2017年8月例会『ある戦争』


解説

デンマークと戦争、そして国際貢献を描く

 この映画の原題はデンマーク語の「KRIGEN」。意味はずばり戦争だ。私たちが戦争という言葉からイメージするのは国同士の戦いだが、現代では戦う敵の見えないテロとの戦いが一般的だ。この作品はタリバンからアフガニスタン市民を守るために派遣されたデンマーク兵と家族をデンマークの監督トビアス・リンホルムが描いている。
 世界一幸せな国だと言われているデンマークという国と国際貢献のために外国に軍隊を派遣するデンマークという国の事実が結びつかないのが私の実感だ。
 1864年に北欧の覇権をめぐる戦いでプロシアに敗れたこの国は国土の3分の1にあたるユトランド半島南部を失い、帝国としての道を諦め、「内を耕そう」という道を歩み始めた。それ以来、今日まで150年間戦争をしていない(第一次世界大戦では中立国、第二次世界大戦ではドイツと不可侵条約締結)のがデンマークだ。

アフガニスタンとはどんな国
 一方、この映画の舞台なるアフガニスタンという国はどうだろうか。アフガニスタンはイラン、パキスタン、タジキスタンなどに囲まれた中東アジアの国で、国土の真ん中にヒンドゥークシ山脈を抱えた「山の国」だ。ほとんどが6千~7千メートルの山に囲まれ、谷も深い。
 昔から交通の便が悪く、割拠性が強く地域の自主性の下にそれぞれの勢力が各地域を治めてきた。首都のカブールで何が起きても各地域には影響がない。そんな地域を多く含む、この国でも一九七八年のソビエトの侵攻以来、多くの地域が戦場となった。人口2800万人の9割が農民、遊牧民で、あとは林業という乾燥した国だ。ではどうやって農業をと…。
 アフガニスタンにはこんな諺がある。「金はなくても食っていけるが、雪がなくては食っていけない」乾燥した土地に潤いと緑をもたらせてくれる要因は、この諺の通り、高い山に積もった雪が夏に溶け出し、大地を潤してくれるからだ。だが今、温暖化により大地は砂漠化が進みつつある。
 地方では金がなくても農業により自給自足の暮らしが可能だが、カブールのような都会では何事も金次第。餓死者も珍しくなければ、体調が悪くなれば、ロンドンや東京の病院に診察に行く人もいる。

現代の戦争
 そんなアフガニスタンとアフガニスタンの市民の治安維持のため、北欧の小国デンマークから派遣されている部隊。その部隊に起こる一つの誤爆事件をめぐり、隊員や家族、その仲間たちの葛藤を描いたのがこの『ある戦争』という映画だ。
 イラクを悪と仕立てて始まった湾岸戦争以来、戦争の実相が分からない時代となった。しかし、この映画では様々な場面で複雑な要素がからみあった現代の戦争の一部を描いている。
 私がこの映画をみて頭に浮かんだのは海外にPKOの名の下、派遣されている自衛隊員のことだ。実際、南スーダンではPKO本部にロケット弾が撃ち込まれ、中国人の兵士2人がなくなった。もし日本人が亡くなったなら、私たちは彼らの家族に何と謝ればいいのだろうか。私たちには彼らを送り出した責任があるし、この映画のように自分の仲間を守るために誤って他国の人を殺しても私には彼らを責める事はできない。

戦争と兵士たちの思い
 映画の中、主人公で部隊の上官クラウスは紛争地域の巡回の目的を隊員にこう言う。「我々がこうして巡回することがこの国の人々が国を立て直すためには大切なのだ」と。この言葉はデンマークの国民を代表する考えかもしれない。しかし、長い間、現場にいて日々、緊張の中にいる兵士たちにはこの上官の言葉は虚しく聞こえる日がいつか来る。
 同僚の若い兵士の死に直面して精神的におかしくなる兵士、アフガニスタンでの任務に疑問を持つ兵士。嘗てのベトナム戦争以降、特にアメリカから戦地に送り出された若い兵士たちの中に戦争後遺症により、肉体的、精神的に病み、社会復帰できない数多くの現実が語られてきた。

