2015年6月例会『マルタのことづけ』

解説

日曜の午後は思うほど悪くない

 アカデミー賞監督賞で昨年のアルフォンソ・キュアロンに続き、今年はアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥが受賞した。二年続けてのメキシコ出身監督の受賞である。『マルタのことづけ』はそのメキシコの女性監督クラウディア・サント=リュスのデビュー作である。
 『マルタのことづけ』はメキシコ第二の都市グアダラハラを舞台に、HIVを患うシングルマザーのマルタと母親の看病をしている四人の子ども、その五人の家族と一人で生きてきた若い女性クラウディアの関わりを描いている。
 主人公のクラウディアが監督と同じ名前であることからわかるようにこの映画は監督の実体験に基づいている。サント=リュス監督は言う。「マルタのように死期が近く、子どもたちを抱えていたら、なぜこんな不幸が訪れるのかと悲嘆に暮れそうだけど、彼女は違った。有り余るエネルギーを、子どもたちだけでなく、私にも与えてくれて、それがずっと心に残っていた」
 終末期の家族とどのように過ごすかというのは万国共通のテーマとなるだろうが、HIV、シングルマザー、孤独な女性というとどうしても暗いイメージがしてしまう。この映画に難病ものにありがちな悲劇のおしつけがましさがなく、前向きな明るさがあるのは、監督が実際に受け止めたメッセージがこめられているからだろう。

食卓の風景
 クラウディアとマルタ一家の暮らしぶりの違いは食事の場面で描かれている。
 暗い部屋に女性の寝顔。ちょっとホラー映画っぽく映画は始まる。朝、クラウディアは大きなクーラーボックスからミルクを取り出し、その上でシリアルを食べる。一人暮らしにしてもワイルドである。あまりちゃんとした家庭に育っていないようにも見える。そんな彼女が腹痛におそわれ入院することになる。一人暮らしに病気は大敵だ。医者には妊娠の有無を聞かれるたりするし、病室の隣にはにぎやかな家族がいて、ちょっとうっとうしい状況である。
 隣にいたのはシングルマザーのマルタの一家。子どもは4人いる。翌朝、歩いて帰ろうとするクラウディアはマルタから「からだに障るから」と車に乗っていくように言われ、食事にも誘われる。
 マルタは弱ったからだでソーセージにとりかかる。「この人誰?」という次女の問いに長女は「母親の気まぐれ」と答える。食卓では縦に開いたロールパンがそれぞれの皿にのっており、ケチャップを取り合っているからホットドックでも作っているのだろうか。コンソメスープのなべがテーブルの中央に置いてある。部屋は明るく、足りない椅子は外から運び込んでくる。長回しで撮られた食事風景はにぎやかではある。が、誘われたわりにクラウディアはお客さま扱いというわけでもなく、気を使ってくれるのはマルタと末っ子の男の子くらいである。母親の気まぐれには慣れっこなのか。そんなにぎやかさもマルタの体調が悪くなることで中途半端な感じになってしまう。

クラウディアとマルタの家族たち
 クラウディアは、スーパーでソーセージを実演販売する仕事をしている。病気でしばらく休んで復帰するとソーセージから脱毛ワックス担当にまわされる。あまり売れそうには思えない。報酬は完全歩合制だ。
 彼女はくだんの食事の後、なぜだか、マルタの付き添いをしたり、下の子を学校に送っていくはめになったりと、何となく家に帰れなくなりいつの間にか家族と付き合うようになる。
 マルタにはこれまで4人の男性がいてアレハンドラの父、ウェンディの父、マリアナとアルマンドの父が異なることがやがて分かってくる。母親の病気はもはや日常で、一家は母親を中心に回っているが、なにしろ10代20代の女の子と小学生である。いろいろやりたいこともある。母親の看病といってもうんざりすることもある。
 長女のアレハンドラ(アレ)は年は20代くらい。ライターとして一家で唯一働いている。どこかクールな印象で、母親の気まぐれに付き合っている。クラウディアの言うことも頭から信じてはいない様子である。特に説明されるわけではないが、状況から考えてみれば自分自身父親を知らず、次々と父親の違う妹弟が出来てくる。今は病気の母親と姉弟の面倒をみているのである。クールでなければやっていかれない。
 次女のウェンディはフリーター、クラウディアに対しては「あなたなんでここにいるの?」という態度。でも手首の傷跡に家族は気づいているのかどうか。睡眠薬入りの自家製ドリンクを作っているのをクラウディアに見られ言い訳する。
 三女のマリアナ、末っ子アルマンドはまだ学校に通っている。
 マリアナはおしゃれのことで頭が一杯。靴が欲しくて姉の財布からお金をくすねたりする。学校でもパーティに誘ってくれない友人が気になっている。学校にもあまり行く気がないようだ。
 アルマンドは末っ子にして唯一の男子。家族の洗濯係。クラウディアに柄物と白物を区別して洗濯することを教わる。人懐こくクラウディアと仲良しになる。
 
