機関誌12月号 通巻780号より抜粋

市民映画劇場12月例会(第536回)
ヨーヨー・マと旅するシルクロード

 原題:The Music of Strangers
 監督:モーガン・ネヴィル
 出演:ヨーヨー・マ
 2015年/アメリカ/95分

音楽と異文化そして人との交わり
 『ヨーヨー・マと旅するシルクロード』は、日本でもよく知られている世界的なチェロ奏者であるヨーヨー・マが立ち上げた「シルクロード・プロジェクト」を取り上げた作品です。彼を中心としながらも多くの音楽家で構成されている中のおもに4人のメンバーに焦点をあてた、彼らの音楽と「旅」のドキュメンタリー作品です。
 このプロジェクトを追ったのはモーガン・ネヴィル監督。これまでもさまざまなミュージシャンのドキュメンタリーを製作しており、マイケル・ジャクソンなどのトップスターたちの陰に隠れてきたバックシンガーにスポットを当てた『バックコーラスの歌姫たち』(2013)でアカデミー長編ドキュメンタリー映画賞を受賞しています。
 音楽を楽しむだけでなく、彼らが追求してきた音楽とともに彼らの生きてきた道を振り返りながら、音楽をとおしての人との交流、結びつき、音楽の可能性までも射程に含んだ作品です。ヨーヨー・マの多彩な演奏が紹介されるのはもちろんのことですが、ケマンチェ(バイオリンのルーツとなる楽器)の奏者であるイランのケイハン・カルホールや中国の琵琶(ピパ)奏者のウー・マンなどの民族楽器の演奏を聴くことができるのも大きな楽しみのひとつです。
 幼少から天才といわれチェロ奏者として成功したあとのヨーヨー・マにとって、いかにして「音楽へのモチベーションを保つこと」ができるか、が大きなテーマだったという。アフリカのカラハリ砂漠にあるブッシュマンの村で、彼らが演奏する音楽に深い感銘を覚えたこと、そして、音楽を追求するうえで、「音楽に国境などない」という考えに至ったという。

シルクロード・プロジェクト
 そんなヨーヨー・マが設立したのが「シルクロード・プロジェクト」。1998年に、シルクロードにゆかりのある多数の音楽家の参加を得てヨーヨー・マが立ち上げたものでヨーロッパとアジアの人々を結び付けた貿易ルートであるシルクロードの芸術・文化・歴史などに触発されたことから始まった。今では、さまざまな文化的なコラボレーションを行いながら音楽家へのトレーニングワークショプも開催するなど、新しい希望に満ちた音楽を作り出す活動をしています。こうした活動のなかから固定されたメンバーではなくて、ゆるやかな音楽集団として「ザ・シルクロード・アンサンブル」が結成されワールドツアーにも出ていて、日本にもツアーで訪れています。2001年に「Silk Road Journeys-When strangers Meet」というアルバムをはじめとして何点か発表されています。メンバーの国籍も約24カ国となり、人数も約六〇名にも及ぶ民族楽器奏者などで構成されています。映画の原題となっているのが「The Music of Strangers」で、まさに、さまざまな歴史的、文化的、政治的背景を背負ったメンバーからなる集団であることをこのタイトルは象徴しています。

シルクロード・アンサンブル
 作品の冒頭では、様々な国の民族楽器を交えた路上でのボーカルを入れた音楽演奏で幕をあけます。それは、音楽だけでなく絵のパフォーマンスも行うなど、シルクロード・アンサンブルの新しい試みの紹介でもあります。そして幼い頃から天才的チェロ奏者として名をなして、世界中で演奏活動をしてきた彼の過去の映像。彼をめぐる人々のコメントの紹介のなかに、ヨーヨー・マのさまざまな場所で行ってきた演奏場面が描かれていきます。同時に「シルクロード・アンサンブル」のメンバーである四人、中国の琵琶(ピパ)奏者であるウー・マン、イランのケマンチェの奏者のケイハン・カルホール、シリアのクラリネット奏者のキナン・アズメ、スペインのバグパイプ奏者のクリスティーナ・パトたちの音楽とこれまでの歩んできた道が描かれます。
 現在と過去、世界各地の風景、演奏、人との出会いなど、時間と場所を自由自在に移動しながら各自が辿ってきた道を振り返ります。その中に政治、伝統、社会、歴史なども点描されていきます。そのため少しとまどう所もあるかも知れません。でも、音楽自体が時間や空間を飛び越えて人の心に迫ることのできる存在です。個々の理解ができなくても直接的にコミュニケイトすることができます。その素晴らしさは十分に伝わってきます。ここでの登場人物は、音楽活動と人生が渾然一体となっています。そして、「根無し草」のような人生をたどっている人もいて、絶えず、自分のアイデンティティを確認せざるを得ない立場にいます。その自分のルーツを振り返りながら、一方では他の文化と触れ合いながら音楽活動を続けています。

伝統の継承と異文化
 たとえば、中国のウー・マンは、1960年代の中国で9歳のときから中国琵琶(ピパ)を学び始めて、伝統音楽と現代音楽とを中国琵琶で結びつけて新しい役割を作り出したあと活動の場をアメリカに移します。そしてクロノス・クァルテット(アメリカの弦楽四重奏団)などでの演奏を経てオーケストラでのソリストとして活動するようになったという。そして、自分のルーツと向き合い中国の影絵人形劇「チャン・ファミリー・バンド」をニューヨークとロサンゼルスに招聘します。
 イランのケイハン・カルホールも少年時代からケマンチェの奏者として活躍しますが、17歳で国を出て、さまざまな地域での音楽を研究したあと国際的に活躍をするようになりますが、ペルシア音楽を教えるために02年に帰国します。でも、政府からの圧力を受けて妻を残して再びイランを出ることになります。
 スペインのクリスティーナ・パトは、スペインの中では異邦と呼ばれるスペイン北西にあるガリシア出身です。異邦と呼ばれるのはケルトの伝統を受け継いでいる人々が住んでいるためです。そこで「ガイタ」と呼ばれるバグパイプ奏者として、ポピュラーミュージックとクラシックの両方で活躍しています。けれども、伝統的な音楽の世界から批判的な声もあります。そのような声を聴きながらも、さまざまなジャンルの音楽家と国際的な活動をしています。でも、自分のルーツはこの地にあるという。ガリシアの文化・伝統を次世代にも伝えていきたいと彼女は思っています。
 シリアのクラリネット奏者であるキナン・アズメは、国内の政治情勢が悪化したために活動の場を異国であるアメリカに移さざるを得ません。母国の現状に心が痛むという。そして、レバノンのシリア難民キャンプの子どもたちにクラリネット演奏の楽しさを教えるためにキャンプを訪れます。この映画にかかわって、彼のインタビューがあり、そのことについてこう述べています。「自分のクラリネットが、銃弾を止めることはできないことはわかっています。…しかし、音楽は誰かを笑顔にすることができます」(HP:「よろず編集後記」井内千穂のブログ)。
 いろいろな民族楽器のアンサンブルが奏でる音楽を楽しみながらも、ヨーヨー・マを中心とした登場者たちが、「音楽とは」、「音楽の役割とは」、「伝統の継承と異文化の交わり」などについて語る言葉は重く、そのテーマは音楽の世界だけでなくもっと普遍性をもったものとして描かれています。映像、音楽、楽器、伝統だけでなく人々の輪も交じり合ったまさに「アンサンブル」的作品になっています。
 なお、映画では場面は多くはありませんが、日本人メンバーの尺八奏者の梅崎康二郎さんなども登場します。
(研)