大義のない戦争
 大義のない戦争を自ら起こし、他国に甚大な被害を与え、戦いが泥沼化すると同盟国に肩代わりさせ、自らはテレビ画面の向こう側の戦場を見守る。そんな戦いを繰り返してきたアメリカ。この映画の舞台、アフガニスタンにおいても例外ではない。同盟国が危険な任務を日々、遂行している現実を映画は描きだしている。
 今まで戦争を描いた作品では戦場は描かれても兵士を送り出した国と家族を描くことは殆どなかった。アフガニスタンの戦場での苛烈な体験からデンマークに帰国後、当たり前の暮らしを送れない兵士と家族を描いた2009年2月例会『ある愛の風景』や、大学院進学のため、死を覚悟し、アフガン派兵に応じるマイノリティーの学生を描いた『大いなる陰謀』などの作品はあるが…。
 それは銃後の国民を描けば、正義という戦争の大義が崩れることを時の政府が危ぶんだからなのだろうか?
この映画では派兵部隊の上官クラウスの家族の日々を描くことで、残された家族が日々どんな思いで暮らしているのかが良く伝わってくる。軍事法廷に出廷のため、帰国した彼と家族の様々な風景の中に、ながい間、離れ離れの暮らしでぽっかり空いた穴を埋めようとする家族それぞれの思いが詰まっている。それは戦争という現実から普通の暮らしを取り戻そうとする家族の姿だ。
 この映画で象徴的なのは軍事法廷でのやり取りと判決だ。クラウスを追及する検事の言葉とクラウスの証言、そして部下の証言の数々は映画をみている我々の思いであり、またデンマークの国民の思いだ。
 無罪判決は、戦争や紛争地に数多くの兵士を送ってきたデンマークの歴史からすれば、国民の気持ちをくんだ当然のものなのだ。そこには、国際貢献という名の下ではどんな事がおきても受け入ようとするデンマーク人の強い思いを感じる。
 もう一つ象徴的な場面は軍事法廷で誤爆の結果、亡くなった子供の証拠写真と自宅のベッドで寝ている子供の姿を重ねてみているクラウスだ。彼はきっと、敵を確認せず、空爆を命じた自分の戦争責任について、子供の寝姿を見るたびに思い返すだろう。当たり前の暮らしが訪れないという予感を打ち消すように子供の足に寝具をかける。

誰の何のための国際貢献?
 アフガニスタンで1984年から村人と共にアフガニスタン復興の仕事を続けている中村哲医師が2001年、アメリカ9・11事件を受けて国会のテロ対策特別措置法案審議の場に呼ばれて証言した言葉は重いものだ。「私たちが十数年かけて築いてきた日本に対するアフガニスタンの信頼感が現実を基盤としない論議や軍事的プレゼンスにより一挙に崩れるということがあり得る訳です。他国から見れば軍事力の行使とも受け取られる自衛隊派遣が論議されていますが、当地の事情を考えると有害無益です」と。
 今、私たちはこの発言を受けてどんな答えを用意するべきなのだろうか。
(水)
参考文献
「アフガンとの約束/中村哲」(岩波書店)
デンマーク事情 外務省、国交省HP
映画『ある戦争』パンフレット