ビートルと招き猫
 映画の中でこの6人を結び付けているのが、水槽に入った招き猫と黄色い小さなフォルクスワーゲン・ビートルである。
 原題の「LOS INSOLITOS PECES GATO」は直訳すると「変わった魚猫」マルタの家にある水槽に貼られているロゴである。水槽の中には招き猫が鎮座している。もともと水は入っていなかったがクラウディアが来たことで金魚が泳ぐようになる。
 ちなみに監督はネコ好きらしくスナップ写真でもネコを抱いているし、クラウディアもネコのTシャツを着ている。
 ビートルは一家の自家用車。最初にクラウディアを誘うのもビートル、ラスト近く一家で旅行するのもビートルである。屋根に荷物を載せて六人がぎゅうぎゅうづめに乗り込んでも文句も言わずに走り出す。
 旅行に行ったのは「私たちには休暇が必要」というマルタの発案である。気まぐれのようでもみんなのことはちゃんと見ているのである。クラウディアには家族が必要なこと、娘や息子にはクラウディアが必要なことをマルタは分かっている。
 メキシコは男性優位の風潮とカトリックの影響でシングルマザーが多いとのことである。そのような社会の中での自由に生きたマルタが伝えるメッセージは優しい。
(錠)

ひとくち感想

◎大変よかった  ◯良かった  ◇普通  ◆あまり良くなかった  ☐その他

生きるとは、家族とは、考えさせるいい映画だ。(74歳 男)
マルタの人柄としっかり者クラウディアの魅力を感じた映画でした。一本の素敵な映画をありがとうございました。(62歳 男)
最近部屋をキレイにしなくちゃと思っていたが、でも忙しく、悩ましく、すること山ほどの生活の中で生活感あるゴタゴタもこれまた生きてる証だ。(59歳 女)
マルタが五人に残していった遺言は、熱い感じがした。例え父親が違っても、よその子でも平等に扱っていたんだな、と。(54歳 男)
メキシコの現在の日常生活が描かれていて面白かったです。特にストーリーに起伏があるわけではないのに何故か引き込まれる作品でした。原題は「珍しい魚の猫」だそうです。水槽にプレートがありましたね。(53歳 男)
悲しいが家族というものを考えさせてくれた良い映画だった。(49歳 男)
死がいつも隣にある、日常のテーマを切りとってきたような内容で、ふとした時々のひとりひとりの気持ちに共感できました。もう一度、じっくり観てみたい映画でした。(45歳)

