ、官憲の不法な拘留、逮捕、拷問の実態、さらに事件そのもののねつ造に気付きます。
 しかも検事、警察だけではなく裁判官も国家の方針に従うことを求め、弁護団内にも無罪を争うのではなく、情状酌量で量刑の軽減を求める意見がありました。新聞などのマスコミも政府発表しか掲載せず、事件の真相を報道するものはありません。ソンの家族に対する脅迫もあります。
 そういう四面楚歌のなかで、ソン・ウソクは徹底的に闘う決意を固めます。貧しい階層から苦学してたどりついた民事専門の弁護士でしたが、正義感と勇気をもっていました。大韓民国憲法を信頼し、猛勉強でそれを武器に法廷で闘います。そこには世界の趨勢に影響をうけ、韓国の未来に対する責任を負う気概を感じます。
 彼は、裁判官に要求して、まず「推定無罪」の近代的憲法の原則から、法廷での被告人の手錠、腰縄をはずさせます。

人間の尊厳を守る
 「釜林(プリム)事件」は、政府に批判的な学生、市民団体を弾圧するために、官憲が国家保安法違反をねつ造して、社会科学を学ぶ学生や市民を、令状もなく長期に不法拘留、拷問した冤罪事件です。
 官憲は若者たちを拷問にかけて、ありもしない事件、事実にないことを「自白」をさせます。殴る蹴る、水責め等、彼らは若者たちの精神と肉体を徹底的に痛めつけ、人間の尊厳を潰します。見るのもつらい映像です。
 「命を、基本的人権を守る国でなければならない」ソン・ウソクの怒りの原点はここにあるように感じました。
 映画では、実行した警官を裁判で糾弾しても「北の脅威」を口実に平然としています。大韓民国憲法は第12条「すべての国民は、拷問を受けず、刑事上、自己に不利な陳述を強要されない」となっています。それが踏みにじられます。
 韓国は、この時代を超えて、紆余曲折はあっても国民の闘いで民主主義の確立を目指しています。映画では実名を出しませんが、その先頭に立った弁護士ソン・ウソクは、のちに第16代大統領となった盧武鉉の若き姿でした。
 日本国憲法も第36条「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁止する」と謳っています。しかし戦後も拷問はありました。そして今、起きてもいない犯罪を処罰する共謀罪法を成立させた、立憲主義と民主主義が形骸化しつつある日本にとっては、近い未来像かもしれないと、見るべきかもしれません。(Q)