ひとくち感想

◎大変よかった  ◯良かった  ◇普通  ◆あまり良くなかった  ☐その他

誰が過酷な隊員の任務をかまってくれるのか? 日本の自衛隊ではなかった事にするのでは。デンマークはすばらしい。(76歳 男)
きれい事ではないということだ。国として軍を派遣している以上、クラウスの行動、隊員たち、判決はああならざるを得ない。あれで有罪になれば現地へ行く軍人はいない。(73歳 男)
主人公の家族の為にも「無罪」はよかったのですが、過日あった日本の前防衛大臣のおそまつさと国会でのやりとりの、特に政府の対応のひどさが思い出されました。同時に戦闘に参加させない日本の憲法九条の存在はやはりすごい!!(残念ながら海外派兵は許してしまっているが)。(73歳 男)
重たかった。自分が戦場にいるようにすいこまれていきました。戦争に関する裁判のむずかしさを考えさせられた。立場が違えば見えるものも判断基準も変わる。このようなことは、今もどこかでおこっているのですよね。一つちがえば、あの隊の人たちみんなだましうちにあって、死んでいてもおかしくないと思ったりします。(72歳 女)
とてもつらい映画でした。平和の大切さをしみじみ思いました。(72歳 女)
劇中の裁判劇が堪りませんでした。デンマークの映画というのも珍しくて感激です。これからも若干古くても、見る価値のある映画を上映して下さい。(72歳 男)
稀な視点で描かれた戦争映画だった。戦闘場面も大変臨場感に満ちていたが、個人が自己の行動にどこまで責任感を感じるかが深く追究された優れた作品だった。最後に下された判決は善でも悪でもなく、個人にここまで精神の負担を強いる「戦争」そのものが裁かれるべきであることを知らなければならない。(71歳 女)
多国籍軍だと思われます。アメリカの世界制覇の政策としてこの世界中の戦争にかかわっていると思っています。北朝鮮に対しての威嚇、制裁もその北東アジア征服の流れだと思われます。戦争ほどおろかなことはないとあらためて感じた。(71歳 女)
戦争が問題なのは勿論、私はデンマークの司法がきちんと機能しているのを感じ、すごくうらやましかった。日本はメチャクチャ。何とかしないと。(70歳 男)
部下を助けようとやったことが、アフガ二スタンの市民を殺す結果になる。それで責任を問われることになるが、難しい問題だ。やっぱり武力では何も解決しない。PKOの本質を表わしている。PKOは変質して実際の戦闘になっている。日本の自衛隊もアメリカと参加すれば、こういうことになるのだ。(70代 男・女)
あの法廷で裁かれるべきは、アフガニスタンを自分たちの代理戦争の場にしたソ連(当時)とアメリカですネ。(67歳 男)
目に見えない敵を恐れ、おびえ、自分の部下を守らなければならないという状況の中で、とった判断と行動は、戦争という状況の中では、もしかしたら常にあること…。「戦争」とはこういうもの…。父不在の不安だらけの家族のようすも「戦争」の一方の面を描いていたと思う。自衛隊の海外派遣のこともふくめて考えさせられた。(66歳 女)
クラウスは全く善意の人間で責任感も強く思いやりにあふれた人だ。敵の位置を未確認のまま攻撃依頼をした行為も映画の観客からみれば正当防衛としか思えない。もしそれをためらっていたら、部隊全員の生命も失われていたかもしれない。それでもデンマークでは裁判の被告となる。USAならこんな裁判が行われるのだろうか? 彼は一人の部下(ブッチャーというあだ名?)の偽証によって無罪となる。もし彼が有罪となったとしたら、それで誰が救われるだろう? 誰も救われないばかりか、彼の大切な家族が不幸になるだけだ。彼は無罪となっても自分の命令によって犠牲になった子供達のことを一生忘れないだろう。彼は無罪になるべきだと観客は確信する。そして、いつも最も冷静で適切な判断をしていたブッチャーは証言した。神(キリスト)のように。もし、これが自衛隊だったら? 留守家族の気持ちは? 等々いろんなことを考えさせられた映画だった。(65歳 女)
いかなる理由があろうと、他国で軍事行為をするべきでないとの教訓を伝えていると思いました。(64歳 男)
戦争は誰をも幸せにしないことをあらためて強く思った一方で、現実にはなくなるどころか常に新たな戦争の危険がある。無力感もある。個人に戦争の過酷さを押しつける戦争、国というものの身勝手さに矛盾も感じる。それでもこのような映画を製作して下さったことに感謝です。一人でも多くの人が見る機会を持てればよいのに。(62歳 女)
アフガニスタンで治安維持活動中のデンマーク軍の隊長は、部下思いで、地雷で隊員を亡くすと、危険の多い巡視に自らも加わり、重傷を負った隊員の救助・治療のため、敵が撃って来ていると思われる方向の地区への空爆を要請する。だが、爆撃後の瓦礫の下には敵戦闘員の体や武器ななく、普通に暮らしていた家族の遺体ばかり。赤茶けた気候厳しい土地で、連日緊張を強いられる中、常に全方向に集中力を維持するのは困難だし、爆撃機の到着まで敵がそこに留まるわけもない。攻撃力が格段に弱い敵方には奇襲しかない。民家に潜み、民間人に紛れ、拉致した一般人に爆弾を括り付けたりして攻撃して来る。自国の隊員を守るためには、一般人も犠牲にせざるをえない。「治安維持」「平和維持」と言っても武器を持って行ってやる事は人の殺傷。維持しようとする「平和」自体、一部の人々の財産と幸せな生活を指し、相手方の心や生活に「平和」はない。同盟国に言われ、国民に武器を持たせて紛争地に送り出した日本の国会議員たちは、汗も血も流さず、ゆったり暮らしている。国内の皆が人間らしく暮らせるようにして、よその国の手本となること。外国に出る時は、誰も傷つけぬ温かいものだけ持って行くべきだと思う。(62歳 女)
大変良かったが悲しい映画でした。敵も味方も兵士も民間人もすべての命が大切。戦争になるとその判断がわからなくなる、ということがすごく感じる映画でした。平和を大切にしたいです。(60歳 女)
本当に哀れな話だった。味方を守るためなら敵を殺すことに全く罪悪感がないのか。戦争は本当に恐ろしい。(56歳 男)
感想が多すぎて書ききれないが、重かった。我が国の場合を考えるとゾッとする。整理券制という高度なシステムにはついていけない。でもKAVCと新開地は大好きですョ。(56歳 男)
大変良かったです。ハリウッドと違ってハデなCGまみれの戦闘シーンが無く、それでいてリアルな表現がされていました。アメリカの政治家が始めた戦争の責任を負わされるデンマークの一市民であるクラウスの苦悩が描かれていた。エンディングのエリオット君の「アメリカ、アメリカ」が意味深。(52歳 男)
遠いようで身近な出来事。正義とはなんだろう? それぞれの視点はありますが、戦争は悲しみしかうまない。今の日本の人々にしっかりと見て欲しいと思いました。(48歳 女)
戦争は誰も幸せにならないものだと思った。軍事法廷では無罪判決になったが、主人公の指令によって民間人が巻きこまれる結果になったことも事実である。これからもその悲しみを抱えて生きていくのだと思うと、私自身は辛くて耐えられないと思う。何故、主人公だけがその責任を負わされるのかも疑問だし、納得がいかなかった。やはり、罪のない人達が巻きこまれるような戦争はなくなってほしい。(29歳 女)
とても良くできた映画だと思った。ストーリー展開も、PKOの描き方も、自分たちが守ってやっていると思うのはキケンな思いあがりだ。南スーダンではどんなことがあったのか? 私たちには知る権利がある。(女)
どうすれば良かったのか、正解はあるのか、見る人に問いかける、とても良い作品でした。考えつづけなければならない問題です。(女)
いつも思うのは、戦争で苦しむのは「市井の人々」=普通にささやかな幸せの中で暮らしている人々です。日本の九条を改憲して日本人の「市井の人々」を苦しめる政治はこのままでいいでしょうか?
PKOの緊張感や現場を離れてからも心理的影響がよく描かれていた。上映前の注意として、物を食べたり、会場を出るまでは携帯を見たりしないで、と言って欲しい。(女)