とても暖かい気持ちになれました。(74歳 女)
よかったです。クラウディアがどんどん明るく、自信をもった顔になっていくのが良かった。一人から家族を持てて良かったのでしょう。(72歳)
私のアミーゴはいるのか。(74歳)
家族愛にあふれていましたね。ひとりひとりの個性が際立ち心ひかれました。(70歳 女)
「よかった」しかしむつかしかった。(70歳 男)
南米、メキシコの女性監督の映画→シングルマザーや一人暮らしの女性の家族のあり方を考えさせられた。(65歳 女)
親子三人できました。二人は日本語の字幕が難しく半分くらい寝ました。ちょっと面白かったです。(63歳 男)
よくわからない部分がありましたが考えさせられる映画でした。(63歳 女)
二回目なので、マルタの家族が母親の死ぬのを見たくない気持ちや愛していることはよくわかりました。ラストはクラウディアに子どもたちのことを直接には頼んでいないところがよかったですね。(63歳 女)
何という違い。自分の考え方の窮屈なこと。大らかに子どもたち、ひとりひとりを見ているステキなママでした。(60歳 女)
疲れていたのか前半寝てしまった。この手の映画はやはり女性が多いですね。女性向き(?)。マルタのことづけが一人一人の子どもに対する愛情があふれていてよかった。クラウディアも一緒に住ませよう、ということも予想されて、その通りでよかった。『ジミー、野を駆ける伝説』と『NO』は封切当時見ました。『ジミー―』の方は無名の活動家を描いていて、このようにして歴史は動く、と感じ、アイルランドの自然もすばらしい。『NO』は絶対お勧めの映画。多数者革命をどのようにするか、必見です。(60代 女)
観たいと思いながら観逃していた作品だったので、観れてよかったです。メキシコの独特な色彩と空気感、クラウディアやマルタの家族ひとりひとりの個性。さり気ない日常生活の積み上げ…。大きな岐路「別れ」はその中にひっそりと、でも必ずやってくる…。日々の生活がとても愛しく感じられるお話でした…。(52歳 女)
日常の何気ない出来事が実はとても幸福なことなのだと、改めて感じた。(48歳 女)
期待してなかったけどよかった。(47歳 女)
世界一の億万長者がおり、深刻な格差があり、マフィアの抗争、麻薬、治安の悪さで名高いメキシコで、こんな奇跡的な物語があったことに驚かされた。クラウディア監督は自分が体験したからこそ、こんな社会でも「思いやりがあれば、精一杯生きることができる」ことを子どもたちに伝えた一人の母親の存在を世界に伝えたかったのかもしれない。姉妹の中で一番難しい役どころの二女ウエンデイをマルタの実の娘が演じていることも驚きだ。ただ長女一人の収入ではとてもまかないきれないだろう家計のこと、頻繁な入院の費用などがどうなっているのかわかりにくいので、実話と受け止めがたいところが難と感じた。(女)
意外にあっさりとした映画。それが私には良かった。ラストのエンドロールのセンスも若い女性映画作家らしい。(匿名)
自分勝手な次女が、弟が吐いたものを、そっと始末する程成長しているなど、小技が光っていましたね。(匿名)
見逃した作品だったので、見ることができてよかったです。(匿名)
クラウディアはかわいかったけど、瀬戸カトリーヌさんに見えて「おもしろい」シーンではないのになぜか元気で力強く感じられるふしぎな映画でした。(匿名)
去年、リーブルで「マルタ」を観たときは、病弱なのに弱音をはかず、率先してはみんなを楽しませるその姿に、母を見ていました。ラスト近くに男の子がつぶやく「いつも、最後はこうなる…」と、そんな人生を母と過ごしてきました。アリのような冷めた感情が私にはなかったので、母の看病と家庭内の問題が全てかぶってきて辛い半生でした。でも、クラウディアの人から軽く扱われているけれど、結局はクラウディアに皆が救われていた―。今回二回目で観てあらためて私の存在も皆の役に立っていたのだと、人生はけっしてムダではないと実感しました。マルタと母にありがとうと思います。(女)

メキシコの国民性を理解できていないので、内容は(ストーリーを)あまり深く感じられなかった。(74歳 女)
最後の母親からのメッセージがあったから救われたけど、最後まで感動がなかった。普通の映画ファンのボクには良さの分からない映画だった。(71歳 男)
何か自分とはちがいすぎて、ふーんという感じ。ただ家族の形っていろいろあるんだな、と思いました。部屋が片づいていないとかシリアルなど、食生活がむちゃくちゃに思え、このへんもついていけなかった。(70歳 女)
四月に友人を亡くしたのでつらい部分がありました。でも、家族の楽しさがいっぱい、いっぱい感じました。(67歳 女)
最初は恐ろしく暗かったクラウディアの顔がマルタたちと生活を共にするにつれて晴れるように明るくなったのが興味深い。(26歳 男)
久しぶりに古い友人二人と会った。映サにきてくれていた。嬉しかった。同じ時間に会うのは無理だけれど。(匿名)
上着を着て、ショールをかけてたけれど寒かった!!!(匿名)

自然な演技が後にせつなさを感じてしまった。(64歳 女)
ステキな映画でした! 忙しい中駆けつけてほんとに良かったです。(匿名)
ま、おもしろかったわ!(匿名)