機関誌8月号 通巻777号より抜粋
市民映画劇場9月例会(第533回)
ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK The Touring Years
 原題:THE BEATLES: EIGHT DAYS A WEEK

 監督:ロン・ハワード
 出演:ザ・ビートルズ
 2016年/イギリス/108分

あなたをビートルズがツアーをしていた時代に連れていこう

 ミュージシャンを主人公にしたドキュメンタリー映画は、数多くある。素晴らしい音楽を、スクリーンを通して体感できる事に感激するし、スターの素顔が垣間見られるプライベート映像は魅力的だ。しかし、その作品群の中には、ファンのためだけのフィルムとなっているものもある。
 本作は、ビートルズファンにはワクワクした喜びを、そうではない人たちには新たな発見と出会いをもたらしてくれる優れたドキュメンタリー映画となっている。
 ビートルズを題材にした映画は多いが、46年ぶりの劇場公開されるアップル(ビートルズ)が公認したこの作品は、リバプール時代も含む貴重な100時間以上のアーカイブ映像とオリジナル・インタビューで構成されている。
 60年代、世界中に熱狂的なファンを作り、時代の寵児となった世界一有名なバンド・ビートルズ。
 今でもその優れた楽曲の数々は人々に愛され、クラッシックの名曲と同じように聴かれ、演奏されている。
 映像は、ビートルズのライブやスタジオでのレコーディング風景、映画の製作現場、そして日常を切り取り登場させることで、彼らにしか成し遂げられなかった栄光の日々の中での、時には大胆な、時にはあまりにも繊細な若者たちの表情を画面に映し出している。

初めてリンゴと演奏した時を思い出すと今でも感動する(ポール)
 ビートルズは、ジョンが手を上げ、ポールがその手を掴み、ポールがジョージを推薦し、三人がリンゴを選んだと言われている。
 ミドルティーンのジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリソンが、リバプールのきわめて狭い空間に住んでいたこと自体が、神様からの贈り物だったのではないかと思える。
 彼らは、お互いに惹かれ、尊敬し、高め合った。初期の頻繁なメンバー交代を経て、ハンブルグでの武者修行ともいえるハードなライブ活動で実力を磨き、リバプールに戻った彼らにブライアン・エブスタインがマネージャーに就くことで、4人は「ザ・ビートルズ」になった。皮ジャンを脱いで、リーゼントをカットしてお揃いのスーツを着た若者たちは、メジャーデビューするやいなや、ヒット曲を出し成功を掴んでゆく。アメリカを、そして世界を目指してイギリスを飛び出したビートルズ。
 当時の米国は、ケネディ暗殺、公民権運動、ベトナム戦争、ビキニ諸島沖の核実験等、様々な出来事が起こっていた時代だった。

プレスリーは大変だったろうね。4人じゃなかったから(ジョージ)
 TV番組「エド・サリバン・ショー」に出演したことで、瞬く間に人気者になったビートルズは、全米を、世界中を飛び回る。
 プロモーターや警察は、ビートルズに懇願する。「5千人の会場はやめて欲しい。外で5万人の若者が騒いでいる」
ライブ会場はどんどん大きくなる一方だ。ついには、スタジアムで行うようになり、人々の熱狂の中での演奏が難しくなる。当時の機材の限界を超えてゆくのだ。
ツアーが終わったら、イギリスに戻りスタジオで新しいアルバムを完成させなければならない。
短い合間を縫って、映画も撮影された。まさに、一週間のうち8日働くような忙しさだ。
 影響力が大きくなるほど、訪れた国によっては、歓迎だけでなく、いわれなき反発や混乱も招いた。一方、会場で凶暴になるファンが増え、時には身の危険を感じることもあった。記者たちのつまらない質問も彼らを疲れさせた。狂乱の日々を、4人はお互いを思いやり、助け合って乗りきっていった。

そういうこと(人種隔離)を、やっている所には行かない(ジョン)
 ビートルズの魅力は、音楽だけでではなかった、インタビューでのウィットに富んだコメントが当時の若者たちの心を掴んだ。高学歴ではない労働者階級出身の4人全てが、知性とユーモアを持ち合わせていたことは奇跡といえる。
 最初の頃こそ、マネージャーの言いつけを守り、そつのない発言をしていたが、政治的な質問をふられることも多く、彼らは自分たちの思いを語っている。
 ジョン「人が人を殺していい理由なんてこの世にはまったく存在しない。」(ベトナム介入に関して)
 ジョージ「戦うことがいやだったり、間違いだと思う人は軍隊に入らない権利がある。」(徴兵制)
 日本公演の際のインタビューでは被爆国日本を意識してジョンとポールは核兵器反対についても言及していた。
 ビートルズは、南部フロリダ州のジャクソンビルでの公演では白人観客と黒人観客の隔離をやめない限り演奏しないと主張した。
 自由な発言の数々は、歓迎する人達と非難する人々を生んだ。
 雑誌のインタビューでジョンが言った「今やビートルズはキリストより有名だ」という言葉が、イギリスでは問題にはならなかったが、アメリカでは保守的な層からヒステリックな拒絶を受けた。彼らのレコードが焼かれ、ライブを開催することにも支障をきたすことになった。
 
彼らを見ていると私は私で良いと思えたの(W・ゴールドバーグ)
 『アポロ113』『ダ・ヴィンチ・コード』シリーズを成功させたロン・ハワード監督は偉大なるバンドのドキュメンタリー映画をフィクションの映画監督である自分が撮って良いのかと躊躇したと語るが、ポールとリンゴは彼を信頼し、カメラの前でリラックスした様子で当時を振り返る。未亡人であるオノ・ヨーコ、オリヴィア・ハリソンも承認している本作では、残念なことにこの世にはいないジョンとジョージの言葉や映像も自然な感じで盛り込まれている。
 白人富裕層出身の女優シガニー・ウィバーと、NYのハーレムで生まれ育ったウーピー・ゴールドバーグは、共にチケットを手に入れてライブにいった幸運なファン。ふたりは十代の少女に戻ったようにいきいきと当時を語る。
 歴史的な出来事となったジャクソンビル・ゲイターホールでの感動的なライブ体験を話す作家のキティ・オリバー。
 ロン・ハワード監督は、彼らの人種隔離政策への反対について、「よその国から四人の男がやって来てきっぱりと「間違っている」と言ったんだ。アメリカ人としてきちんと受け止めないといけないと思う」と語っている。

僕らは生き残った、そして前へ行かなければ(ビートルズ)
 映画は、時間軸に沿って彼らを追う。若かった四人がそれぞれ大人になっていく過程も。もうずっと一緒にいるなんてできない。観客との一体感があって一番楽しかったとジョージが語るキャバーン・クラブ時代には戻れないなら、違う地点に前進しなければ。
 4人の音楽を愛する気持ちには変わりはない。ライブをやめてスタジオに活動の中心を移すようになったビートルズは、音楽プロデューサーのジョージ・マーティンと共に、一作ごとに異なる個性を持つアルバムを発表した。
 そして、私たちはあの伝説のライブ映像を観る。彼らは、どのような思いで演奏したのだろう。想像するだけで胸が熱くなる。(宮)