シニア、学生でない一般の方は例会前日まで、事前予約(電話、FAX又はメール)すれば当日料金1,700円が1,300円になります。
3-4月はチラシ持参で3人の方まで1300円です。

■マスク着用をお願いします。
■時節柄、体調の悪い方の参加はご遠慮願います。


 監督:諏訪敦彦
 出演:モトーラ世理奈 西島秀俊 西田敏行 三浦友和
 2020年/日本/139分

「喪失」から「再生」の道をたどる旅

 「もし、天国にいる大切な人に自分の思いを伝える事ができたら…」。そんな実在する電話ボックスに触発されて作られた作品が、3月例会作品『風の電話』です。
 ご存知の方もあると思いますが、岩手県大槌町にある「風の電話」にはもちろん電話線はありません。でも、亡くなった人とつながっています。作られたのは佐々木格さん。病気で死別した仲の良かった従兄弟と話をしたい、そんな思いから東日本大震災直後の11年4月に完成したものです。丘の上に建てられた庭園の中にひときわ目立つ白い電話ボックス、中には黒電話が置かれています。作られてからは、さまざまな人々が訪れて自分の思いを亡くなった人に伝えています。その数は三万人を超えています。
 監督・脚本は『M/OTHER』(99年)などで知られる諏訪敦彦。出演はオーディションで選ばれたモトーラ世里奈を主演に西島秀俊、西田敏行、三浦友和らが脇を固めています。第70回ベルリン国際映画祭国際審査員特別賞受賞作品でもあります。
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 17歳の高校生ハル(モトーラ世里奈)は東日本大震災で家族を亡くしたことから広島県に住む叔母(渡辺真起子)宅に身を寄せていた。でも、心の奥底には消える事のない喪失した家族への思いを抱えていた。ある日、叔母が突然家で倒れて病院に運ばれたことをきっかけに、八年ぶりに故郷である大槌町に向かうことを決意します。ヒッチハイクでたどるその道のりのなかで、同じように事故や災害から立ち直ろうとする人々との出会い、別れ、そして共に旅をするなどの中で「風の電話」にたどりつきます。
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 この作品の監督依頼をうけた諏訪監督は、もともとシナリオにそって作品を作るのではなくて実験的な手法で映画作りをしてきたことから最初の案では西日本で生まれて育った若者が「風の電話」の存在を知って大槌町に向かう、という筋を大槌町に帰ってくることに重心を移す、8年後にそこに戻ってくる主人公の体験を重視することにしたという。「最初から映画の概要が全部見えていたわけではないんですよ。風の電話にたどり着くことは決まっていたけど、その時に僕たちスタッフやキャストはどういう風になっているんだろうって、逆にそれを知りたくなっていたほどです」と語っています。
 そうした作品へのこだわりからト書きもあるきちんとしたシナリオ(狗飼恭子脚本)を作っていたけれども、撮影現場ではつかわずに簡略した台本をもとに撮影しています。モトーラ世里奈を選んだのも「彼女だけの時間がながれている(略)黙っている時間が長いのに、見ていて全然あきない」ものを持っている彼女にしたと。モトーラ世里奈や西島秀俊などは、もとの完成台本を読んで撮影に臨んだけれども、現場ではセリフのない台本でその場面に立った出演者が内から自然に湧き出るセリフを大切にしながら撮影されています。また、これらのことを効果的にするために長回しの場面も多くあります。特にラストの「風の電話」の場面では長回しが生きています。こうしたことからフィクションではあるけれどもドキュメンタリーのような雰囲気をもった作品となっています。
 例えば、森尾(西島秀俊)が被災地でボランティアとして来ていたクルドと出会うコミュニティ場面ではドキュメンタリー映画のように一時間ほどカメラを回して撮影されています。ラストの電話ボックスの中で何を話すかについてもモトーラ世里奈にまかされていて、事前の調整はあったけれども、あくまでその時の気持ちを大切にすることから白紙のままで撮影に臨んでいます。10分を超える長回しのシーンとなっています。
 同様に今田家での西田敏行の場面でも監督が何か歌の相談をしたところ「新相馬節」がいいと西田敏行が提案して歌ったという。福島県郡山市出身だけに故郷を思う気持ちが出た場面となっています。
 もう一つ作品に通底しているのが共にする食事の場面と抱擁です。出会いには食事があります。そこでは会話もあります。笑いも人の内にある想いも自然と出てきます。そして、ハグです。主人公のハルは学校に出かけるときに叔母とハグします。旅で出合う人とのハグ。少しずつ食事やハグを繰り返すことで表情に変化が起こってきます。
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 事故や災害などで、突然、大切な人を亡くしてしまう。阪神・淡路大震災でもそうですが、そうした経験をした人の「喪失感」というのは言葉でわかってもなかなか実感としてわからないところもあります。今のコロナ禍のなかでも、病状が急変して別れの言葉もかわすことなく残されてしまった人々がいます。時間はとまることなく進行しますが、心の傷はなかなか癒えることがなくいつまでも残っていく。でも、人は悲しみを抱えながらも前を向いて再生の道を探る試みを続けています。その一つの象徴が「風の電話」です。
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 東日本大震災や阪神・淡路大震災については、たくさんのドキュメンタリー作品が作られていますが、例会作品の『風の電話』は映画というフィクションを通して再生の道を歩みはじめるハルたちの姿を描くことで、あらたな可能性に挑んでいると作品だと思います。そのためにあくまでひとりひとりの演者としての立場だけでなく生身の人としての過去の実体験や見たり、聞いたりしたことなどが反映している作品ともいえます。実際の旅と撮影をとおしての旅。俳優としてのハルだけでなく演じたモトーラ世里奈たちもあらためてひとつひとつ経験を重ねっていく。広島では泣き疲れて倒れているところを公平(三浦友和)に助けられる。場所は、2018年7月の集中豪雨で土砂崩れが起こった呉市安良町。公平の母が語る原爆の記憶、これは公平の母(別府康子)の実体験となっています。不良にからまれたハルを助ける森尾もかつて福島で原発作業員として働いて、家族を津波でなくしています。森尾が訪れる今田家の父(西田敏行)は失ってしまった輝きを懐かしみます。
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 ハルは旅で人々と触れ合いを重ねながら大槌町にたどり着きます。そして、基礎だけ残った元の家を訪れたあとラストの風の電話で彼女は家族に想いを伝えます。
(研)
参考:本作パンフレット/朝日新聞グローブ(2021年1月3日発行)