北欧の精神の高さに感銘を受けた。(78歳 女)
この作品は、一言でいうと社会問題だと思った。本作品を見て、日中・太平洋戦争時の日本軍の戦争指導と戦争責任とを比較して、日本の戦中処理、戦後処理の無責任さ、失敗を考えざるを得なかった。(70代 男)
ドキュメンタリーのようで、リアリティがありました。変におおげさでなく、戦いのむなしさを感じます。子どもの足裏をみて彼は平穏ではいられない人生だと思います。私達もまた…。(69歳 女)
自衛隊のPKOについて改めて考えさせられました。あの裁判には死んだアフガンの人達のことが、全く反映されていないことも強く思うところありました。ところで、日本映画は上映されないのでしょうか。(65歳 男)
見逃した作品で今回見られてよかったです。でも、淡々としたビデオ作品のようでした。軍人として戦地に行くと感覚がおかしくなっている様子が伝わってきました。友人が爆死すると悲しく、一時おかしくなっていたはじめの頃とちがって、徐々に慣れていく若い兵士のシーンも印象的でした。(65歳 女)
ある戦争の「戦争」とは戦場ではなく裁判所での戦いだったのですね。近年は他国で本国の一部の人々の利益のために兵役につく、『アメリカン・スナイパー』や『ローン・サバイバー』などがあります。一方で平和を母国で理屈のみで罪状を作ろうとしている。「これが戦場の現実です」という兵士達の言葉が重く心に残ります。あの女性のように理屈でのみ片づけてはいけないと、思いました。心に残る戦争ですね。皆がかえている問題ですね。(64歳 女)
右後ろの灯りがまぶしかった。エンドロールの時におしゃべりをする人が多い。上映前に注意してほしい。(54歳 男)
ひやしすぎ!!(男)
3月に観て以来の例会でした。KAVCでの例会、悪くないです。

8月19日12:00~上映、後方のドアが閉まっておらず光がまぶしくて、映像に集中しにくかった。残念です。(女)

軍隊のウソが守られるのは簡単だ。そんな事態が起きないことが望まれる。

上映する映画館になれるまで大変。いろんな事が朝日ホールと比べて不便だが、我慢。入場客も減ったような気がする。(女)